高飛車なクロクロ
年季の入った唸り声をあげて、白銀亭の扉が開く。
「あらぁん? ソウタちゃん、02ちゃん、おかえりなさぁい」
「ただいまなのです! ふしゅー!」
「悪いな、色々あって遅くなったよ。とりあえず夕食の準備に取り掛かるよ」
「はぁい! 楽しみにしてるわぁん!」
古めかしい木製のキッチンテーブルに、買ってきた食材を広げる。
よくわからない野菜、よくわからない肉、それと割とポピュラーだと聞いて購入したスパイスと岩塩だ。
まずは一つ一つの食材を食べてみない事には、献立も何もない。作ってみて、独創性あふれるケミカルな味になってしまったら、元も子もないからな。
赤、緑、黄色の四角い根菜。割とカラフルなカラーバリエーションで、見た目に鮮やかだ。
生で食べてみたら、じゃがいもに似た食感で、味も癖が少ない。
カラフルな魚は毒を持っていて危険。なんて話も聞くが、なんとかなるだろう。魚じゃなくて野菜だし。……多分。
よくわからない肉。脂身が少なく赤みが少ない。
少し削ぎ取り、焼いて食すも、かなりの歯ごたえと、獣特有の臭みが強い。買ってきた食材の中に酸味と香りの強い野菜があったので、それと合わせれば臭みも消えるかもしれない。
「ソウタどの、しんけんでありますな」
「人に食わすものだからな。02も、食べるなら美味しいものがいいだろ?」
「おいしいものをたべると、てんしょんあがりますです、はい」
「なら、なおさらだ。02のためにも美味しいものを作るさ」
「きたいしていますです! ソウタどの!」
夕食の献立も決まり、方向性が定まってきた頃、ふと気付けば白銀亭の外で、騒ぎ声が聞こえる。
どうやら、派手に喧嘩をしているようだ。
この世界に来て、初日で喧嘩沙汰に巻き込まれすぎている気がする。
触らぬ神に祟りなし、だ。
こういうのは関わらないに限る。
外の様子が少し気になるも、夕食の仕込みを継続した。
ーードガァァァァァァァァァアアアアア‼︎
轟音。
それは壁を突き破り、仕込み途中の食材を全てぶちまけ、キッチンテーブルをも粉々に吹き飛ばした。
「ぐぁああ……」
どうやら、突き破られた壁からぶっ飛んできたのは大男。
加えて言えば、本日三度目、ミトラにハンマーでふっとばされ、02に酸欠、そして窒息させられたチンピラであった。
白銀亭の壁は、大穴が開き、外からも野次馬が覗き込んでいる。
ああ、どうしよう。夕食の食材もテーブルも木っ端微塵、爆発四散してしまった。
いや、そんなことよりも外で何が……?
「このド三下が‼︎ その程度でこの僕に楯突こうなど片腹痛いぞ‼︎ 立場をわきまえろ‼︎」
「クロクロ……。言い過ぎ……。壁、どうするの。壊れちゃったよ?」
「はっ! しまった、僕としたことが……。ノイ、直してくれ」
「いや、無理だから……」
何やら高飛車な細身の優男と、ドレス姿に黒の日傘をさした女性、姿格好からしても普通ではないし、立ち位置から見ても、この騒動の主犯である事は間違いない。
「クロクロ〜! ノイ〜! おかえりなさいですー!」
「02、お出迎えご苦労! 晩御飯は何だね?」
「えとえと……あれ…………ばんごはん……」
02は少し困ったような表情で、穴の空いた壁を指差す。
クロクロと、ノイと呼ばれる二人組は、めちゃくちゃになった食材やテーブルと、倒れて気絶しているチンピラ、そして目を丸くして硬直している俺に気付いた。
「誰だね、君は! ここは白銀亭、強者の集うギルドだぞ‼︎」
「……新入り?」
「今日からアルバイトで入った九重 ソウタだ。この国には来たばかりなので、よくわからない事だらけなんだ。よろしく頼むよ」
「そうか、バイトか。では、晩御飯を作り、この壁を直したまえ」
あれだ。このクロクロって奴キライ。
それに、晩飯を作れと言われても、食材は使いものにならないほど、酷く傷んでしまった。元はと言えば、コイツのせいだ。
「クロクロちゃん〜? あなた、何か言うこと……あるわよねぇん?」
気絶しているチンピラの大男を、壁の穴から投げ捨てると、ミトラはクロクロに問いかけた。
表情には出ていないが、声のトーンは恐ろしく低い。絶対キレてる。
「ミトラ……あの…………その、だな……」
「この壁、どうするのかしらぁん?」
「うぐっ…………」
「キッチンテーブルも壊れちゃったわねぇん?」
「それはだな……その…………」
「クロクロちゃん? お夕食も、全てダメになってしまったわぁん?」
「うぅ…………」
「さぁ、私の後に続いて、言いましょうねぇ〜。僕は、壁とテーブルと、みんなで囲む、楽しいディナーの時間をぶち壊しましたぁ〜」
「くっ……僕は……壁とテーブル……みんなで囲む……楽しいディナーの時間を…………ぶち壊しました…………」
「みなさん、すいませんでした。僕はダメダメな男ですぅ〜。ごめんなさい〜。んひぃ〜」
「……んひぃ⁉︎ みなさん……すいませんでした。僕はダメダメな男です…………ごめんなさい………………ん、んひぃ」
白銀亭の主というだけのことはあって、あんなにも傲慢で高飛車なクロクロをオーバーキルしたミトラ。
ミトラの人間的地位、強さを垣間見た。
さすがにこれはクロクロが可哀想……などとは思うまい。心弾むような気分で高らかに言おう。ざまぁ! と。
「仕方ないわねぇん、お夕食はどこかで食べましょうかぁ〜! クロクロちゃん〜、あなたは壁を壊した罰として、ご飯抜きで壁を直しなさい〜?」
「りょ、了解した……」
膝から床に崩れ落ちたクロクロを背に、俺達は夕暮れの大通りへと繰り出した。