けむりの02
「ソウタどの! おかし、かうです? あまくて、うまうまです」
02は、数ある露店の中で、甘いお菓子のような物が欲しいようだ。
しかし、ミトラから夕飯の支度をするために預かったお金はわずか 1000D。
そもそもこれで何が買えるのかわからないし、どんな物を、どのように調理するかもわからない。
悲しきかな、02にお菓子を買ってあげる余裕はないだろう。
…………あれ? そうじゃん。俺はこの世界の事をあまりにも知らない。
適当にカレーライスでも作りゃいいじゃん。なんて考えていたが、市販でカレールーなんか売っているのかわからない。
野菜だって、元いた世界のように、人参、玉ねぎ、じゃがいも、それらのポピュラーな野菜が、存在しているかもわからないぞ……?
最悪、米すら存在していないかもしれない。
なんか、非常にまずい気がしてきた。そもそも何人分の食事を作ればいいのだ?
「なぁ、02。さっきのミトラの会話を聞くに、白銀亭にはまだメンバーがいるんだよな? 何人いるんだ? 何人分の食事を作ればいいのかわからないんだけど」
「えっとですね。えっと……02、ソウタどの、ミトラ、ノイ、クロクロ……ノヴァ3、ノイ、ソウタどの、ノイ…………たくさんいるですね?」
何だろうか。俺が二回呼ばれた気もするが、『ノイ』なる人物は三回呼ばれていた。同じ名前の人間が三人いるのか?
いや、02のユニークな数え間違えだろうと仮定しよう。最低でも6人はいる。
あとはこの世界の食材と、この 1000Dで何が買えるかだが……。
「いたぞ! あの男だ‼︎」
露店に並んだ色鮮やかな食材と、にらめっこをしていると、何やら背後でヤバそうな奴らが騒ぎ立てている。
そして最悪な事に、男達は先程ミトラにやられたチンピラであるという事。
チンピラが叫んだ「いたぞ! あの男だ‼︎」という言葉は、どうやら俺に向けられて放たれた言葉だという事。
今ここに、彼らを痛めつけた腕の立つ用心棒、白銀亭 暗器使いのミトラはいないという事。
悪い事は重なるもんだ。十中八九、先程の報復だろう。
「ハッ! あのイカれたねーちゃんはいないようだぜぇ!」
「ソウタどの、おしりあい、というやつでしょうな?」
02が心配そうに、俺に尋ねてきた。
「いや、02。『お知り合い』と呼べるほど、俺は彼らの事を知らないし、知りたくもない。出来る事ならば関わりたくないくらいだな」
「てき、です? 02に ごえーいらい するです? ふしゅー」
02に護衛依頼? 02は見るからに小さい女の子だが、強いのか? いや、ミトラのギルド、白銀亭のメンバーならばあり得なくもない話だ。
しかし、高額の依頼料がまた発生するのではなかろうか。それは嫌だ。断固として嫌だ。
「02も強いのか? 02に払う護衛依頼料も高いんだよな?」
「02もそれなりに! つよさ という ぽてんしゃるをひめているです? がんばるです。いらいりょうきんはぁ……」
ぴっ と02が指差した場所には、先程物欲しそうに眺めていた、甘いお菓子を売っている露店があった。
「02、ちなみにあれはいくらするんだ?」
「ソウタどの、20でぃーるですぞ」
なんて良心的な値段なんだ。ミトラの63000Dとは一体何だったのだ。ぼったくりか。ぼったくりなのか?
いや、これはそもそも、02の優しさなんだろうな。02マジ天使、02マジ可愛い。02と結婚しよう。
「交渉成立だ。02、あのチンピラ達を何とかしてくれるか?」
「ふしゅー! まかせるです。はくぎんてー、けむりの02! がんばるぞー!」
02への依頼は成立した。
彼女が言った『けむりの02』とは、『煙』の事だろうか?
何にせよ、02はどのように戦うのか、拝見させてもらおうじゃないか。
「よーし、えっとー、かかってこいー! このどさんしたがー!」
02は、チンピラ達に向けて、煽り文句を放った。ただ、その言葉の意味は彼女自身、理解してはいなさそうだ。何故なら、明らかに『言わされている感』の漂う口調だからである。
それでも俺に向けられた注目度を、言葉足らずなこの少女が、全て背負うというのは、ありがたいし、尊敬の念すら覚える。
「チッ、ガキだからといって、容赦はしないぜ‼︎」
チンピラ達は一斉に、02に襲いかかる。
ーーサシュッ!
チンピラ達の手に持つダガーナイフが、呆気なく02を斬り裂いた。
嘘だろ⁉︎ 02、強いんじゃなかったのかよ‼︎
俺は急ぎ、彼女のもとへ走り寄った。
「02‼︎ 大丈夫か⁈ 俺が依頼したばかりに、こんな目にあわせてしまって悪かった‼︎」
「ソウタどの、どうしたです? むむむ、ですな?」
……あれ? 無傷? 確かに02が斬られたのを見たんだけど……。
「ふしゅー! まぁ、ソウタどのは、ゆっくり見ているといいのです!」
「ああ、悪いな、そうさせてもらうよ」
俺は、02の後方へ下がると、静かに息を飲んだ。
「なんだぁ? あのガキ…………確かに手ごたえがあったんだがなぁ……」
「おめぇが外しただけだろ? どけぇ、俺がやってる」
「へへへ、悪いなぁ? 頼むぜ…………」
こんなに幼い少女に三人がかりとは、大人げない。02に守られている俺が言えたことではないが……。
チンピラ達は三人がかりで襲い来る。
彼らのダガーナイフは怪しく光り、またしてもズブりと02の胸部へ突き刺さった。
「ああっ‼︎ 02‼︎ またっ……‼︎」
「あ、だいじょーぶなのです。ソウタどの! 02はけむりもくもくなのです」
…………あれ? 見間違いなどではない。確かにダガーナイフは02に突き刺さっていた。しかし、彼女は傷一つ負っていない。
「ハァ…………ハァ……どうなってやがんだ、あのガキ……」
「チッ……さっきから身体の調子もおかしいしな……」
それどころか、みるみるうちに弱ってゆくように見えるチンピラ達。
幼い少女の前に、大男達は跪き、頭を垂れていた。
「ゲホッ……ゲホッ…………」
「ハァ……ハァ…………。もう駄目だ……」
鈍い音と共に、大男達は石畳の地面に崩れた。
02が彼らに、何らかの攻撃を仕掛けていたのは間違いない。しかし、それを確認する事は出来なかった。
「02、一体何をしたんだ⁉︎」
「02はけむりになれますです。けむりを ないふで きることはむりむりなので! けむりになって あいてに まとわりつけば、あいてはくるしみます。よくわからないけど、くるしみます! ほら!」
02は自分の左手を煙に変えてみせた。
どうなっているのか、なんて彼女に聞いてもわからないだろうから聞きはしない。
相手が倒れたのも、火災現場で起こりうるような、一酸化炭素中毒とか、そこらへんによるものだろう。多分。
何はともあれ、02には助けられた。
ここは、少しだけ色を付けて、彼女に甘いお菓子を二つ進呈しようじゃないか。安全を金で買ったと思えば安いものだ。……俺の金じゃないけど。
「02、甘いのだ。 ほらよ。二つだぞ」
「ふたつ! ふたつとな!? おぉぉぉぉ……」
02は、二つ渡された甘い棒状のお菓子を手に持ち、喜んでいた。
「……………………」
「どうした? 02。食べないのか?」
「あまくて、おいしいのを、ひとりじめしてはだめだめなのです。ソウタどのも食べるのですな」
満面の笑みで、棒状のお菓子を差し出してくる02。
もう片方の手で、もしゃもしゃとお菓子を頬張っていた。
「ありがとうな、02。いただくよ」
「ふしゅー!」
その日の買い出しは、様々な野菜や、比較的安価な謎の肉を買って帰った。
白銀亭に帰ってからが、今日の山場である。
食材は未知、味付けのスパイスも未知、食べさせる相手も未知。正直、どうしてこんな事になった、と嘆きたいほどだ。
少しだけ憂鬱な気持ちになりながらも、俺と02は白銀亭の扉を開けた。