推理
村は小規模にも関わらず、かなりの賑わいを見せていた。
果物屋や雑貨屋が並び、屋根が付いて居ればまるで商店街だな、と八ツ橋は思う。商品を見るふりをして、店の人達の目を覗き込んだ時は驚いた。店の人達の目に、悪意が全くないのである。それはすなわち、誰かを騙して売りつけたり、あえて金額を釣り上げて一儲けしようとする人間が居ないという事だ。ただ純粋に、欲しい人に買ってほしいという店の気持ちが伝わって来た。
「凄いな、こりゃ」
果物屋のおばさんからただでもらったリンゴを齧りながら、八ツ橋は呟く。この村の人達は間違いなく良い人達だ。買い物をするときはここでしよう、と八ツ橋は心に決めて、村の集会所に向かった。
集会所は、東京ドームの半分くらいの大きさを誇る、半円状の建物だった。入り口に『魔女お断り』という古びた看板が立てられている。
「すみませーん。実は僕、他所から来たんですけど、誰かここら辺について詳しい人はいますか?」
集会所に入るなり、八ツ橋は数人で話している大人達に、無遠慮に聞いた。元の世界なら気分を悪くされるだろうが、さすが優しすぎる村と言うべきか、大人達は八ツ橋の方を向くと、この村について口々に語り始めた。この村の歴史、伝統、近隣の村など。八ツ橋が数回あくびをしても腹を立てずに最後まで話してくれた。本当に同じ人間だろうか?
「あのー、この村の近くに、森ってありますか?」
八ツ橋が聞いた瞬間、大人達の目が変わった。とはいえ、別に八ツ橋を非難するような目ではない。何かに対して、畏怖を抱いている時の目だ。
「この子にもあの魔女の事を話しておくべきだろうか・・・」
「それがいい。万が一森に入って怪我でもしたら大変だ」
大人達が何かを話している。どうやら森には魔女が居るらしい。・・・知っていたが。
「実はね、この近くの森には魔女が住んでいるんだよ」
「魔女・・・ですか?」
「ああ。その魔女は金色の髪を生やしていてね・・・なんとエルフなんだ!」
『エルフ』という単語に、周りの大人達の目の色まで変わる。どうやら彼らは過剰にエルフを恐れている
ようだ。
「どうして、エルフは怖いんですか?」
八ツ橋が聞くと、大人達は驚いた顔をした。
「何を言っているんだ。エルフなんて魔女の生まれ変わりじゃないか。彼女たちの魔法を一発でも喰らえば、私達の村は終わりだ。エルフが怖いのは当たり前じゃないか」
「そうでした、すみません。僕、どうかしてました。では失礼します」
適当に話を合わせ、集会所を後にする。歩きながら八ツ橋は考える。
「やっぱりこの村は優しい・・・完璧に共通の敵を足して、無敵にしている訳か・・・」
独り言が口から漏れる。八ツ橋は自分なりに考えをまとめると、キファの待つ森に戻ることにした。
「ただいまー」
「あ、お帰り!村はどうだった?」
家に帰ると、キファが八ツ橋に聞いてきた。
「別に。空気が美味しいな、って思っただけだよ」
八ツ橋は素っ気なく返した。さりげなくキファに聞く。
「なあ、キファ」
「なに?」
「君は村の事、どう思ってる?」
その言葉に、キファの動きが数秒の間、停止した。キファが笑顔で八ツ橋に言う。
「と、突然どうしたの?村の人たちはみんな優しいし、空気も綺麗だし。最高だと思うわよ!」
「じゃあ村の入り口にある看板、どう思った?」
八ツ橋の一言に、キファは焦ったように両手を動かした。――まばたきの回数が多くなり、明らかに動揺しているのが見て取れる。
「そ、そうね。い、いいんじゃないかしら。人間の村なんだから、魔女を追い出すのは当然でしょ」
その目には、先程までは無かった、悲しそうな色が浮かんでいた。それをまばたきで誤魔化すキファ。八ツ橋はそんな彼女を見て、わざと不思議そうな顔をした。
「読んでいい気持ちがしたの? 自分に対する悪口が書かれてたのに」
「え、えっと・・・」
キファが目をそらす。その目を、八ツ橋は覗き込んだ。
「ねえ、君が隠してる事、暴いてもいい?」
八ツ橋の質問に、キファは答える事が出来ない。
そんな彼女を無視して、八ツ橋の口が紡がれる。
「まず僕が疑問に思ったのは、『どうして僕と一緒に暮らしたいか』と、『どうして僕と村の人の交流に
ついて聞いたか』だ。これについて、仮説を立てながら話していこうと思う。
―まず、村の人との交流だ。何故村の人との交流がしたいのか? 仲良くなりたいのか? それとも僕を人質にして、村との交渉材料にしたいのか。分からなかった僕は、村に行ってみる事にした」
だから、村に出向いたのだ。その結果があれだ。
「そうしたら村では魔女をとことん毛嫌いしてたわけだ。いやまったく、凄い運動だよね。では過去にエルフが何かしたのか? 多分そうだろうな。そうでも無ければ、あんな優しさを持った人達があれだけ恐れる意味が分からない」
元の世界の人間を知っている八ツ橋だから言える事だが、あの人達の優しさは異常すぎる。今にも『全種族皆平等』を語りそうだ。
そんな彼らがエルフに対してのみあそこまで畏怖するのなんて、過去に何らかの事があったとしか考えられない。あるいは先祖代々『エルフは危ない』と語り継がれてきたか。どちらにせよ、エルフとあの村の仲が悪い事は確かだ。
「そして僕が疑問に思った事の2つめ。『どうして僕と一緒に暮らしたいか』。そしてそれに関連するのが君の放った魔法だ」
「魔法?」
キファが不思議そうに首を傾げる。
「そう、魔法。どんな事でもそうだけど、何かをするには代償が必要になる。それを前提として考えると、魔法を放つのにも必ず、何かしらの代償が必要になって来る。―――たかが森に入っただけなのに、対価を支払ってまで追い払おうとする、普通?」
昨日、森でキファを挑発した時。
八ツ橋が彼女の事を弱いと言った時、彼女は怒っていた。
怒るという事はすなわち、図星を突かれたという事だ。
つまり―――キファはそれほど強いエルフではない。少なくとも、いちいち人を追い払うのに魔法を使えるほど、魔力に余裕がある訳では無いはずだ。
「村の人はエルフを恐れてるから滅多に入らないとは思うけど、間違って森に入る人も居るだろうし、森でしか取れない食材を採りに来る人だっているはずだ。そんな人に一回一回魔法を放ってたら、多分枯渇するよ」
この事から、と八ツ橋は実験の考察のように続ける。
「君は森の中に人間が居た事でどう反応していいか分からなくなって、ついついあんな反応をしちゃったんじゃないかな? ツンデレみたいにさ」
「ツンデレ?」
「ああごめん。こっちの話」
間違って元の世界の言語を使ってしまった。気を付けなければ。
「もしそうだったとすると、『どうして僕と一緒に暮らしたいか』という疑問も解ける。君は、人間という生き物を理解したいんじゃないかな。では何故理解したいのか? 答えは簡単、人間という種族の集まり、つまり村を理解したいからだ」
そこで一旦言葉を切り、キファの顔を見る。
「長々と面倒くさく語って来たから、そろそろ一言でまとめようか。ここまでの僕の仮定が正しければ、君は『僕と一緒に暮らす事で人間という生き物を理解し、同時に僕を介して村の人達との交流を深め、仲良くなりたい』と思っている。違うかい?」
八ツ橋の言葉に、キファの目が丸くなる。
「どうして、私の思っていた事を―――」
「僕の得意技は心理戦。この位の事、朝飯前さ」
と言うより、こんな物は只の想像力だ。
相手の行動からその心情を読み取り、そこから派生させていく。そうする事で相手の行動一つからでも相手の考えている事が分かり、圧倒的有利に立てる。
ただ、それだけの話だ。