初めての異世界
とうとう主人公が異世界にやって来ました。主人公の活躍、期待していてください。
※心理戦という面もあり、主人公がかなりウザい時があります。ご了承下さい。
真っ暗な闇があった。
それが目を閉じているのだと気が付くまでに、数秒の時間を要した。
目を開けると、そこは森の中だった。木漏れ日が眩しい。
「まさか、本当に異世界に来るとはね・・・」
〝異世界〟という物を信じていなかった八ツ橋にとって、これは驚愕の事実だった。とりあえず荷物を確認しようと辺りを見回すと、見慣れた鞄があった。八ツ橋がいつも使っていた物だ。
「これは〝召喚の特典〟って奴かな」
中身を確認すると、護身用の拳銃が一丁(小型の物で、弾が二発しか入らないうえに、射程が五メートルも無いという、まさに護身用の拳銃)、財布(文字通り空。小銭一枚見当たらない)、拳銃の予備弾薬(八ツ橋は心配だからと秘書が持たせてくれた)、市販のケチャップソース一本(八ツ橋は入れた覚えはない)が入っていた。拳銃と弾薬はともかく、ケチャップソースと空の財布はただの嫌がらせとしか思えない。
「というか普通、異世界召喚モノの主人公って、高校生が基本だよね?僕、まだ中学生だけど」
自然に嫌味が出て来る。まあ愚痴ってても仕方ないか、と八ツ橋は立ち上がると、辺りを見渡した。
「というか、本当にここって異世界なのかな?それにしては、元の世界と大して変わらないような――」
八ツ橋の言葉は、突然右斜め前から飛んできた火の玉に遮られた。大きさはバスケットボールくらい。あれが八ツ橋に当たればひとたまりも無いだろう。だが火の玉は八ツ橋の目の前を通過すると、そのまま一直線に飛んで行った。
「まさか、魔法⁉」
「――動かないで」
不意に冷酷な声が突きつけられる。声のした方を見ると、フードを被った何者かが、八ツ橋に手のひらを向けていた。フードを被っているせいで、男か女かの区別がつかない。いや、それ以前に、人間かどうかの区別もつかない。
「人間が、この森に何の用?」
声には殺気がこもっていた。おそらく一歩でも動いた瞬間、魔法を発射してくるだろう。
「えっと実は僕は道に迷っちゃって、って正直に言うとでも思ってんの?」
だが八ツ橋は臆せず、相手に喧嘩を売った。
「今すぐにこの森から立ち去りなさい。そうすれば命だけは助けてあげる」
「あれ、さっき『動かないで』って言わなかったっけ?動かないでどうやって森から立ち去るの?ねえ教えてよ」
「いいから立ち去りなさい。そうすれば命だけは助けてあげる」
「うわ、後半二回も言ったよ。一回で聞こえてるから大丈夫だって。それともボキャブラリーの貧困?うわ可哀想に」
――未知の相手には、まず挑発してみろ。
それが、八ツ橋が長年の心理戦で学んだ戦法だ。
「貴方、死にたいの?いいから早く立ち去りなさい」
「いやー、突然魔法放たれて、殺すと脅されてもなー。うわーどうしよう、殺されるー」
「こ、このっ・・・!」
――お、感情的になった。
ならば後は相手の精神を削るだけだ。まずは――
「いやー、それにしてもあの魔法、脅しにしてもちょっと小さかったなあ。あれ、もしかしてあれが全力?まさかそんな訳ないよねー。あれが本気なわけないよねー」
「い、言わせておけば・・・。いいでしょう、私の全力の攻撃を受けて、塵も残さず滅却されるがいい!」
「うわ何そのセリフ。頭のネジが外れてるんじゃないの?この世界にも病院があるのか分からないけど、あるならすぐに言った方がいいよ。これ以上、可哀想な君を見ていられないよ」
「う、うう・・・・」
言葉の意味は通じていないものの、馬鹿にされている事は分かるようだ。フードを被った何者かはニ、三歩後ずさると、その場にうずくまった。
――あれ、これまずい奴じゃね?
小学生の頃、クラスの女子が八ツ橋に喧嘩を売ってきたので、徹底的に言い負かした時も、確かこんな感じだった。
八ツ橋がその時の事を思い出そうとしていると、
「うわあああああああああん!」
凄まじい大号泣が聞こえた。
見ると、先ほど八ツ橋と口喧嘩をしていたであろう何者かが、フードを取って泣いていた。金髪の髪がゆらゆらと揺れ、まだわずかにあどけない顔立ち、エルフのように尖った耳。
一言でいって金髪美少女。二言で言ってエルフの金髪美少女。
何歳くらいかな、と考えていた八ツ橋は、ある事に気がついた。さっきまで余裕だった顔が、みるみる青ざめていく。
「やばい、どうしよう」
――また、女子を泣かせてしまった。
主人公の挑発で気分を悪くされた方は申し訳ございません。
でも安心してください、主人公の挑発は必ず後に生かされてきます。(多分)