第八話 初めての鏡
この世界の衣服は昔テレビで見た中世ヨーロッパのものに似ている。素材はよくわからないが、服を作るための魔道具なども存在するらしく、品質は日本のものと遜色ないように感じる。
ちなみに、魔道具も想像通りあるようだ。屋敷の至る所にある宝石はやはり魔石だったらしく、普通に鉱山などで採れるらしい。
ノアが仕組みを教えてくれたが、魔術関連は知らない言葉が多いため理解できなかった。文字を教わるついでに魔術関連の言葉も勉強しているから、いずれ理解できるようになるだろう。
で、服の話に戻るが問題なのは今現在僕が着せられているドレスだ。色は白く肌をあまり見せない作りになっていて、長いスカートの至る所にフリフリが付いていて清楚でとてもかわいらしい。デザインだけ見れば僕の好みではある。それを着せられて、僕は鏡の前に立たされていた。
僕はどうやら母親似だったらしい。銀髪に赤い目、白い肌にフリフリのドレスがとてもよく似合っていて女の子にしか見えない。鏡に映る姿はまるで天使の様だった。もっとも、天使の目は完全に死んでいたけど。
実は僕がこの世界で鏡を見るのは初めてだ。子供部屋に鏡が存在しなかったことも理由の一つではあるが、本音を言うと鏡を見るのがは怖かったからだ。
自分の姿を見て前世の様な違和感が生じることを恐れたのだ。今のところは問題ないが、何が切っ掛けであの違和感が再発するかわからない。結局、僕は最後までその原因を知ることはなかったのだから。
だが、鏡に映った自分に違和感は感じなかった。いや、初めて見る姿なうえに女装までしていて、正直違和感だらけなのだが、僕の恐れていたそれとは違った。この姿を見て問題なかったのだ、少なくとも外見が理由であの違和感を感じることはないだろう。
最も恐れていたことが杞憂に終わり、少し落ち着いた。改めて鏡を見ると、そこには美少女が立っていた。相変わらず目が死んでいたので少し笑ってみると、とてもかわいかった。そして死にたくなった。
もの凄く複雑な気分だ。生まれ変わってまで一体僕は何をやっているのだろうか? 自身の存在に対して深い疑問を感じる。
鏡に映る僕の目が再び死んだようになっていると、両親とエレナが話しかけてきた。
「まあ! とっても似合っているわよリオ! まるでお姫様みたいだわー」
「あはは、よく似合ってますよー。これは将来美人さんになりますねー」
「ああ、リオちゃん……! なんて愛らしいんだっ! ちょっと、パパ大好きって言ってごらん!?」
あなた達は僕の性別を覚えていますか?
「……ぱぱだいきらい」
「拗ねてるリオちゃんもかわいいよっ!」
……駄目だ。何を言っても無駄な気がするので、唯一沈黙を保っているノアに助けを求めようと視線を向ける。
「リオ様かわいい……」
それだけ呟いて赤い顔でボーっとこちらを見つめていた。……もの凄く駄目そうだが、僕はノアを信じてるよ?
「のあ、このかっこやだ」
ノアをじーっと見つつ、一縷の望みをかけて助けを求めると、彼女はハッとした表情で我に返った。
「奥様、リオ様が嫌がっています。プレゼントなので一番重要なのはリオ様のお気持ちかと」
「あら、リオったらこんなにかわいいのにいやなの?」
母が不思議そうに聞いてくるので僕は全力で何度もうなずく。
「そう、それなら仕方ないわね。よく似合っていたのに残念だけど」
よかった、これでこの苦行も終わる。ノア、信じていたよ!
母は天然なので、実際に着れば僕が喜ぶと本当に思っていたのだろう。本当に僕が嫌がっているのが伝わると、諦めてくれた。
「えー、リオちゃんもう脱いじゃうのかい? そうだ、今度はこっちの服はどうだい?」
「いいですねー。リオ様に絶対似合いますよー」
父は僕が嫌がる様子を見ることも大好きなので止めてくれない。エレナは面白がって便乗している。エレナはノアに任せておけばいいだろう。
エレナはまだ気づいていないようだが、さっきからノアがエレナを無表情に見つめている。そろそろお仕置きされるはずだ。
父の方はどうしてやろうか? 父はよくノアに怒られているが、これはパーティーを組んでいたときの名残だろう。主とメイドという関係になった今でも父の方が立場が低いように見える。
だが、父はノアに叱られても結構同じことを繰り返したりする。なので、ここは母にお願いしてみよう。
「かあさま、とうさまがいじめる」
「リオちゃん!?」
「あら、何かあったの?」
「奥様、旦那様はリオ様が嫌がってるのを面白がって女の子の格好をさせようとしています」
「ノア!?」
さすがノアだ。僕の意を的確に汲んでくれる。ノアに感謝の気持ちを込めて視線を送ると彼女も頷いてくれた。
「そうね、パパって結構意地悪だもの。私も昔はよくいじめられたわ。……リオにまで同じことするなんて、お説教ね」
「リ、リーシア? 何を言っているんだい、僕は意地悪なんてしないよ!?」
「昔、私が嫌がってるのにスカート捲ったりしたじゃない」
「それ、10年くらい前の話だよね!?」
この両親は二人とも今年で20歳なので、話に聞く思春期男子特有のアレなのだろう。好きな子に意地悪したくなるというやつだ。あれ? ひょっとして今やってることも同じじゃないか?
実の父の思考が小学生男子と同レベルであるという可能性に気付いた僕が愕然としていると、父は母に引きずられていった。
「リオ様、お部屋に戻って着替えましょうか」
「うん」
ノアに声をかけられ、着替えてから子供部屋へと戻る。その途中、後ろからついてくるエレナの表情は沈んでいた。このあと、ノアからお説教があることを父の姿から悟ったのだろう。
以上が昨夜あった出来事の全てだ。その翌日にテンション高めの父に「僕の活躍を聞かせてあげよう」とか言われても殺意しか沸かないですよ。確かに一度は父のことを見直したが、それは既に過去のことだ。
「昨日のことならパパが悪かったよ。もうリオちゃんに女の子の格好をさせたりは……しないよ?」
一応反省はしているようだが、途中で言い淀んだうえに最後は疑問形だったので全く信じられない。だが、僕が疑わしげに見ていると父もいくらか反省したようだ。
「ごめんね、リオちゃんがそこまで嫌がるとは思わなかったんだよ。お詫びに何かプレゼントしよう。何か欲しいものはあるかな?」
欲しいものか……。伯爵である父なら、余程無茶なことを言わなければ大抵のものは用意してくれるだろう。……そうだ、これはチャンスじゃないか? 一流の冒険者でもある父なら可能なはずだ。
「ぼく、すらいむがほしい」
「え!? スライムかい? 何でまたそんなものを……」
僕が希望を言うと父は不思議そうな顔をしていた。理由なんて一つしかない。
「かわいい」
「そういえばリーシアもスライムが好きだったな……。君たちは変なところがそっくりだね……」
「だめ?」
「いや、パパに任せなさい! 子供のスライムならリオが触っても平気だしね。何か希望はあるかい?」
「かわいいこがいい」
「あ、ああ。わかったよ。僕にはよくわからないからリーシアに選んでもらうよ」
「ありがとう、とうさま」
「よかったですね、リオ様」
「うん!」
思わぬことから望みが叶った。僕は先程までの不機嫌さを完全に忘れて、言葉をかけてきたノアに笑顔を返す。その様子を見た父はホッとした様子で息を吐いていた。