第七話 ぼくのとうさまはとてもきもちわるいです……。
昨夜、ノアから訊いた父の話はとても衝撃的だった。僕は今まで、父のことをただの親馬鹿だと思っていたからだ。あのような活躍をしたといわれても、正直信じられない。
「リオちゃん! パパの活躍が訊きたいんだって!? なんだって話すから好きなだけ質問していいんだよ!」
……あの話での父は本当に凄かった。魔術の腕は一流だがそれに驕ることはなく、社交的で周囲の信頼も厚い。そんな、どこに出しても恥ずかしくない好青年だった。だから、今僕の目の前にいる奴が僕の父親であるはずがない。
「ほんとのとうさまはどこ?」
「リオちゃん!? 君のパパは僕だけだよ!?」
いや、ノアの話が本当ならこのどこに出しても恥ずかしい親馬鹿は僕の父ではない。
「のあのはなしといまのとうさまはちがいすぎる。のあはぼくにうそをつかないってしんじてるから、ごうりてきにかんがえるとぼくのとうさまはべつにいるということになる」
「リオ様、そのお歳でそこまで合理的な考えができるなんて素晴らしいです。それに、いつの間にかこんなにも長く喋れるようになって……。ノアはリオ様の成長が嬉しいです!」
ノアが感極まった様子で褒めてくれるが、僕は首を振る。
「これものあのおかげだよ」
「リオ様……!」
「リオちゃんがこんなに長く喋るのを聞いたのは始めてだよ……。成長は嬉しいけど、それがパパを否定する言葉だなんて……! まさか、反抗期!?」
僕達がお互いの信頼関係を確かめ合っていると、何かおかしな結論に達している奴がいた。
「そんなんじゃない」
そっぽを向きながら僕は応える。だが、僕の態度にはちゃんとした理由があるのだ。反抗期で済まされては困る。
「ならどうしたんだい?今日のリオちゃんはご機嫌斜めじゃないか」
確かに僕は機嫌が悪い。だが、それはお前のせいだ。昨夜、お前が僕にした仕打ちは絶対に忘れはしない……!
あれは、昨夜ノアから父の活躍を訊いた後のことだった。
「……このような経緯があり、旦那様は今も冒険者として活動しているのです」
そう言ってノアは話を締めくくった。父が凄腕の冒険者だという話は他の人からも訊いたことがある。しかし、普段の父は僕に対してはアレなため、とても話に出てきたような活躍をしたような人物には見えない。だから、話を訊いた僕は正直に言って父を見直した。
「とうさま、すごいんだね」
「はい、旦那様はリオ様に対してはかなりアレですが、それ以外はまあ中々の人物です」
不本意そうではあるがノアも父を褒める。これは中々珍しいことだ。決して嫌っているわけではないが、普段の父に対するノアの言動は厳しい。
よく、僕に引っ付いて頬ずりする父を無理やり引き剥がしている。僕も頬ずりはかなり嫌なので助かっている。逆に母とはとても仲がよく、傍から見れば仲の良い姉妹にさえ見える。
メイドが主に対してこのような態度だと文句が出そうだが、そういったことは全くない。というのも、ノアは元々両親のパーティメンバーの一人であり、父以上の実力を持った魔術師なのだそうだ。本人が望めば、貴族になるすら不可能ではないらしい。本来なら、決してメイドなんてやっているような人物ではないのだ。
母が妊娠して一時的にパーティを解散したとき、ノアはボーティス家に客分として招かれることになったらしい。
当初は再びパーティを組み、冒険者に戻る予定だったそうだが、生まれたばかりの僕を見たノアは突然メイドになると言い出したらしい。
最初は突然の申し出に戸惑った両親だったが、ノアのことは信頼していたため、最終的には僕専属のメイドとして正式に雇い入れたらしい。そのような経緯もあり、両親とノアはとても気安い関係のようだ。
……ノアって何歳なんだろう? 見た目は中学生くらいに見えるが、二年前に初めて会ったときから全く変わっていない。以前に訊こうとしたことはあるが、無言になり答えてくれず、何か言いたげにこちらを見るだけだった。怒っている様子はなく、どこか悲しげな様子だったため、それ以降は訊かないようにしている。
とにかく、普段は父に厳しいノアが認めるほど冒険者としての父は凄いようだ。実際にどうなるかはまだ分からないが、もしも父の後を継ぐのなら僕も父のようになりたい。そんな感じで父に対して尊敬の念を抱いていると、本人がやってきた。
「あ、リオちゃん。ここに居たんだね。探したんだよ」
父は僕のことをちゃん付け呼ぶ。その呼び方はいろいろと複雑な気持ちになるので何度も止めるように言っているのだが、聞いてくれない。だが、今は父の活躍を訊いたばかりだったので外であれほど立派なら多少の親馬鹿は我慢しようとも思えた。
「リオちゃんにお土産があるんだ。ママも待っているからおいで。ノアも、いいものが見れるから一緒に行こう」
そう言った父に抱かれ、両親の寝室へと向かった。ノアも後ろからついてきている。
「リオ、待ってたわ。今日はあなたにお土産があるの。ノアもいらっしゃい。」
寝室で待っていた母が微笑みながら歓迎してくれる。母はおっとりとした優しい女性だ。父のパーティでは、中級治癒魔術師として活躍しているそうだ。
「おみやげってなに?」
「うふふ、とってもかわいいものよ。リオもきっと気に入るわ」
「ほんと!?」
何を隠そう、僕はかわいいものが大好きだ。これは前世から変わらない。よく友人にも呆れられるほどだったが、死んでもその嗜好は変わらなかった。
かわいいものって何だろう、もしかして生き物だろうか? それならスライムとかがいいな。スライムは魔獣だが大人しく、愛玩用のものも存在することを僕は知っている。抜かりはないのだ。
僕がかわいいものと聞いてワクワクしていると、母が布のようなものを取り出した。とりあえず生き物ではないもたいたけど、何だろうか?
「ジャーン! ドレスでしたー。きっとリオに似合うと思うの!」
その瞬間、背筋に悪寒が奔った。まさか、それを僕に着せるつもりだと!? 今の僕はれっきとした男の子だ、かわいい服は好きだが自分で着るのは明らかにおかしい。あれを着たら、きっともの凄く複雑な気持ちになる。
「この前からパパが言ってたのよ? リオは女の子みたいにかわいいからドレスとか着せたら凄く似合うって!」
「ああ! リオちゃんは王国一かわいいからね、何を着ても似合うさ!」
やはり原因はお前か……。親馬鹿と天然が噛み合ったせいでこんな状況になってしまったのか。先程感じた父への尊敬の念は既になくなっていた。いくら外でしっかりしていようと許さん。
事態を把握した僕はすぐにノアへ目配せした。僕の意図を正確に理解してくれたノアは父から僕を素早く奪い、扉へと走る。
「ふふ、甘いよ二人とも!」
父がそう叫ぶと扉が開き、その先にはエレナが立ち塞がっていた。
「エレナ……。リオ様の専属であるあなたが邪魔をするのですか?」
「ノア先輩、仕方ないんです……。これは旦那様の命令ですから。」
ノアの問いに対して、エレナが悲痛そうに答えるが、絶対に理由はそれだけじゃない。だって口元が笑ってるもの。
そのとき、エレナに気を取られているノアを母が後ろから抱き締めて捕まえた。そして、動けないノアからエレナが僕を奪い返す。
「リオ様!」
「うふふ、捕まえたわー。せっかくのお土産なんだもの、リオにはちゃんと着てみてほしいの。ノアもかわいいリオを見たいでしょ?」
「そ、それは……。で、ですがリオ様は嫌がっています!」
「大丈夫ですよー。リオ様も着たら気に入りますってー」
「そんなわけないよっ!」
エレナがふざけたことを言うので必死に否定する。もし、本当に気に入っちゃったらどうするんだよ。僕が女装趣味なんて業が深すぎる……。
「さあ、リオちゃん! お着替えしようね!」
気持ち悪いことを言いながら、父が服を持ってこちらに近づいてくる。今、確信した。お前は僕の敵だ。
「……ぜったいいやだ」
僕は最後の抵抗を試みたが、父から服を受け取ったエレナによって、無理やり着替えさせられたのだった……。




