第五話 ぺーぱーてすとはいやだよ。
召喚魔術が使えるかはともかく、魔術は使ってみたい。属性魔術は皆使えるらしいから基礎は誰に聞いても問題なさそうだ。
こういうときはやっぱりノアかな? 魔術について話を聞いたとき、ノアは優秀な魔術師だとエレナが言っていたのだ。
「のあー、まじゅつおしえてー」
という訳で魔術の存在を知った日の翌日、さっそくノアにお願いしてみた。
「……リオ様、ノアもリオ様に教えて差し上げたいのですが今はまだ無理です」
いきなり断られてしまったが、ノアがそう言うからには何か理由があるのだろう。子供は危ないから使ってはいけないのかもしれない。
「どうして? あぶないから?」
「はい、その通りです。ほとんどの子は五歳か六歳になるまで魔力を扱うこと自体を禁じられています」
思ったよりも許される年齢が早いな。
「なんでごさいかろくさいなの?」
「今もリオ様の体の魔力は増え続けています。今は自分以外の魔力に触れても安定して
いますが、魔術を使おうとすれば暴走する可能性が高いのです。なので、子供は魔力試験に合格しなければ魔術を習うことはできないと大陸会議で決まっています」
試験かー。大陸会議って言葉は始めて聞くけど今はスルーで。そんなのよりも今は試験という不吉な単語の詳細を知らないといけない。ペーパーテストはいやだ。
「魔力試験は三歳から受けることができるのですが、初挑戦で合格できる子供はイレイシア王国全体でも数年に一人くらいしかいません。試験の内容自体は成長すれば誰でもできる実技だけなので大抵の子供は三、四回目で合格できますが、試験は一年に一度しか行われないので必然的に五、六歳が多くなります」
よかった。ペーパーテストじゃないみたいだ。魔力を使う実技とかむしろ楽しみだ。
「……ですが、リオ様は合格に時間がかかるかもしれません」
「どうして?」
「あの試験を早く突破できるかどうかはその人の才能次第なのです」
……ひょっとして、おまえは才能ないって言われた?
「ご、誤解です、リオ様! ノアはリオ様が天才だと信じています!」
ショックを受ける僕を見てノアが慌てている。
「リオ様の魔力総量は同年代の子供達に比べるとかなり多いのです。魔力総量の多い者はコントロールが格段に難しくなるので、中には魔力の増加が少なくなる十歳まで試験に合格できない子供もいます。ですが、魔力の量は魔術師、魔装師を問わず重要になります。上級魔術師の中にも総魔力量が多いせいで試験に何度も落ちた人はたくさんいます」
なるほど、大器晩成型ってことかな。とはいえ、彼女との契約を考えるとそう何度も落ちているわけにはいかない。でも、才能次第って断言されちゃったからなー。
「それに、魔力試験では合否よりも重要なことがあります」
「んー?」
試験の結果よりも重要なことってなんだろう?
「試験の過程でその人の魔力適性がわかります」
「まりょくてきせい?」
「人は生まれたときから使える魔術の種類が決まっています。治癒魔術、属性魔術、魔装の適性を持つ者は多いのですが、適性がなければどれだけ頑張っても上級にはなれず、下級を使うことすら難しくなります。とくに、召喚魔術と特殊魔術の場合は適性がないと使うこと自体できませんし、適性のある者の数も比較的少ないのです。ほとんどの者はいずれかに適性があるのですが、中には何の適性も持たず、魔術師や魔装師になるのを諦める子供もいます」
そういえば、召喚魔術師は少ないということはエレナからも聞いていたけど、こういう理由か。それなら、やっぱりボーティス家に召喚魔術師がいなくても仕方がない。
というか、三歳で夢を断たれるなんて可哀想すぎる。僕も人事じゃない、不安になってきたぞ。
「ご安心くださいリオ様。ボーティス家は属性魔術の名家、召喚魔術師だったリオン様以外に属性魔術の適性がなかった者はいません。……仮に属性魔術の適性がないとしたら、きっとリオ様には召喚魔術の適性がありますよ」
僕の不安を感じ取ったのか、ノアは安心させるようにそう言った。属性魔術と召喚魔術なら、個人的には属性魔術の方がいいかな? 応用力がありそうだし、召喚魔術は期待が重そうだ。
しかし、魔術が習えないとなるとそれまで何をしようか? いや、早いうちに覚えないといけないことがあったな。魔術の存在が衝撃的だったせいで忘れていたけど、重要度はこちらの方が高い。
「のあ、もじおしえて?」
「文字ですか? それでしたらノアに任せてください」
こっちは大丈夫らしい。元々、教育係でもあるノアがいずれ教えるつもりだったが、まだ早いと思い見送っていたそうだ。
だが、僕の方から頼んだことで予定を早めてくれたらしい。たしかに、二歳で文字の勉強というのは早すぎるかもしれない。
ノアに文字を習い始めてから三日が経った。二歳になってからは両親と共に食事をするようになり、今は一緒に夕食を食べている。
これまではずっと子供部屋にいたので食事は別だった。もっとも、両親は僕が乳離れした後もよく食事時にきて、手ずからご飯を食べさせてくれたりしていたのだけど。
ところで、この両親なのだが普段は結構忙しくしている。父はボーティス伯爵領の領主だが、その仕事が忙しい訳ではない。こちらは優秀な代官である父の兄に任せているそうだ。
実際ボーティス伯爵領では善政が敷かれており、初代は英雄譚にもなっている人物なのでボーティス家は領民からの人気が非常に高い。
忙しいのは、冒険者としての仕事だ。冒険者……実にファンタジーらしい職業だ。
僕が二歳になった頃から、両親は母が妊娠する以前にやっていた冒険者としての仕事を再開した。よく若い騎士達を連れて、魔獣を討伐しに行ったりしている。僕にもお土産として倒した魔獣の角とかを持って帰ってきてくれたりする。
この世界には魔獣というものが存在する。魔獣というのは、魔力の暴走によって肉体が変質した生物が代を重ねて種として定着したもののことだ。基本的には下級以上の魔装や魔術を使用可能な魔力を持つ生物を魔獣と呼ぶ。
全ての魔獣が凶暴なわけではないが、人を襲うものも多いらしい。ちなみに、別に魔石が取れたりすることはないらしい。ちょっと残念だ。
何かを作る素材や食糧にするため、単純に危険なためなど理由は様々だが、魔獣の討伐が必要になることがある。そんなときに活躍するのが冒険者ギルドであり、そこに所属する冒険者たちだ。彼らは冒険者ギルドを通して依頼を受け、魔獣を倒すことを仕事としている者たちだ。
だが、ときには冒険者ギルドの手には余る事態が発生することがある。そのようなときは冒険者ギルドから領主に要請し、騎士団を派遣することで問題を解決するのだ。しかし、そのような事態が起こることは滅多にない。ほとんどの場合は冒険者ギルドで解決できるのだ。
ではなぜ、貴族である両親が騎士達を伴ってまで危険な冒険者の仕事をしているのだろうか?