番外編 結城里桜奈の日常 その1
リオ君が転生するより一年くらい前の話です。
『コケコッコー! コケコッコー! コケコッコー!』
「ぅぁぁ」
けたたましい音を立てるニワトリ型目覚まし時計の音で僕は目を覚ました。だが眠い。学校に行くまではまだ多少の猶予が存在する筈なので、迷わず二度寝を選択する。
『コケコッコー! コケコッコー! コケコッコー!』
布団に潜ったままニワトリ君を置いてあるベッドわきのテーブルに手を伸ばす。トサカ部分が停止ボタンになっているので、それさえ押せば僕は再び安寧を手に入れることができる。
僕の手がトサカらしき部分を捉えるが、何故か止まらない。未だにコケコケと僕を起こそうと頑張っている。仕方ないので布団から顔を出し、ニワトリ君に視線を向ける。
「なんてむごいことを……」
そこにはガムテープでトサカを含めた全身をぐるぐる巻きにされ、それでもけなげに己の職務を全うしようとするニワトリ君らしき物体があった。ガムテープのせいで茶色い塊にしか見えないけど……。
いきなり妙な出来事があったせいですっかり目が覚めた。ニワトリ君を拘束した犯人の狙い通りだと思われる。
ぐるぐる巻きのニワトリ君を救出し、トサカを押して停止させた。ガムテープの糊のせいでべたべたになってしまった姿が哀愁を誘う。除光液で落ちるだろうか?
鏡の前で寝癖を直し、制服に着替えてからリビングのある一階に向かった。髪の長い子なんかは朝の用意に結構な時間がかかるそうだが、僕の場合はすぐに終わる。髪が短いと色々と楽でいい。
リビングにつながる台所に入ったところで、朝食の載ったお盆を持った母と遭遇した。……今日はみそ汁か。
「おはようリオ、麗華ちゃんが待ってるわよ?」
「お母さんおはよう。部屋に来てたんでしょ? ニワトリ君が犠牲になってたよ……」
「ニワトリ?」
不思議そうに首を傾げる母から朝食を受け取り、リビングに入る。そこにはニワトリ君拘束の犯人が優雅に味噌汁を啜っている姿があった。
「れーちゃん、僕のニワトリ君になんてことするのさ」
「あら、おはようリオ。私は彼の仕事を手伝ってあげただけよ? 自分の力じゃ貴女を起こすことができないから助けて欲しい、自分はどうなっても構わないからって」
「ずいぶんとカッコいい目覚まし時計だね……」
自分の犯行を全て目覚まし時計のせいにした彼女の名前は桐原麗華だ。僕とは幼馴染で、朝が苦手な僕を毎朝起こしに来てくれている。僕が男ならラブコメっぽいシチュエーションなのだが、実際には女の子同士なので夢も希望もない。
見た目は長い黒髪の似合う大和撫子っぽい美少女だが、その性格は結構面倒くさい。心配しているときにわざとキツイ言動をしたり、本音を隠したいときは訳のわからないことを言って誤魔化そうとしたりする。今の言動も何かを隠しているからかもしれない
だが、以前僕がそのことを指摘したら、普段から意味なくキツイ言動をしたり、定期的に訳のわからないことを言ったりするという、さらに面倒くさい性格になってしまった。木を隠すなら森の中ということなのだろうが、正直バカなんじゃないかと思う。
そんな変人なのに何故だか男女ともに人気がある。まあ、うちの中学は変人が多いので仲間意識みたいなものが作用しているのかもしれない。
朝食を終え、二人で学校へ向かう。本当は自転車で行きたいが校則で禁止されているので登下校は徒歩になる。
僕の通う中学には、基本的に二つある小学校の卒業生が入学してくるのだが、僕が卒業した方の小学校の生徒だけ自転車通学を禁止されている。たぶん、住んでいる区画と学校との距離で決めているのだろうけれど、どうしても理不尽な思いは拭えない。
後ろから追い抜いていく自転車通学の生徒達を恨みがましい目で見ていると、その内の一台が僕達の少し前で止まった。
顔を見るとクラスメイトの佐藤さんだった。眼鏡に三つ編みという大人しそうな見た目の女の子だが、性格……というか趣味が結構アレな子だ
「結城さんに桐原さん、おはよー。君達っていつも一緒だよねー」
「おはよー、家が隣だからね。登下校は大体一緒だよ」
「おはよー、佐藤さん。リオが一人で起きられないから私が起こしてあげてるのよ。全く世話が焼けるわ」
「ほ、ほー。毎朝起こしてあげるんだ。ち、ちなみにどんな風に?」
佐藤さんが鼻をふくらませながられーちゃんに詰め寄る。……彼女の趣味は百合と薔薇だ。残念ながら植物的な意味じゃない。
れーちゃんはフッと意味ありげに笑いながら、クールぶった仕草で髪をかきあげる。
「ひ・み・つ」
「ふおぉぉぉぉぉ! 秘密にしないといけないようなことが!?」
れーちゃんの意味深な発言に佐藤さんが大興奮する。だが、実際は目覚まし時計を停止不能にして二度寝できないようにしただけだ。
僕が事実を伝えると佐藤さんのテンションは通常時に戻った。
「もー、期待させないでよー。前にお姉ちゃんを紹介したときもリオは期待させるだけさせてさー」
「そんなことを言われても……」
そもそも今勘違いさせたのはれーちゃんだ。
「あ、そういえばお姉ちゃんがまた会いたいって言ってたよー。二人とも、今日暇だったりしない?」
佐藤さんのお姉さんには前にも会ったことがある。噂を聞いて興味を持ち、彼女に紹介してもらったのだ。それ以来親しくなり、都合が良い時に再び会うする約束をしていたのだ
「僕は大丈夫だよ」
そう言いつつ、れーちゃんに視線を向ける。
「私も構わないわ」
「おっけー! それじゃあお姉ちゃんには私から伝えとくねー。あ、リオはおめかしして来ないとだめだよ」
「あー、うん」
「それじゃー、私は先に行くねー」
そう言うと佐藤さんは自転車で学校へと向かった。話しながら進んでいたので学校までの距離はあとわずかだが、駐輪場がグラウンドの向こうにあるため、自転車だと校内に入ってから教室に着くまでに時間がかかるのだ。
「お姉さまに会うの楽しみね」
「れーちゃんはあの人のこと気に入ってるよねー。僕も結構好きだけど」
れーちゃんは人見知りっぽい何かを患っている。初対面の人相手には無駄にキツイ言動をしてしまうことが多いのだが、佐藤さんのお姉さんとは初対面から仲が良かった。佐藤さんのお姉さんはもの凄く個性的な人物なので、変人同士気が合ったのかもしれない。
れーちゃんは僕の言葉にすぐには答えず、校門をくぐる頃になってから小さくつぶやいた。
「……リオの違和感について何かわかるかもしれないしね」
「……そうだね」
れーちゃんは面倒くさい性格の女の子だが、いつも僕のことを考えてくれている。




