第四話 ボーティス家と召喚魔術
ここはボーティス家の修練場、騎士達が日々訓練に励んでいる場所だ。
しかし、今この場で剣を振っているものはいない。騎士達は緊張した面持ちで直立し、自分達の運命を決めるであろう二人の女性の会話に耳を澄ませている。
片方の女性は地面に正座した状態で何かを説明しようとしており、もう片方の女性は胸に幼児を抱き締めながら無表情にそれを聞いている。何故こんな状況になっているのだろうか?
いや、悪いのは僕なんだけど……。
僕は前世の両親と友人に会えない寂しさから泣き続けていた。うろたえるエレナと騎士達には悪いが、しばらくは止まりそうになかった。
しかし、そんなとき屋敷の方からノアがすごい勢いでこちらにやってきた。ノアは泣いている僕を見るといつもの無表情を崩し、一瞬顔を険しくする。
そして、驚くエレナから僕を確保するとこちらに向かって微笑んだ。
「……リオ様、大丈夫です。ノアが来たのでもう怖くないですよ」
突然のノアの登場に驚いた僕は、いつの間にか泣き止んでいた。それを見てノアも少し安心したような顔になり、取り出したハンカチで僕の顔を拭った。そして、居心地が悪そうにこちらの様子を覗っているエレナへと視線を向ける。
「エレナ、リオ様が泣いてます。これはどういうことですか?」
「い、いえ。突然泣き出されてしまったので、私にもわからないです……」
「リオ様が泣いたことなんてほとんどありません。こんなに泣かれるなんて初めてです……。きっと、理由があります」
ノアは僕をギュッと抱きしめ、騎士達に視線を向ける。彼らは少したじろいだ後に直立して姿勢を正した。緊張する騎士達の中で、一人だけ落ち着いた様子の騎士団長がノアの視線に答える。
「リオ様に魔術について説明したんだけどね、そのあと突然泣き出してしまわれたんだ
よ」
「……エレナ、詳しく説明してください」
「は、はい」
エレナは何故かその場に正座し、緊張した面持ちで今までの経緯を話した。ノアは話を聞いた後少し考え込み、騎士団長に向かって尋ねる。
「ライナー、貴方が召喚魔術を使用したとき、リオ様の魔力の様子はどうでしたか?」
「もちろん問題なかったよ。ちゃんと安定していた」
「そうですか……。リオ様、どうして泣いてたんですか? ……エレナが何かしましたか?」
ノアは心配そうにこちらを覗きこみながらそう言い、それを聞いたエレナがビクッとしている。
……この場を丸く収めるにはどうすればいいだろうか。適当に誤魔化したいところだけど、ノアは結構鋭いので無理な気もする。その場合、さらに心配をかけてしまうことになりそうだ。下手したらエレナが叱られる可能性もある。
……仕方ない。細かいところを省いて正直に話そう。
「……さびしくなったから」
僕が言葉少なに理由を話すとノアが首を傾げる。
「ノア先輩がいなかったからじゃないですか? ずっと一緒の部屋でしたし」
おお、エレナナイスだよ! 少し恥ずかしいがそれなら自然だ。前世のことは説明できないし、それでいこう。
「そうなんですか?」
「……うん」
ノアの質問に少し恥ずかしがりながら応えると、なにやらノアが悶えだした。……どうしたの?
「ど、どうしたんですか、ノア先輩?」
エレナが少し引き気味に尋ねるとノアはピタリと止まった。何だか顔が赤い。
「……なんでもないです。リオ様、ノアはいつもそばにいるので安心してください。もしその場にいなくても、呼ばれたらすぐに駆けつけます」
「ありがとう、のあ」
ノアがすごく嬉しそうなので少し罪悪感がわくが、前世のことを話せない以上は仕方ない。それに、仮に彼女と会えなくなったとしても僕は寂しくて泣くだろうから、丸っきりウソってわけじゃない。
とりあえず、無事に解決してよかった。正座していたエレナも今は立ち上がり、騎士団の皆さんと一緒にホッとした表情を浮かべている。
……いや、ホントにごめんね?
そのあとは気を取り直して魔術やこの世界の話を聞いてみた。そして、騎士たちと分かれて修練場から本館の子供部屋に戻り、今はノアに寝かしつけられてベッドにいる。
落ち着いたところでこれからのことについて考えてみる。ここが異世界であるなら、その常識は僕の居た世界とは大きく異なるはずだ。以前と同じつもりでは何か問題が起こるだろう。
とはいえ、基本的なことはノアとエレナが追々教えてくれるのであまり心配はしていない。彼女たちは僕の教育係も兼ねているのでこれから学んでいけばいい。二歳児が常識知らずなのはむしろ当たり前のことだ。
気になるのはこの世界がどれくらいファンタジーやってるかだ。先程聞いた話では、冒険者ギルドや魔獣といったものは存在するようだ。やっぱりドワーフとかエルフもいるんだろうか? なんかテンション上がってきたよ、スライムとか飼ってみたい。
屋敷の謎技術も気になる。あの宝石はモンスターからとれる魔石とかで、厨房にあった箱は魔石を使った魔道具だとかきっとそんな感じだ。以前、最近の男子学生の間で流行っているらしいから読めと友人から薦められた本によく出てきた。
一番楽しみなのはやっぱり魔術だ。エレナの話によると魔術師は需要が高く、中でも優れているものは王国から手厚く扱われ、功績によっては貴族になれることもあるらしい。 できることを増やしたい僕には打ってつけだ。魔術師自体の能力もそうだが、高い地位ならできることは当然増える。
僕にとってはとても都合がいい職業なのだが問題もある。魔術師の能力は才能に大きく依存するのだ。これには血統も大きく関係するらしく、王国には代々魔術師が当主の名家がいくつも存在する。
それについて、我がボーティス家はどうなのかというと、血統としては間違いなく優秀だと言える。ボーティス家はこれまでに数々の優秀な属性魔術師を輩出してきた、《属性魔術のボーティス》と呼ばれるほどの名家なのだ。
現に、僕の父である当主のロベルト・ボーティス伯爵は王国でも指折りの属性魔術師である。また、母の方も父には劣るものの中々の技量を持った治癒魔術師であるそうだ。
さらには、ボーティス家を興したリオン・ボーティスという名の召喚魔術師が存在する。僕のリオという名前もこの人にあやかって名付けられたものらしい。
これがまたすごい人で、王国では英雄の一人として語り継がれている。いわく、国を襲った古の巨竜を倒して従えた。千を超える魔剣を同時に召喚した。数百の魔獣を召喚して攻めてきた敵軍を一人で返り討ちにした。こういった数々の伝説が本や劇として残っている。
しかし、英雄リオンは二十歳にも届かないうちにその姿を消してしまった。当時、彼の弟と妹が主導となって王国全体で大規模な捜索をしたのだが手がかりすら発見することはできなかったらしい。
結局、ボーティス家は彼の弟が継ぐことになるのだが、彼以降ボーティス家に召喚魔術師が誕生することはなかった。一部ではお家騒動の結果殺された英雄リオンの呪いだと言う者もいるらしいが、リオンと当主になった弟の仲は良好だったようだ。
彼の弟は数十年の間当主となることを拒んで兄を探し続けたらしい。それでも手がかりすら見つからず、ボーティス家を残すために仕方なく兄の後を継いで当主になったといわれている。
僕もノアにリオンの本を読んでもらったことがある。リオンの弟や妹が兄を必死に探す様子を描いたシーンには不思議なほど心を打たれた。なので、僕的にはリオン謀殺説はできるだけ否定したい。
というか、召喚魔術は誰でも使えるものじゃないんだから、ボーティス家に召喚魔術師が誕生しなかったこととリオンは関係ないと思う。
しかし、ボーティス家に英雄リオンに比肩する魔術師がそれ以降誕生しなかったことは紛れもない事実だ。さすがに呪いを信じる者はほとんどいないものの、ボーティス家は属性魔術の名家でありながら召喚魔術に対するある種のコンプレックスを抱えることになった。
こうした背景から、ボーティス家では英雄リオンに並ぶ召喚魔術師の誕生が待ち望まれている。その上、僕は通常よりも大きな魔力を持っていることから強く期待されているらしい。リオと名付けられたのもその辺りが理由かもしれない。
……父様、期待が重いです。