エピローグ
「――――――お久しぶりですね、結城里桜奈様」
黒い靄に包まれたまま、彼女は微笑む。何故このタイミング現れたのかはわからないが、僕にとっては待ち望んだ展開だ。この少女には言うべき事や聞きたいことが山ほどある。
「あの――――――」
「名前はどう呼ばれるのがお好みですか? 前世の名前で里桜奈ちゃんですか? それともやっぱりリオ君って呼びましょうか?」
「……あ、リオでいいです」
「ヤダー、敬語なんて使わなくていいですよー。もっと親しげに喋ることを要求します!」
「…………うん、わかった」
なんか想像してたのとキャラが違う……。彼女はそのまま僕の顔を覗き込んでいる。全身を覆う靄のせいでわかりにくいが、彼女の身長は中学生くらいの高さだ。とはいえ、まだ三歳の僕とではかなりの身長差がある。
「わー、ホントに男の子になって……る? あれ、女の子? もしかして、私失敗しましたか!?」
「れっきとした男の子だよ……」
ここまで性別を間違えられるほど女顔だという意味では失敗かもしれないけど。
「ホッとしましたー。里桜奈ちゃんは男の子になれた方が喜ぶかなって思ってサービスしたんですよー」
「あ、わざわざ男にしてくれたんだ」
どうやら僕が男として生まれ変わったのは偶然ではなかったみたいだ。中々いい仕事をしてくれる。
何を隠そう、前世の僕は女の子だったのだ。こう見えても昔は美少女男装中学生としてブイブイ言わせていたりもした。別に女の子なのが嫌だった訳じゃないんだけど、一時期は違和感の原因が性別のせいじゃないかと考えたこともある。男装はそのときに試したことのうちの一つだ。
結局、性別が原因じゃあなかったみたいだけど、男として転生できたことは結構嬉しい。何というか、こっちの方があってる気がする。
まあ、そういう経緯もあるから女装をさせられるともの凄く複雑な気分になってしまうんだけど……。正直、可愛い服は結構好きなので余計に困る。
「うんうん! 喜んでもらえたようで私も嬉しいです! あ、そろそろ本題に入らないといけませんね!」
「本題?」
本題と言うと、やっぱり彼女の願いに関することだろうか。姿勢を正し、彼女が口を開くのを待つ。彼女は居住まいを正し、真面目な雰囲気で話し始めた。
「えー、こほん。約十年後、あなたの前に龍が現れます。襲われる可能性もありますが、何とか殺さずに収めて下さい。きっと貴方の力になってくれる筈ですから。あ、でも手足の二、三本は切り飛ばしてもいいですよ? どうせ再生しますし、むしろぼこぼこにした方が素直に言うことを聞いてくれるかもしれません!」
「……はい?」
彼女は胸元で両手をぐっと握りながらそんなことを言った。可愛らしい仕草の割に言っていることはバイオレンスだ。というか、ドラゴンが相手ってどう考えてもぼこぼこにされるのは僕の方なんですけど……。
「それと、しばらくは子供らしく遊びまわったらいいんじゃないでしょうか。せっかく転生したのに、魔術の勉強ばっかりじゃつまらなくないですか?」
あれ、今ドラゴンの話してなかったっけ? そんなのがやってくるのに遊んでていいの?
「……えーと、そもそも君の願いは何なの? 何かそのためにした方がいいこととかないのかな……?」
「あら? もしかして今までいっぱい魔術の修業してたのってそれが理由なんですか? キャー、そんな私のためだなんて……! お気持ちは嬉しいですがイケません! 子供は遊ぶのも仕事なんですよ!」
え、もしかして魔術の修業とかいらなかった? きっと役に立つと思って頑張ってたんだけど……。いや待て、この子はさっき龍を倒せとか言ってた、戦いの手段は絶対必要になる。
「とりあえず、私の願い事は今は気にしなくて大丈夫です。約束通り、リオ君が十五歳になったときにお願いしますから! それよりもしばらくのんびりした方がいいですよ」
マジですか……。いや、急いでやらなきゃいけないことがないのはいいんだけどさ。何だか拍子抜けしてしまう。それに来年は……。
「でも、来年から王立魔術学院に通うことになるし、むしろ忙しくなるんじゃないかな? 名門校らしいし勉強が大変そう」
「え? 三年間は魔術の基礎を習うんじゃないですか? 少なくともその間は楽ができると思いますけど……。リオ君、そんなのとっくにマスターしてるじゃないですか」
「…………」
そうですね……。
「私が聞いた話だと、一般的な卒業生でも中級魔術師レベルだそうですよ? 学生で中級魔術師というのは確かに優秀だと思いますけど、リオ君なら普通に授業受けてれば卒業できるレベルだと思いますよ?」
「でも、十年後にはドラゴンと戦わないといけないんでしょ? それならもっと頑張った方がいいんじゃ……」
「ほら、あのメイドさん達に手伝ってもらって袋叩きにしちゃえばいいんですよ! 異世界のネコって龍と同じくらい強いらしいじゃないですか! メイドさん達はあの性格の悪いにゃんこよりも強いみたいですし、皆で囲めば楽勝ですよ!」
「素晴らしい意見だと思う」
確かに、何も相手に合わせて一対一で戦う必要はない。その作戦はぜひ採用しよう。もちろん、魔術の修業は真面目に続けるけど。
これからは子供らしく遊んだりもしようか。彼女言うとおり、せっかく転生したんだからもっと楽しまないともったいない。まあ、今までもスライムを飼ったりして結構楽しんでるんだけど。
「あ、そろそろ時間がありません」
「え!?」
何か趣味でも見つけようかと考えていると、彼女が唐突にそんなことを言い出した。いかん、せっかくのチャンスなのに何をのんびりしているんだ僕は。
「ちょっと待って! 色々と聞きたいことがあるんだ!」
「うー、すみません。もうこの空間を維持するのが限界なんですよ」
彼女がそう言った途端、白い部屋がグニャリと曲がった。そのまま僕と彼女の間にある空間が引き延ばされ、彼女の姿がどんどん遠のいて行く。
ああ、早くしなきゃ! そうだ、お礼を言わないと! というか、重要なことを聞いてない!
「名前! 君の名前はなんていうの!?」
みるみるうちに彼女の姿が小さくなっていく。既に声が届かない様な距離に見えるが彼女の声は何故かはっきりと聞こえた。
「――――――私の名前はクローネ。時がくれば再び私の方から会いに行きます。それまでどうかお元気で」
「わかった! そのときになったらまた会おう! クローネ、僕を救ってくれてありがとう!」
僅かだが僕の言葉に反応したクローネが手を振るのがわかった。最低限の目的、彼女にお礼を言うことだけはなんとか果たすことができたようだ。
元の世界のことなど、聞きたいことは多かったがそれは次に会ったときに回すしかない。でも、両親や友人のことについて触れなかったのは僕が臆病だったせいでもある。普段は極力考えないようにしているが、僕は未だに彼らと再会することを諦め切れていない。
次に彼女と会った時こそ、僕は現実を受け入れなければならない筈だ。ただ、例えそれでももう一度クローネと会うのが楽しみな自分がいることも確かだった。
お陰さまでようやく一章が終了しました。感想、ブクマ、評価を頂くたびに頑張ろうという気持ちになれました。中には更新するたびに感想を下さる方もいて、執筆の励みになりました
一章は終わりましたが、まだまだ続くのでこれからもお付き合い頂けると嬉しいです。




