第四十五話 判定
お待たせしました、今回もドSネコ視点の話です。
意識が戻ったとき、周囲は暗闇に包まれていた。さらに、体全体に潰れそうなほどの圧力が掛かっているのを感じる。
妙にぼんやりする頭でどうしてこうなったのかを思いだそうとしつつ、全身を包むモノを魔術で吹き飛ばした。自分にとっては僅かな魔力しか使わない魔術であるにも拘らず、発動した瞬間に酷い脱力感を感じてしまう。
風の属性魔術によって吹き飛んでいく土砂を見て、この状況に至った経緯を思い出した。自分はあの子供の召喚魔術によって魔力を暴走させられたのだ。
「……ニャー。ずっと魔装使ってたから魔力切れで気絶したのかニャ……?」
段々と思考がはっきりしていき、暴走した筈の自分が助かった理由に思い至る。恐らく、魔装を使ったまま暴れまわったことで召喚されたほら穴を崩してしまい、そのまま魔力切れで意識を失ってしまったのだろう。
そこまで考え、未だに無意識に魔装を使っていることに気付いた。種族的に苦手だったことから、細かい調整ができない上に全力で使ってようやく使い物になるレベルだった魔装を僅かな魔力で保つことができている。これがなければ自分はあの土砂に潰されていた筈だ。命の危険を感じ、魔装のコントロールに目覚めたのかもしれない。
敗因である筈の魔装のお陰で生き延びたことを理解し、複雑な気分になる。……そう、自分はあの子供に敗北したのだ。事前に決めたルールによって魔術の使用は禁止されている、自分はそれを破ってしまったのだから……。
そう思いつつ辺りを見回すがあの子供の姿はどこにもなかった。あるのは崩れた元ほら穴と自分が吹き飛ばした土砂に塗れた木々だけだった。どうやら、あの子供はこちらの生死は確認せずに逃亡を優先したらしい。
「………………」
無言でもう一度周囲を確認する。やはりあの子供はどこにもいない、今この場にいるのは自分だけだ。つまりそれは、先程魔術を使ったことを知っているのは自分だけという意味で……。
「……バレなきゃ反則じゃないニャ!」
イケる、自分はまだ負けてない。今からあの子供を追いかけ、ついさっき使いこなせるようになった魔装で今度こそ仕留めればいい。
「ボクはお嬢ちゃんの卑劣な罠にかかって暴走しかかったものの、優れた精神力と高度な魔力操作で完全な暴走を回避し、逃走したお嬢ちゃんに追い付いて正々堂々と勝利。完璧ニャ……」
そうと決まればさっさとあの子供を発見しなければならない。注意しないといけないのは既にあの子供がアイツと合流している場合だ。
「急がないとニャ……。出し惜しみなしでいくニャ」
既にルールを破ってしまった以上、一度も二度も同じ、そう考えて特殊魔術を発動した。目の前が真っ白な光に包まれ、視界が戻ったときには自分の姿は小さなマネドリに変わる。
変身魔術――――――里にいるネコ達の中でも、特に才能のあるものにしか使えない特殊魔術。この魔術のお陰で、街に近いこの森に高位の魔獣である自分がいることがばれなかったのだ。……もっとも、調子に乗って周りを気にせず飛びまわっていたせいで騎士団の調査が来てしまったのは誤算だった。まあ、見つからなかったので問題はない。
「ともかく、アイツよりも早くお嬢ちゃんを見つけるニャ……」
そう呟き、変身魔術で得た翼で空へと飛び立とうとしたとき、その声は届いた。
「――――――それは不可能です。リオ様はノアがとっくに保護していますから」
気配は感じなかった、匂いも感じなかった、魔力さえも感じなかった。それなのにアイツはいつの間にかそこに立っていた。
「――――――」
「……久しぶりですね、ルーイ。少し見ない間にずいぶんと大きくなりましたね。……ですが残念です。やんちゃな子だとは思っていましたが、まさかリオ様に手を出すような悪い子に育っているなんて……」
久しぶりに会ったアイツは以前と全く変わらない容姿でそこに立っていた。昔と違うところといえば服装くらいだろうか、彼女は貴族に仕える給仕が着るような服を着ていた。
「――――――」
「森の入り口で貴女がこちらを見ているのは気付いていました。敵意はないようでしたし、こんな愚かな真似をするとは思わなかったので改めて会いに行くつもりでしたが……。失敗でしたね……」
そう言って、僅かに悔いるようなそぶりを見せる。実際、あの子供を害するつもりはなかった。マネドリに化けて様子を見ていたら向こうから話しかけてきたので、好奇心からちょっかいを掛けてしまったのだ。
「――――――」
「ノアのリオ様に手を出したからには、覚悟はできているんですよね?」
徐々に魔力を高めながら、冷たい瞳でこちらを見やる。……終わった。たとえ万全の状態でも対抗できないというのに、魔力を消耗している今の状態で逃げ切れる相手じゃない。
だから、今のうちにせめてこれだけ聞いておきたい。
「……ノア様、なんか前とキャラ変わってないかニャ? 昔は自分のこと妾とか言ってて、もっと偉そうな感じじゃなかったかニャ?」
「……貴女、全く反省してないですね?」
「ニャアアアアアアア!?」
無詠唱の属性魔術で氷漬けにされてしまった。
「ノア様ー、反省してるから許して欲しいニャー? もうお嬢ちゃんには絶対手を出さないからニャー」
「……驚くほど信用できませんね。とりあえず、どうしてここにいるのか話しなさい」
マネドリの姿で首から下を氷漬けにされたまま、ノアに問い詰められる。里にいたときも同じお仕置きを受けたことが何度もあるので、ちょっと懐かしい。
……懐かしいが冷たくてキツイことには変わりないので、早くどうにかして欲しい。なので素直に白状する。
「暇だから里を出て色々回ってたのニャ? そしたらノア様の魔力を街の方から感じたから、この森で街の外に出るのを待ってたニャ。でも動く様子がないから、そろそろこっちから会いに行こうかと思ってたとこにノア様がお嬢ちゃんを連れてやってきたのニャ」
「貴女が街に入ったら大騒ぎになります……。まだ人間には変身できないのでしょう? それができるようになるまでは里にいなさい」
「……わかったニャ」
まあ、そろそろ戻ろうと思っていたし丁度いい。変身魔術で変身できる生き物は大きなものになるほど難しい。人間に変身できるようになるのは結構先になりそうだが仕方ない。
「――――――それで、これが一番大事なことなんですが、どうして貴女はリオ様にちょっかいを出したんですか? 返答によってはその氷は永遠にそのままになるので、そのつもりで応えた方がいいですよ」
ノアから受けるプレッシャーがいきなり強くなる。全身から滲み出る魔力が、その言葉がウソではないことを保証しているようだった。つまり、言葉を間違えれば命はない。
……正直ここまで怒るとは思っていなかった。少し焦りながら理由を説明する。
「いや、最初は様子を見てただけでなにもするつもりはなかったのニャ? でも、お嬢ちゃんの方からボクに契約しようとか言ってきたのニャ? あんな美味しい状況でボクが何もしないなんて絶対に無理ニャ……! あああ、ノア様ちょっと待つニャ!? どんどん氷が冷たくなってくニャ!?」
全身を包む氷がすごい勢いで冷たくなっていき、本気で焦る。そんなボクの様子を見て多少は満足したのか、ノアは氷の温度を下げることを止めた。ただし、下げた温度はそのままなのでこれ以上怒らせるのは本気でまずい。
冷たい目でこちらを見ながら、再度質問を重ねてくる。
「それで、なんで隷属契約なんてものをリオ様に持ちかけたんですか?」
「……あのお嬢ちゃんなら後数年もすれば、ボクにも隷属召喚では喚び出せない程の魔力を身に付ける筈ニャ」
「…………」
あの子供は現時点で一般的な中級魔術師と同程度の魔力を持っている。普通の召喚魔術ならともかく、通常の召喚魔術よりも数倍の魔力が必要になる隷属召喚で喚ぶことはすぐに難しくなるだろう。
ノアならそれくらいのことはすぐにわかる。とはいえ数年の間は隷属召喚が可能なことも事実なので、それを盾にすれば今の様なお仕置きを回避しつつノアを悔しがらせることができると思ったのだが……。
「ハァ、そういうことですか……。確かに、リオ様を盾に取られればノアは貴女に手が出せませんね……。実際に使わなければ害はないので、貴女が隷属召喚を使用しないというならその状態を受け入れるでしょう。ああ、形だけとはいえ貴女にリオ様を奪われるなんてかなりの屈辱ですね……」
ボクの考えていたことを理解したのだろう、ノアは一瞬嫌そうに顔をしかめる。だが、すぐに何かを思い出したように意味ありげな眼でこちらを見る。
「まあ、それも完全に失敗した訳ですけどね。どんな感じですか? 里でも天才と呼ばれて調子に乗っていたくせに、人間の子供に負けちゃった気分は? しかも、契約を逆手に取られて暴走させられるなんてみっともない負け方で」
「ニャ!? ボ、ボクは負けてないニャ? ノア様が来たから時間切れになっただけで、あのお嬢ちゃんに負けた訳じゃないニャ!?」
「エレナに聞きましたよ、魔術は使用禁止だったんでしょう? ノアの目の前にはマネドリの氷漬けがありますが」
「…………」
ばれなきゃ反則じゃない。でも、ばれてしまってはどうしようもない。
「……あのお嬢ちゃんはどうしたのニャ?」
「魔力切れで倒れていたので、エレナに預けて先に帰って頂きました」
エレナというのは不意打ちで氷漬けにした女性のことだろう。完全な不意打ちだったにも拘わらず、即座に剣を抜いて対応してきたのでかなりの実力者だったと思われる。
とっさに魔装を使っていたようなので、あの氷の中でも動けない代わりに意識はあったようだ。そのせいであの子供との会話も聞かれていたのだろう。
「そういえば、あのエレナって人を氷漬けにしたことは何も言わないニャ?」
「エレナのは自業自得です。リオ様の護衛を任されているというのに、まだ子ネコの貴女に負けるなんて情けないにも程があります。成体のネコならともかく、貴女程度なら十分倒せる筈です」
「…………」
確かに、正面から戦えば負けていた可能性も高い。とはいえ、マネドリに化けた状態でほぼゼロ距離から無詠唱の属性魔術を放ったのだ、アレを回避しろというのはあまりにも酷だと思う。
「それで、ノア様は僕をどうするつもりニャ?」
ボクは未だに氷漬けにされたままだ。少し前から首から下の感覚がないので、そろそろどうにかして欲しい。この氷はエレナを氷漬けにしたものとは違い、普通の氷なのでこのままだと普通に凍死してしまう。
「そうですね、リオ様に怪我の一つでもあればこのまま永遠に氷漬けにしていましたが、幸いにも魔力切れで倒れただけで済みましたし……。……許せませんね、やっぱり氷漬けにしましょうか?」
ノアが首を傾げながら恐ろしいことを言う。魔力切れで倒れたのなら、しばらく意識がなくなるだけで、魔力が回復すれば何の問題もなく目覚める筈だ。なので、このまま氷漬けにするのは勘弁して欲しい。
「……何でもするから許して欲しいニャ」
本当に殺されるとは思いたくないが、この女なら百年単位で氷に封印するなんてことを平気でしかねない。
「それじゃあ、貴女がリオ様にしようとしたことをそのまま罰として採用しましょう」
……だから、その言葉にも頷くしかなかったのだった。




