第四十四話 賭けに出る
リオの視点に戻ります。
「……青い、動物の毛?」
ルーイとの契約でもらった赤い羽根は姿を消し、その代わりにあったのは青色の毛だった。こんなものを手に入れた記憶はないのに、もの凄く見覚えがある。とってもいやな感じに。
「……いやいやいや、まさかそんな。いくらあのネコが性格悪いからって……」
笑い転げるドSネコの姿が鮮明に脳裏に浮かび、それ以上の否定の言葉を出せなくなってしまう。悪あがきをするようにズボンのポケットをひっくり返して調べてみても、やはりあの赤い羽根が見つかることはなかった。
この青い毛は明らかにあのネコのモノ、それがルーイの羽根の代わりにあるという事実は一つの可能性を浮かび上がらせる。
「僕があのとき契約したのはマネドリに化けたネコ……」
そう考えればアイツが僕を召喚できた事にもつじつまが合う。僕とアイツはすでに正規の契約を結んでいたのだから。ネコには特殊魔術を使える奴もいるとノアは言っていた、あのネコが幻覚を見せるか別の姿に変身できる特殊魔術を使えるなら、マネドリのふりをして契約することも可能だ。
お互いの魔力を交換するという方法で召喚契約をした場合、相手側がこちらを召喚することも可能になってしまう。
普通ならこのことが問題になることはほとんどない。召喚魔術を扱うには適性が必要なので、適性を持っていない魔獣を選んで契約すればいいだけだからだ。召喚魔術を使えるような魔獣は余程高位のものにしか存在しないので、それを避ければいいだけだ。……あれ、それじゃあ普通はネコと契約したりはしないのかな? いや、あんなのは喚びたくなのだけども。
――――――召喚魔術を使う魔獣と契約する場合、自身の召喚を防ぐことのできる魔道具を身につけることで対処が可能。
……どうやら安全に契約する方法はあるみたいだ。いずれにせよ、今回の契約は言ってみれば詐欺みたいなものだ。こんな回りくどい嫌がらせは普通の魔獣はしないと思う。あのネコにしても、普通に力尽くでくれば僕なんかは殺されるしかないんだし。今回のことは、あのネコの目的と趣味が特殊だったせいで起こったことだと思う。
……それにしても、あのネコのやり方は頂けない。召喚魔術師が召喚契約で己の姿を偽るなんて絶対にやってはいけないことだ。あのネコにはその身を持ってわからせてやらなければならない。アイツに召喚魔術師としての矜持がないのなら、こちらもそれ相応の手段を使うだけだ。
「……なんで僕、怒ってるんだろ?」
なんだか考えれば考えるほど、あのネコに対する怒りが込み上げてくる。いや、あのネコがムカつくのは当然なんだけど、その理由が召喚契約で卑怯なことをしたからっていうのはなんだか僕らしくない。僕には召喚魔術に対する強い思い入れなんてないのだから。
ひょっとして、あの謎知識の影響だろうか? 身に覚えのない、時折浮かんでくる召喚魔術の知識は今僕が抱いている怒りと関係があるのかもしれない。
……でも、お陰でアイツを倒せるかもしれない作戦を思いついたかもしれない。本来なら召喚魔術師がやってはいけない方法だけど、アイツに対してなら躊躇する理由はない。問題は成功率がかなり低そうなことだけど。
ほら穴から外に出る。あのネコは今も僕を探している筈だ。いまだに見つかっていないことを考えると、うまい具合にアイツの鼻を潰せたのだと思う。でも、あれからかなりの時間が経った、いつアイツに見つかってもおかしくはない。
「どうせ逃げ切れないし助けもまだ来ないんだから、賭けに出るのもありだよね」
あの青い毛をポケットから取り出す。僕が今からやるのは、初めてアンを召喚し、暴走させてしまったときの再現だ。
――――――召喚魔術師が最もやってはいけないことは、自身の身に余る魔獣を召喚し、暴走させること。
これは召喚魔術師が遵守しなければならないことだ。僕もアンを召喚してしまったときは本気で後悔した。だけど、相手が敵なら話は別だ。上手くいけば、アイツを自滅させることができるかもしれない。
青い毛を握りしめ、意識を集中すると確かにあのネコの魔力を感じる。青い毛から感じるネコの魔力に意識を埋没させていく。すると、どこかからその大本の様な、青い毛に残る魔力とは比べ物にならないほど濃いネコの魔力を感じた。同時に、僅かながら自分自身の魔力も同じ場所から感じることができた。……繋がった。
問題はここからだ。アイツを召喚するのに僕の魔力が足りるかどうか。生物の召喚に必要な魔力は無生物の召喚に比べて少なくて済むとはいえ、召喚対象の協力がない上に契約呪文も決めていない。それ自体はアンのときと同じでも、喚び出そうとしている魔獣の格は比べ物にならないほど高い。
だから、手抜きをする。アイツの保護に魔力を一切使わない。そして、魔力による保護なしで召喚を行えば、僕の魔力も足り、アイツはアンのように暴走することになる。
青い毛にどんどん魔力を込めていくと、想像していたよりも強い手ごたえを感じた。いや、これは距離が近い? もしやと思い、ネコの魔力を感じる方角を向くと、数十メートル離れた茂みの中にネコの姿を確認することができた。
こちらの様子を覗うネコと目が合う。あまりの近さに驚くと同時に勝機を感じた。あのネコは最高のタイミングで現れてくれた。この距離なら召喚魔術に必要な魔力はかなり少なくて済む。
青い毛に込める魔力をさらに強くしていくと、僕が召喚魔術を使っていることに気付いたのか、あのネコが動揺したように何か喋るのが聞こえた。その声を無視し、召喚魔術に集中していく。
そして――――――
「――――――名前を呼んだら来てくれるんでしょ? 嫌がらないでちゃんと来てよね、ルーイ」
契約によって決められた奴の名前を呼ぶことにより、召喚魔術を発動した。召喚先はついさっきまで僕がいたほら穴、あの狭い空間に暴走した魔獣を送り込んで閉じ込めて自滅させる。それが僕の考えた作戦だ。
ネコの周囲に魔方陣が浮かび上がり、その体をほら穴へと強制的に転送する。成功の手ごたえを感じたまま、残った魔力を振り絞って最後の詰めを行う。森で見つけた倒木を二本、ほら穴の入口に射し込むように召喚して蓋をした。
そこまで済んだところで、急激に意識が遠のくのを感じた。体に力が入らず、視界が端から白く染まっていく。この症状には覚えがある、魔力切れだ。
よろよろとした動きで、どうにかほら穴から距離をとり、近くにあった木にもたれ、ずるずると座り込むとそこで限界が訪れた。
蓋をしたほら穴から響く、何かが暴れまわるような音を聞きながら、僕の意識は落ちていった。
ご愛読ありがとうございます。先日、なろう以外でこの作品のレビューを書いて下さっているサイトを二か所発見しました。本当にありがとうございます。




