第四十三話 窮鼠猫を噛む
今回はドSネコ視点のお話です。
最近、詰まったときに気分を変えるために別の話も書き始めました。もしよろしければ、こちらも御覧ください。
ダンジョン戦争:http://ncode.syosetu.com/n0022da/
「ひどい目にあったニャ……。あのお嬢ちゃん、可愛い顔してやることがえぐいニャ……」
さっきの召喚魔術は本当に酷かった。予想外のタイミングで現れ、べったりと顔に張り付いた服を爪で引き裂くことでどうにかしたと思えば、次の瞬間には大量の草花やキノコが顔目掛けて召喚され、続けて召喚されたゴブリンの死骸で動きを封じられたところに、下級では明らかに喚ぶことのできない岩で押し潰されたのだ。
口は閉じていたので草花が口内に入ることは避けられたものの、花粉や胞子にやられたのか、しばらくの間涙が止まらなかった。
最後に召喚された岩は予想外だったが、それ自体は魔装のお陰で致命傷には至らなかった。魔装は苦手なので多少のダメージはあるが動きに支障はない。問題なのはその岩が直撃した際、直前に召喚されていたゴブリンの死骸が背中に覆いかぶさっていたことだ。そのせいでゴブリンの死骸はめちゃくちゃになり、体中が飛び散った血や内臓の欠片にまみれてしまい、嗅覚を潰されてしまった。
近くを流れる川で顔を洗い、体に付着した血や臓物も洗い流した頃には、当然あの子供を完全に見失ってしまっていた。召喚魔術を使えばすぐにでもここに喚び出せるが、それをしてしまうとこの勝負は自分の負けになってしまう。
「……お嬢ちゃんは見失っちゃったし、どうしようかニャ? 一人じゃ森は抜けられないだろうからその辺にいそうだけどニャー。早く探さないとアイツが来ちゃうし、魔術禁止なんて調子ぶっこくのやめときゃよかったニャ……」
とにかく後を追いかけねばならない、子供が逃げ込んだ方角に向かって走り始めた。
「それにしてもあれは何だったのかニャ? 召喚魔術が使われた感じはあるのに何も出て来ないから不発かと思ったら、今度はいきなり服が出てくるし、あんなの初めて見たニャ……」
召喚魔術を発動する際の魔力を感じ取ることなど、高位の魔獣である自分にとっては息をするようにできることだ。そもそも、それくらいのことはある程度魔術に精通した者なら皆自然にできる。
思えば初めて見たときから妙な子供だった。体からは僅かに雄の匂いがするのに魔力の感じは完全に雌のものだった。元々子供は雌雄の区別が付きにくい上に他の雌の匂いも混ざっており、余計にわかりづらかった。魔力と見た目からお嬢ちゃんと呼んでみたら否定がなかったので、そのままそう呼び続けた訳だが。
「中級召喚魔術も使えるみたいだし、あの変な召喚魔術も危ないニャ。鼻もすぐに治るだろうし、さっさと終わらせるかニャー」
あの子供との会話は楽しいが、あまりゆっくりしていると時間切れになりかねない。次に見つけたときは無駄話はやめておこう。勝敗が決した後、悔しがる子供に召喚魔術の種明かしをしてからかうのもおもしろそうだ。後の楽しみを想像し、ほくそ笑みながら子供の捜索を続けた。
「いたニャ……」
子供を見失ってから一時間ほど経った頃、回復した鼻を使ってようやくその姿を見つけることができた。しかし、嗅覚の回復にここまでの時間がかかるのは予想外だった。ゴブリンの匂い程度でこれほどの時間鼻が使えなくなるとは考え辛い。召喚された草花かキノコの中に嗅覚をマヒさせるようなものが混ざっていた可能性が高い。
あのとき召喚された草花の中には毒や麻痺を引き起こす危険なものも混じっていたため、鼻が少し麻痺する程度ですんだのはむしろ僥倖だったのかもしれない。ただ、薬草や毒消しになる花まで混ざっていたことを考えると、恐らく適当に目に付いたそれっぽいものを選んだのだろう。それでいて、的確にこちらの鼻を潰せるものを引き当てるのだから本当に厄介な子供だ。
「でも、もう終わりだニャー」
あの子供の姿はほら穴らしき場所の入り口付近で発見した。丁度あの子供が入れそうなくらいの小さな穴だ。仮に逃げ込まれたとしても、こちらの方が体は小さいので何の問題もない。
未だにあいつがやってくる気配がないことにホッとしつつ、子供に向かって飛びかかろうとしたとき異変に気付いた。子供から濃密な魔力を感じたのだ。
また中級召喚魔術でも使う気なのだろうか、最初はそう思ったが違和感を感じた。自身も召喚魔術を扱うが故に気付けた些細な違和感、あれは無生物の召喚ではない。恐らく、生物を対象にした召喚魔術だ。
「あの魔力なら喚ばれるのは下位の魔獣辺りかニャ? 上級召喚魔術まで使えるのにはびっくりだけど、僕の敵じゃないニャー。 あれ、もしかして逃げるつもりなのかニャ?」
もしかするとあのネズミを喚んでこの森から逃げるつもりかもしれない。ルールは特に決めていないので森を出て助けを呼ぶのも自由だ。そんなことができる隙を与えるつもりはなかったので、敢えて勝負前にその辺を言及はしたりはしなかったのだが……。
「ホントに油断ならないお嬢ちゃんニャ……。でも、さっさとあのネズミを喚ばなかったのは失敗ニャー。ここで見つけた以上、もう逃がさな――――――」
再び襲いかかろうと、全身の力を溜めたとき全身を引っ張られるような感覚を感じた。どこか懐かしいこの感覚には覚えがある。召喚魔術で別の場所に喚び出されるときのものだ。こんなときにいったい誰が、そもそも自分と以前に契約を交わしていた召喚魔術師は遥か前にいなくなった筈だ。
まさか、誰かが古代召喚魔術を使ったのか? あれなら未契約の魔獣を召喚することも――――――
そのとき、あの子供がこちらに視線を向けた。一瞬驚いたような表情をし、次の瞬間にはニンマリとした笑みを浮かべる。まるで妖精のように可愛らしい顔に、その悪戯小僧のような笑みは何故かよく似合っていた。
そして、それと同時に自身を喚ぼうとする力もさらに強くなる。間違いない、この召喚魔術はあの子供の仕業だ。
「――――――まさか、アレに気付いたのかニャ!? だからってあんな子供に僕を召喚できる訳……!?」
アレがばれたこと自体は構わない。モノを見ればすぐにわかるようなことだし、後の楽しみがなくなったことは残念であっても、ばれたらまずいようなことではなかった筈だ。ただ、それはあの子供が自分を召喚することなど不可能だと思っていたからだ。
物理的な距離は近いとはいえ、契約呪文さえ決めていないのだ。この世界において最強種の一つである自分をあんな子供が自身の力だけで召喚できるわけがない。
だというのに、自分を呼ぶ力はどんどんと強くなっていく。それと同時にこの召喚魔術に対して不安を感じる。以前に経験した召喚と、この召喚は何かが違う。喚ばれる先に対して、何故か強い不安を感じるのだ。そもそも、あの魔力では自分を召喚すること自体は可能でも、喚び出されたときに魔力が暴走しかねない。―――――――魔力の暴走?
「――――――名前を呼んだら来てくれるんでしょ? 嫌がらないでちゃんと来てよね、ルーイ」
最悪の予想が頭に浮かび、それと同時にあのとき告げた自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
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