第四十二話 契約の証
「お嬢ちゃん、あっという間だったけどもう終わりニャ。早く負けを認めないと、ちょっと痛い目にあうことになっちゃうニャー?」
僕のお腹の上に乗ったネコがそう言った途端、足に絡んだ尻尾に力がこめられるのを感じた。たぶん、負けを認めないのなら足を折るつもりなのだろう。その前にコイツをどかさないと――――――
「――――――召喚」
「ニャ?」
呟きと同時に右手に魔方陣が、一拍置いてナイフが現れる。そのナイフを握りしめ、ネコのに向かって思い切り突き出した。
「ニャー。お嬢ちゃん、お子様がそんな危ないもの持っちゃ駄目ニャー」
ネコはその一撃を当然の様に避け、数メートル先の地面に着地する。呆れたような目でこちらを見ながら、わざとらしく文句を言ってくるがそんなものは無視だ。お陰で奴との距離が開いて、何とかピンチを脱することはできた。投げられた衝撃による痺れの残る体を無理やり起こし、再びネコと対峙する。
これで最初の状況と同じになった訳だけど、心境的には全く別だ。魔装を使えないと思い込んでいたのは完全に僕のミスだ。でも、たとえ予想していたとしても結果は変わらなかったと思う。動きが見えないんじゃ回避のしようがない。
ゴブリンくらいの移動速度なら、動きに合わせてナイフを召喚して攻撃することもできたけど、あの速さの前ではそれは不可能だ。本来、召喚魔術は直接的な攻撃手段には用いられないんで仕方がない。いや、今までやらなかった技法を二つばかり使用すればゴブリンを相手にしたときの様な迎撃も可能かもしれない。
謎知識によって思い出した技法で、あまり練習はしていないけど試す価値はありそうだ。。
「召喚」
無生物の召喚なので詠唱などは必要ないけど、言葉にすると何となく落ち着く。その僕の声に応えるように、淡く輝く魔方陣が僕の眼前に展開される。しかし、その魔方陣は沈黙したまま、何も喚び出されることはなかった。
「……不発かニャ? でも、魔力は残ったままニャー? まあそれなら――――――」
ネコの姿が僕の視界から消える。正面には魔方陣、狙われるのは当然――――――
「背後からだ」
「ニャ!?」
ネコの姿が見えなくなった瞬間、前面に展開された魔方陣は滑るように僕の背後へと移動し、そこに一枚の布が現れてネコの視界をふさぐ。さらに、幸運なことに喚び出した布、僕の普段着はどうやら洗濯中だったようでネコの顔に張り付いたまま、その動きを少しの間封じてくれた。チャンスだ。
「召喚召喚召喚っ! 最後にもう一回召喚!」
「ニャー!? 何ニャ何ニャ!? くさっ!? これ何の匂いニャ!? ギニャッ!?」
ここで当初の作戦通りに連続で召喚魔術を発動した。召喚したのは森で発見した使えそうなもの、具体的に言うと怪しげな草や怪しげな花、怪しげなキノコを下級召喚魔術で召喚可能なくらいの量にまとめたもの、なんとなくまたたびっぽいと思って選んだ木の枝、強烈な悪臭を放つゴブリンの焼死体という素晴らしいラインナップだ。ネコから逃れるため、五感を潰せそうなものを積極的に選んだ。ついでに、中級召喚魔術で練習用の岩も最後にぶち込んでおいた。
とはいえ、ここまでやっても魔装を使っている高位の魔獣を倒すにはお粗末な攻撃だろう。だとしても、あの岩以上の攻撃手段を僕は所持していない。当初の見込みと違い、倒せる手段がないのなら僕がとるべき行動は一つだ。
「まあ、範囲なんか決めてないし森に入るのも自由だよね」
ネコが動揺している隙に、周囲の森へと逃げ込んだ。
三十分ほど森の中を走り、僕の背丈でぎりぎり立てるくらいの奥行きもあまりない小さなほら穴を発見し、僕はそこに隠れ潜んだ。あまり良い手でないことはわかっているが、子供の足で森を出ることが難しいため、助けが来るまで何処かに隠れるくらいしか思いつかなかったのだ。入口が一つで奥行きも浅いため、あのネコがくればすぐに気付くことと、大型の魔獣が侵入できないことがここを選んだ理由だ。まあ、あのネコが召喚魔術を使えばそんなことに意味はないんだけどね。
それにしても、あそこまでうまくいくとは思っていなかった。正直に言うと、九割方は全く通用しないとさえ思っていた。
あのネコに対して、最初の隙を作るために使ったのは召喚魔術の技法の一種である、魔方陣の待機と移動だ。通常、召喚魔術では魔方陣の出現と召喚対象の出現には数秒ほどのタイムラグが必要となる。修行によってその数秒もいくらか縮めることができるとはいえ、あのネコを相手にするには致命的だ。でも、あらかじめ召喚魔術を使用しておき、魔方陣を待機させておくことで瞬時に召喚を可能にすることができる。
そしてさらにもう一つ、待機させた魔方陣を移動させることで相手の動きに合わせて召喚位置を変更した。あの性悪ならきっと背後に回ると思い、姿が見えなくなった瞬間、魔方陣を自分の背後に移動して、待機させていた召喚魔術を解放したのだ。
どちらもそう難しい技法ではないので、あのネコがあんなにきれいに引っ掛かったのは本当に意外だった。もしかすると、あまり一般的な技法ではないのかもしれない。僕自身、知ったのは謎知識のお陰だ。
でも、さっきの方法が聞くのも最初の一度だけだろう。対応速度が上がるのは確かでも、地力に差があり過ぎるのはどうしようもない。できればこのままやり過ごしたいところなんだけど……。
そうだ、ルーイを召喚して偵察に行ってもらおう! 上手くいけばアイツの襲撃を事前に知ることができるかもしれない。もっと早くやっておくべきだった……。ルーイの羽根は確かここに……。ポケットに入れておいた羽根を手探りで探す。
「――――――なんだ、これ」
契約の証しとして、ルーイから受け取った筈の赤い羽根は僕のポケットから姿を消していた。そして、その代わりのようにあったのは――――――
「……青い、動物の毛?」
――――――どこか見覚えのある、鮮やかなまでに青い、動物の体毛だった。
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