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第三話 涙の理由

 何やらエレナが怪しげな単語を口にした。以前にも何度かその単語を耳にしたことがある。

 二歳になったころからノアがよく本を読み聞かせてくれるのだが、その本に出てくる戦士や魔術師が使っていた不思議な力の名前が同じ単語だったはずだ。何か勘違いしていたのだろうか?


「まりょくってなに?」

「あー、魔力っていうのはですね、私たちの体の中にある力のことですよー。これを上手く使えば、力を強くしたり、防御力を上げたり、足を早くしたりできるんですよ! それに魔術にも使いますねー」

 

 どうやら、僕の認識は正しかったようだ。全く嬉しくはない。


「リオ様は魔術を見たことがありませんでしたからねー。団長ー、ちょっとリオ様に魔術を見せてもらえませんかー? 派手なのを一つ!」

 

 エレナの呼びかけに応じ、未だに倒れ伏したままの少年の様子を見に行っていた騎士団長がこちらに戻って来る。ちなみに、少年は他の騎士が騎士団の宿舎へと運んで行った。お大事にねー。


「構わないよ。それじゃあ、召喚魔術をお見せするのでリオ様は少し離れていてくださいね」

 

 よくわからないまま、エレナに抱かれて騎士団長から距離をとる。


「では、始めます。……汝の魂に刻まれし契約に従い、我が呼びかけに応えよ! 来い、我が愛馬ラインハルトよ!」

 

 騎士団長が呪文を詠唱し、右手を前に突き出すと光の線で構成された魔方陣が現れる。そして、魔方陣の中から雄々しい黒馬が現れ、高々と嘶いてその存在を誇示するのだった。

 僕は絶句しながらその様子を見ていた。なんなんだこれ、召喚魔術? そんなものが現実に存在するなんて……。

 エレナも他の騎士達もこれを見て全く動じていない。彼らにとってこれは異常なことではないのだ。




 その後、ある程度驚きから回復した僕は目の前の光景についてエレナを質問攻めにした。普通の幼児に比べて落ち着いている僕が珍しく興奮していたからだろうか、何故か説明するエレナは終始ドヤ顔だった。

 とりあえず、落ち着くためにも少しまとめてみる。まず、この世界に存在するすべての生物は自身の身体に魔力を宿していて、魔術とはその魔力を使って様々な現象を引き起こす技術のことらしい。有名なものに属性魔術、召喚魔術、治癒魔術の三種が存在していて、これらは三大魔術と呼ばれている。

 とくに、属性魔術と治癒魔術については初歩的なものなら練習すればほとんど誰でも使うことができるらしく、日常的に使われているそうだ。逆に召喚魔術は三大魔術でありながら使える人が少ないらしい。

 三大魔術以外の魔術は個人の血統や才能に深く依存する事から比較的に使用可能な者が少なく、まとめて特殊魔術と呼ばれている。

 魔術を扱うことに優れている者は魔術師と呼ばれ、特に三大魔術を扱う魔術師についてはその力量によって階級分けされているらしい。それぞれの魔術によって異なる条件を満たすことで下級と呼ばれ、その後も条件を満たすたびに中級、上級、特級と上がっていく。

 ちなみに、先程エレナが言っていた魔力による身体強化もほとんどの人が使えるらしい。こちらは魔術とは呼ばず魔装と呼び、身体強化を使う人たちは魔装師と呼ばれる。

 三大魔術の様に階級分けもされていて、下級に満たない者は魔術師、魔装師を名乗ることは許されないそうだ。エレナは一応上級魔装師で、ああ見えてかなり強いらしい。

 そして、今まで僕が子供部屋から出られなかったのも魔力が原因だった。魔力というものは成長するとともに増えていくのだが、生まれてから1年くらいの間はそれがとくに激しい。

 そのときに近くで魔術を使用されると影響を受けて魔力を暴走させてしまう危険があるのだ。なので、生まれてから一年間は子供を安全な部屋に隔離し、その部屋では魔術は使わないようにする。

 また、誤って発動させて暴走したりすることのないよう、魔術関連の言葉も口にしないようにする決まりなのだそうだ。僕の場合は、通常よりも生まれたときに持っていた魔力が多かったため、安全を考えて二年間隔離したらしい。

 とりあえず、魔術に関する話はこの辺でいいだろう。問題なのはここがどこかということだ。今までの僕は、ここは地球にある国のどこかだと思っていた。

 しかし、僕が知っている地球では魔術などというものはフィクションの中だけのもので実際には存在しない。ところがこの世界には魔術が存在し、日常的に使われている。エレナのジョークだと思いたいが、実際に騎士団長の魔術を見てしまった後ではそれもできない。

 それに、ここが地球ではないというなら今まで気になっていたことにも納得できる。イレイシア王国という僕の知らない国があることも当然で、屋敷で使われている謎技術は僕の知らないこの世界の技術で、エレナが持っている大剣は本当に彼女の武器だからで、騎士の存在もこの世界では当たり前のものなのだろう。

 ――――――ここは異世界だ。地球から遠く離れた惑星なのか、それともアニメや小説に出てくる様な異世界なのか、じつはやっぱり地球で前世の僕がいたときから数百年、数千年を経た後の世界なのか、いったいどれが正しいのかはわからない。

 わかることは一つ、ここは僕が知っているものとは違う世界。僕にとっての異世界だということだけだ。

 だとしたら、覚悟しなければならない。僕はもう、両親や友人に再会することはないということを。……もしかしたら可能性はあるのかもしれないが、それは限りなくゼロに近いものだろう。

 自然と涙が出てきた。いつも僕のことを一番に考えて心配してくれていた両親にも、物心つく前からそばにいて、いない方が不自然に感じるくらい近くにいた友人にも、僕はもう会うことはできないのだ。

 今になってようやく自覚した、以前の僕は死んだのだ。前世などという言葉を使ってはいても、僕にその実感はなかった。時間はかかっても、たとえ僕の姿が違っていても両親や友人に再会することくらいはできると思っていたのだ。でも、この僕は生きていても、あの世界での僕はすでに死者なのだ。

 死んだときのことは思い出せない。ベッドに入り、夢の中で黒い少女と契約したら赤ん坊になっていたというのが僕の認識だ。 

 しかし、僕の身体が限界だという予感はあった。あの違和感に対する限界がきた結果、死んでしまったのかもしれない。

 もしかしたらあの黒い少女が僕を殺してここに連れてきたのかもしれないが、僕の願いを叶えるために必要だったのならそれは仕方ないことだ。

 あの体のまま生きることは、僕にはできなかっただろう。それに、今の僕は幸せだ。耐えがたかった違和感は消え、新しい家族までいる。

 だから、己の死を自覚した今感じているのは彼らに会えない寂しさと罪悪感だけだ。僕は生きているのに彼らはそれを知らずに悲しみ続けていること。彼らは僕のせいで不幸なのに、僕だけが幸せなこと。こうして生まれ変わっているのだから、彼らが悲しむ理由はないのだ。どうしようもないことに対する罪悪感で押しつぶされそうになる。

 ――――――しかし、それこそ一番ダメなことなのだろう。僕が罪悪感を感じてウジウジすることをあの優しい両親や友人は望まない。

 とくに、友人は絶対に許してくれないだろう。アイツなら、僕のこの罪悪感はただの自己満足に過ぎないとでも言うだろう。意訳すると、自分のことは気にするなという意味だ。

 アイツは、そうやって偽悪的に振舞いながら僕にとって都合のいいことを言うようなやつだった。だからこそ、言動に反して心配性だったアイツに対して強い罪悪感を覚えるのだけど。

 でも、両親やアイツが望まない以上、罪悪感を感じ続けるのはよそう。彼らに対する申し訳なさは消えないが、この止まらない涙はそんな自己満足が理由ではなく、もう彼らに会えないという寂しさから溢れたものということにしておこう。それなら、あいつもきっと泣くことを許してくれるだろうから……。

 僕は、突然泣きだした僕に対してどうすればいいのかとおろおろするエレナや騎士達の前で、ただ泣き続けた。

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