第二十九話 二人の天才
王立魔術学院への入学を決めた僕だが、実際に入学するのは半年以上先の話だ。入学してからの授業に困らないように、今のうちから勉強するつもりだ。とはいえ、先日からノアに魔術を習っているので特に新しいことを始める訳ではない。だが、僕の周囲では変化があった。
「リオ、魔術学院に入学するまでここに住むことになったわ!」
「へ?」
昼食を終え、ノアの授業が始まるのを部屋で待っていると、突然現れたトーニャがそう言い放った。思わぬ発言に意味のない言葉が漏れてしまう。
「どういうこと?」
本来ならトーニャは明後日には自分の家に戻る予定だった筈だ。
「昨日約束したじゃない!」
昨日した約束と言えば、お互いに最強の魔術師を目指すと決めたことだろう。でも、それとトーニャが家に住むこととどう関係するのだろうか。
「それは覚えてるけど、どうしてここに住むことになるの?いや、もちろん僕は歓迎するけど。」
理由を察することのできない僕に、トーニャの機嫌が悪くなってきたので慌てて付け足す。そのお陰か、トーニャは機嫌を直して理由を説明する。
「一緒にさいきょーの魔術師になるんだから、一緒に勉強するのは当然でしょ!私もノア先生に属性魔術習うのよ!」
「おー、そういうことですか。」
どうやら、「一緒に」の範囲が僕の考えていたよりも大きな意味を持っていたようだ。だけど、これはトーニャにとってはいいことかもしれない。これからトーニャが魔術学院に通うまで、魔術について勉強する必要があるだろう。そして、それには講師が必要となる。ノア以上の先生はそうはいないだろう。
問題は、ノアの授業ペースについて行けるかということと叔父がこのことを許可するかどうかだ。
「叔父様にはもう聞いたの?」
「もちろんよ!それにロベルト様の許可も貰ったわ!リオをよろしくって言ってたわよ!」
自慢げに胸を張っている。普段から姉っぽく振舞おうとしているので頼りにされて嬉しいのだろう。しかも、相手は父だしね。
「そっか、そういうことらしいけど、ノアは大丈夫?」
丁度、授業を行うためにノアが入室してきたので聞いてみる。
「もちろん大丈夫ですよ。旦那さまからも話は聞いています。」
僕が懸念していた授業の速度についても問題はないらしい。僕とトーニャでは使う魔術が異なるので、それぞれに別の課題を用意してくれているらしい。
「それなら何も問題ないね。トーニャ姉様、約束通り一緒に頑張ろう。」
「うん!」
僕がそう言うと、トーニャは満面の笑みでうなずいた。
「それでは、今日はそれぞれ一番簡単な魔術を覚えましょう。まずは召喚魔術の方から教えますね。」
そう言ったノアは一本の果物ナイフを取り出した。何の変哲もない、普通のナイフだ。
「リオ様にはこのナイフを召喚できるようになってもらいます。まずは私が実際にやってみますね。」
そう言ったノアはそのナイフで自分の腕に浅い傷をつける。ナイフには血が付着し、無生物なのでこれで契約完了となる。
ノアは治癒魔術を使って傷を治すと、そのナイフを持って部屋の外に出て行った。そして、すぐに戻ってきたがその手には何も持っていなかった。
「外にナイフを置いてきました。これから今のナイフを召喚します。よく見ていてくださいね。」
「「はーい。」」
声をそろえて返事をする僕とトーニャの様子にノアは満足そうに頷いた。
ノアは自分の前にある机に手をかざして意識を集中させている。すると、机の上に小さな魔方陣が出現した。そして、その数秒後には魔方陣が消え、代わりにそこにはなかったナイフが出現していた。
「「おー。」」
それを見た僕たちは拍手する。そんな僕達を見てノアは少し嬉しそうだ。
「それじゃあ、リオ様もやってみてください。」
そう言ってノアが僕にナイフを渡してきた。ノアが使っていたナイフとは別のモノだ。
僕はそのナイフで自分の腕に浅く傷をつけた。即座にノアが治癒魔術で僕の腕を直してくれる。この程度の傷を治す治癒魔術なら、適性のない僕にも使える筈だ。今度教えてもらおう。
傷を治してもらった僕は先程のノアと同じように部屋の外にナイフを置き、机の前に立った。
「まずは自分なりのやり方でいいのでやってみてください。」
僕はノアの言葉に頷き、召喚魔術を使うために意識を集中させる。
「無生物の召喚はアンのときとはかなり勝手が違うので成功するまで時間がかかるかと思いますが根気よく――――――」
「あ、できた。」
「早いですよ、リオ様!?」
何となくできそうだと思ってやってみたらあっさり成功してしまった。いきなり現れたナイフを見たノアがびっくりしている。珍しい。
「やるじゃない、リオ!」
「意外と簡単なんだね。」
「いえ、普通ならもっと時間がかかるモノなんですけど。ノアも少し驚きました。さすがはリオ様です。」
僕は今やったナイフの召喚を繰り返し練習するように言われ、ノアとトーニャは庭で属性魔術の練習することになった。今日は炎の属性魔術を練習するらしく、さすがに室内では危ないということで移動したのだ。
「リオー!」
僕が三度目のナイフの召喚に成功したとき、窓の外からトーニャの声が聞こえた。外を見るとそこにはノアとトーニャが立っていた。どうやら、ここで練習するらしい。
「今から炎出すから見てなさいよ!」
「それでは始めてください。」
ノアの言葉を受けて、トーニャが右手を突き出した姿勢で属性魔術の詠唱を始める。属性魔術と治癒魔術は基本的に詠唱が必要だが、詠唱の長さは術者の実力によって短くすることができる。
「トーニャ様、リオ様は一度で成功しましたが、普通はもっと時間がかかります。なのですぐにできなくても落ち込まずに――――――」
「あ、できたわ。」
「だから、早いですよ!?」
ノアの話が終わらない内にトーニャは属性魔術を成功させていた。トーニャの右手の先には直系十センチほどの火の玉が現れ、庭にある池に向かって飛んで行った。
「すごいよ、トーニャ姉様!カッコ良かった!」
「ふふーん!すごいでしょ!」
炎を放つトーニャの姿は僕の魔法使いのイメージそのものだった。興奮した僕の言葉にトーニャはご機嫌だ。
最初は驚いていたノアも自分の教え子が優秀で嬉しそうだ。僕達の様子を微笑ましそうに見ている。
「お二人とも素晴らしいですね。普通ならどちらもできるまで一月はかかりますよ。とりあえず、今日はそれぞれ教えた魔術を繰り返し練習してください。」
「「はーい。」」
僕達の魔術の授業はその後も辺りが暗くなるまで続いた。




