第二十五話 召喚魔術
十月十五日 召喚魔術の設定を修正しました。
下級召喚魔術師:十キロ未満の質量を持つ、生物と無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
中級召喚魔術師:十キロ以上の質量を持つ、生物と無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
上級召喚魔術師:下位の魔獣と一定未満の魔力を帯びた無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
特級召喚魔術師:高位の魔獣と一定以上の魔力を帯びた無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
あの後、居心地が悪くなった僕は子供部屋へと退散し、数時間後に帰ってきた父に書斎に呼び出された。そこでは宣言通り両親二人によるお説教が待っていた。そして、一時間みっちりと叱られた後、僕は解放されたのだった。
そのタイミングを見計らっていたのだろうか。両親によるお説教が終わるとすぐ、書斎のドアをノックする音がした。父が許可し、叔父と魔力試験の試験官がノアに案内されて書斎に入ってきた。
「どうやら、終わったようですね。」
書斎に入ってきた叔父が父にそう言った。以前はもっと砕けた話し方をしていた筈だが、今は父に対して敬語を使っている。恐らく、客である試験官がいるので対外的なしゃべり方をしているのだろう。
僕には叔父に一つ用事があった。
「叔父様。昼間は僕のせいでトーニャ姉様を危険に晒してしまい、申し訳ありませんでした。」
僕はそう言って叔父に頭を下げた。
「いや、あれは事故の様なものだ。トーニャが無事だった以上、私に君を責める意思はない。今日の経験を糧にして、英雄リオンの様な立派な召喚魔術師になってくれればそれでいい。」
「はい、リオンを超える様な召喚魔術師になってみせます。」
僕の言葉に叔父は満足そうに頷いた。
「では、そろそろ始めてもよいでしょうか。」
僕の謝罪も済み、試験官が本来の目的を口にした。
始めるというのは、もちろん僕の特殊魔術の適性試験だ。試験を行う場所の領主である父王国から派遣された試験官がいるのでこの場で試験を始めることができるらしい。本来ならもう一年待たないといけない可能性もありそうだ。父が領主でラッキーだった。
「そうですね。リオちゃん、準備はいいかい?」
「いつでもいいよ。」
僕が父の言葉にうなずくと、試験官はさっそく試験開始の準備を始めた。
試験とは言っても特殊魔術の水晶に触るだけなので、事前にできることは何もない。召喚魔術の適性があることはわかっているし、どうしても特殊魔術が必要という訳でもないので気楽なものだ。
むしろ、適性の有無よりも水晶の光り方が気になっている。僕には召喚魔術と魔装の適性があった訳だが、どちらも個性的な光り方をしていたからだ。会場の反応や他の参加者の結果を見ても、あれがおかしいことはよくわかるので、結果を知りたくない気持ちが若干ある。
いや、でも魔眼は欲しいな。僕も一応男の子なので魔眼という響きには心惹かれる。詳細は知らないが、属性魔術と相性がいいと聞いているので、適性のない僕にとっては役に立たない可能性もあるけど。
そんなことを考えている内に試験の準備が終わったようだ。準備といっても水晶を一つ用意するだけなのですぐに終わる。
「それでは、これよりリオ・ボーティス君の魔力適性試験を行います。水晶に触ってください。」
試験開始の言葉を受け、僕は水晶に触れた。
その瞬間、水晶は莫大な光を放った――――――ということもなく、普通に光った。あまりにも普通な光り方なので僕は拍子抜けしたのだが、他の人たちは違ったようだ。水晶が光ったのを確認した皆は感嘆の声をあげた。
「凄いじゃないかリオちゃん、召喚魔術と特殊魔術の両方の適性を持つ人は少ないんだよ!」
特殊魔術は珍しいんだったっけ。そういえば、あの会場でも特殊魔術や召喚魔術の適性があったときは特に大きな歓声があがっていた気がする。
「リオ様、おめでとうございます。」
ノアを皮切りに皆が口々に祝いの言葉を掛けてくれる。
それが一段落すると、試験官が適性試験の終了を宣言し、僕の魔力試験はすべて終わることとなった。
魔力試験を終えた僕はノアと共に子供部屋へと戻ってきた。
「ノア、僕に召喚魔術を教えてほしい。」
部屋に入ってすぐ、僕はノアに言った。ノアもそれを予想していたのだろう。すぐに返事は返ってきた。
「ノアでよければ喜んで教えます。」
ノアは嬉しそうな表情をしている。彼女はあまり表情が変わらないのこんな風に笑っているところは珍しい。
「ん? どうかなさいましたか?」
ノアが首を傾げながら聞いてくる。いけない、少し見とれていたようだ。
「何でもないよ。まだ寝るには早い時間だし、さっそく教えてもらえるかな?」
誤魔化すようにそう言った。さすがに正直に言うのは少し恥ずかしい。
「わかりました。今日は召喚魔術の基礎的な知識について勉強しましょう。」
「お願いします!」
僕が元気よく挨拶し、ノア先生による魔術の授業がスタートした。
ノア先生による授業は時間の関係もあり、二時間ほどで終了した。相変わらず僕には丁度いいスピードだったが、普通の幼児には理解できないであろうスピードで授業は進められた。
授業の内容は最初にノアが言ったように召喚魔術の基礎知識についてだった。大まかに分けて二つのことをノアは教えてくれた。
一つ目は召喚魔術の基本的な使い方だ。実は、これについては全て知っていることだった。例の謎知識が原因だ。アンの暴走を止めようとしたとき、突然知らない筈の召喚魔術に関する知識を思い出した。結果として、あの知識は全て正しいということが分かった。
召喚魔術とは、事前に契約した生物、無生物を瞬間的に移動させる魔術のことだ。ただし、生物と無生物とでは少し方法が異なる。
まず、生物については召喚者と召喚対象の間で魔力を交換する必要がある。方法は色々あるが、魔力が多く含まれているという血液を互いの体に取り込むというのが一般的だ。ちなみに、取り込む魔力の量はそれほど必要ではないので、僕がアンを齧ったのは少しだけだと思う。きっと。アンは普段から僕の魔力を吸っているので、僕がアンの魔力を取り込めば一応契約完了という訳だ。
ただ、本来の契約にはもう一つやるべきことがある。それは、契約呪文を決めることだ。契約呪文というのは召喚対象である生物との間で契約時に決めておく、召喚魔術を発動するためのキーワードの様なものだ。
契約呪文は召喚者の実力や召喚魔術に対する適性、召喚対象との親密度、相性によって短縮が可能となる。場合によっては無詠唱による召喚も可能だ。
まあ、ようは召喚対象に召喚者が呼んでいることが伝わればいいというだけなんだけど。
無生物の召喚は生物の召喚に比べて単純で、契約呪文の詠唱も必要ない。無生物には意思がないため、生物と違い契約も一方的なものになる。召喚者の魔力を召喚対象に取り込ませるだけでいい。これはマーキングの様なもので、取り込ませた魔力を起点にして無理やり召喚するのだ。
そのため、召喚対象が協力してくれる生物の召喚とは違い、無生物の召喚には大量の魔力が必要となる。
つまり、生物の召喚は詠唱が必要な代わりに魔力が少なくて済み、無生物は召喚自体は容易だが必要な魔力が多くなるということだ。
詠唱以外にも、召喚対象との物理的距離、使用する魔力の量、召喚時における召喚対象の魔力保護など様々な要素が絡んでくるため無生物と生物のどちらが優れているかは一概に言うことはできないのだ。
ノアが授業で教えてくれたことはもう一つある。召喚魔術師の階級についてだ。召喚魔術師の階級は非常にわかりやすく、召喚するモノによって決まる。召喚対象の質量、魔力量によって召喚の難易度が大幅に変わるからだ。
ちなみに、試験などがある訳ではないので条件を満たせば勝手に名乗っていいらしい。条件はこのようになっている。
下級召喚魔術師:十キロ未満の質量を持つ、生物と無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
中級召喚魔術師:十キロ以上の質量を持つ、生物と無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
上級召喚魔術師:下位の魔獣と一定未満の魔力を帯びた無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
特級召喚魔術師:高位の魔獣と一定以上の魔力を帯びた無生物を安定して召喚できる召喚魔術師。
下位の魔獣であるアンを召喚できた僕は上級召喚魔術師を名乗れるのかというと、そういう訳ではない。この条件は下級から順に上がっていくことを前提にしているため、下級の条件を満たしていない僕はまだ召喚魔術師を名乗ることすらできないのだ。
また、仮に中級までの条件を満たしたとしても、「魔力を帯びた無生物の召喚」と「安定して召喚できる」という条件を満たしていないので上級魔術師を名乗ることはできない。
というわけで、下級召喚魔術師になることが当面の僕の目標となった。




