第二十話 予期せぬ召喚
会場に歓声が広がる中、僕の魔力操作試験は始まった。とても遣りづらいが怖気づきはしない。僕は図太い……じゃなかった、強い精神力を持っているからね!
僕が試験官と向き合うと会場の歓声が徐々に止んでいく。そして、試験官が口を開いた。
「それでは、これよりリオ・ボーティス君の魔力操作試験を開始します。これから魔力を引きだすので、それを体の内側に戻してください」
試験官はそう言って僕に手を伸ばしてくる。すると、自分の中から何かが出てくるような感覚を感じた。
……僕はこの感覚を知っている。自分の身体がまるで卵の殻になったような、得体のしれない何かが外に出ようとしているこの感覚を。
だが、以前とは決定的に違うものがあった。
それは僕の身体だ。ひび割れ、今にも壊れてしまいそうな以前の殻とは違い、今の殻は中身が外に出ようとするのを完全に封じているように思える。僅かに何かが外に出ているような感覚もあるが、それに対しても危機感は感じなかった。
しかも、この感覚と関係があるはずのあの違和感を感じることもなかった。もし、あの違和感を感じていたら僕はこんなに落ち着いてはいなかっただろう。きっと、正常な思考を保てずに混乱していた筈だ。
むしろ、今の僕ならこの得体のしれない何かを制御できると感じた。決して中身が殻を破ることはない。きっと、そのために彼女は僕を転生させたのだから。
この状況で出てきたということは、正体不明だったこれは僕の魔力なのだろう。その証拠に、トーニャのときと同じように僕の身体からは黒い靄が出てきている。
ということは、あの違和感の原因は魔力ということになる。恐らく、前世の僕の身体に魔力は過ぎたものだったのだろう。普通の人間はそんなものは持っていない筈だし。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。この黒い靄をどうにかしなければ試験に合格できない。それに、今の僕にとってあの違和感はすでに解決したことだ。できればもう思い出したくもない。
僕は改めて周囲の靄を見る。すると、試験官がこちらに手のひらを向けたまま口を開いた。
「まずは自分の魔力がどこから出ているのか感じてみてください。目を閉じて集中すればやりやすい筈です」
言われた通りに目を閉じると、身体中から魔力がゆっくりと外に出ている様子が感じられた。
「魔力を感じられましたか? それなら今度はその魔力が身体に戻って来るようにイメージしてください」
……戻って来るようにか。僕は魔力の流れが逆転する様子をイメージした。すると、魔力の流れが止まり、すぐに身体に向かって流れ始めた。
みるみるうちに周囲の靄が僕の身体へと吸い込まれていく。そして、すぐに黒い靄はなくなり、周囲の様子は元に戻った。
「……あれだけの説明でこなすとは素晴らしい才能です。リオ・ボーティス君、あなたに魔力操作試験合格を言い渡します。おめでとう!」
試験官が大きな声でそう言った瞬間、会場から割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
そんな中、僕は自身の身体に異変を感じていた。試験官の賛辞の言葉も、会場中の歓声も今の僕の耳には入っていなかった。
自身の身体にある魔力を感じ取っていた僕は、そこに明らかに自分のものではない魔力があることに気がついたのだ。
なんだこれ? よくわからないが不思議と危険なものは感じない。むしろ、僕はこの魔力をよく知っているような気がする。
「リオ・ボーティス君、どうかしましたか?」
僕が首を傾げているとその様子に気がついた試験官が話しかけてきた。
「いえ、よくわからないんですけど。自分の中に何か別の魔力があるような気がして……」
「別の魔力ですか……。その魔力に心当たりはありますか?」
「はい、でも思い出せなくて……」
僕がそう答えると試験官は少し考えるそぶりを見せた後、違う質問をしてきた。
「……君のお家で何か生き物を飼っていたりはしませんか? それか、君によく懐いている生き物でも構いません」
そう聞かれて、アンのことを思い出した。もう一度魔力に意識を集中してみる。すると、その魔力からアンの気配を感じることができた。
そして、僕は魔力に意識を集中したまま、その名前を言ってしまった。
「間違いない、アンだ」
僕がそう言ったとき、異変は起こった。僕と試験官の間に魔方陣が現れたのだ。以前、騎士団長が召喚魔術を使ったときに現れたものに似ている。
それを見た試験官は瞬時にこちらに向かってくると、僕を抱きかかえてステージの隅へと飛びのいた。人間離れした動きだ。恐らく、魔装を使っているのだろう。
魔方陣から離れた僕たちはその様子を覗う。観衆達も何が起こっているのか分からないままステージを見ている。会場中が注目する中、魔方陣の中央に黒い影が現れた。
現れたそれは漆黒の塊だった。直径一メートル程の四角い塊がそこに存在していた。この世界でたびたび目にし、そのたびに前世の記憶を刺激するその姿はまるで……。
「……やっぱり、完全に水ようかんだよね」
この一年で成長したせいで寝るたびに寝床と同じ形になってしまうアンだった。僕は寝ているアンを見るたびに水羊羹を思い出してしまう。
「……あれは君が知っているものですか?」
アンを警戒したまま試験官が僕に問いかける。
「はい、家で飼ってるブラックスライムのアンです。」
僕がそう言うと試験官は驚いた表情になる。
「ブラックスライム!? 魔獣を呼び出すには上級以上の実力が必要の筈です……。しかも、詠唱はなしで名前を呼んだだけ……。これは、危険かもしれませんね」
全く動く様子のないアンを見ながら試験官はそう言った。
「アンは僕によく懐いていて大人しいですけど……。それでも危ないですか?」
「ええ、暴走している可能性があります。魔力試験を終えたばかりの子供が詠唱なしで呼べるようなものではありません。……しかし、動きませんね」
相変わらず、アンはじっとしている。もしかしたら、まだ寝ているのだろうか?
僕がそんな風に考えているとステージの外から声が掛った。
「ちょっと、リオ! 何でアンが出てくるのよ! あなたが召喚したの!?」
それはトーニャだった。アンが現れたことに驚き、僕に説明を求めている。
そのとき、トーニャの声に反応したようにアンがピクリと動いた。アンの身体がグニャグニャと変形し、複数の触手の様なものが伸びてくる。
「いけません!」
それを見ていた試験官が叫ぶがそれは遅かった。アンの触手の内、一本だけが長く伸びて獲物を狙うかのようにステージの外にいるトーニャへと襲いかかった。




