第一話 けついしたのににねんかんひきこもってました。
さて、自分にできることを増やすと決意したのはいいけど、まずは何をしようか?
今の僕にできることと言えば、この愛くるしい姿であの青髪メイドちゃんを悶えさせることくらいだ。
普段はあまり感情のみえない彼女を悶えさせるのはとても楽しいのが、あの黒い少女との「契約」を果たすことには役立たないだろう。
最初にやるべきなのはこの国の言葉を覚えることと自力で移動できるようになることかな。早く喋れるようになって情報を集めないと。
決意した割にはやることが小さい気がするけど、まだ赤ちゃんなので仕方がない。焦らずできることを増やしていこう。
赤ちゃんになってから二年が経過した。声帯が発達していないせいかあまり上手く喋ることはできないが、日常会話はほとんど理解できるようになった。
これには青髪メイドちゃんの存在が大きいと思う。彼女は大体僕と同じ部屋にいて世話をしてくれるのだが、二人だけの時はよく話しかけてくるのでいい勉強になった。ちなみに、彼女の名前はノアというらしい。
二年も一緒にいたおかげで、無表情なノアの考えていることもなんとなくわかるようになった気がする。彼女は表情があまり変わらないだけで結構感情は豊かなようだ。それに彼女はとても優しい。
僕が一人で歩く練習をしていると、手を引いたりして手伝ってくれる。それもあって、まだよちよち歩きだが自力で歩くことができるようになった。
赤ちゃんとしては順調に成長している僕だが、知っている情報は二年前とあまり変わらない。別にさぼってたわけじゃないよ? ちゃんと理由があります。
実は、数日前まで僕は子供部屋と思われる部屋から一歩も外に出してもらえなかったのだ。歩けるようになったのでこっそり外に出ようと頑張ってみたこともあるが、外に出た瞬間青髪メイドちゃんに発見されて連れ戻されてしまった。
それ以降、誰もいないときは外からカギを掛けられるようになってしまった。外に出てはいけない理由を聞いてみると、危ないからだと言われた。ただし、二歳になったら外に出てもいいらしい。
たぶん、少し過保護な家なのだろう。両親はよく様子を見に来てくれるし、ノアはほとんど同じ部屋にいて僕の世話をしてくれている。
思えば、以前の両親や友人には僕の問題のせいでよく心配をかけてしまった。せめて今度の両親や周りの人たちにはなるべく心配をかけないようにしたい。なので、二歳になるまでは言われた通り外に出ないことにした。
そんなわけで、先日ようやく二歳の誕生日を迎え、めでたく部屋の外に出られるようになったのだ。今までは子供部屋以外のことは何も知らないはずの赤ちゃんだったので、簡単な質問しかしないようにしてきた。言葉も最近まであまり分からなかったしね。
なので、部屋の外に出たことを機に色々と聞いてみたり、家の中も探索してみた。以前から知っていたことや今僕が気になっていることも含めて、一度整理してみようと思う。
まず、ここは貴族の家だ。裕福な家だとは思っていたが、まさか貴族だとは思いもしなかった。まあ、それならメイドくらいいて当たり前だよね。ちなみに家名はボーティスという。僕はリオと名付けられたので、フルネームでリオ・ボーティスということになる。
驚いたのはリオという名前だ。僕は前世でもリオというあだ名で呼ばれていたのだ。これが偶然かどうかはわからないが、あの黒い少女に会えたら訊いてみようと思っている。
父と母はロベルトとリーシアという名前だ。父の方はイレイシア王国のボーティス伯爵家の当主で広い領地を持っているらしい。
言葉がわかるようになれば、現在地くらいはわかるだろうと思っていた。しかし、期待して尋ねた僕に返ってきたのはイレイシア王国という見たことも聞いたこともない名前だった。
前世で僕がまだ小学生だった頃、地図帳に載っている名前でしりとりをする遊びをよく授業中に友人としていたことがある。なので結構マイナーな国まで知っているつもりだったんだけど……。
現在僕が住んでいるボーティス家の屋敷も不思議な場所だ。敷地はかなり広く、僕たちが普段生活している本館以外にもいくつかの建物があるらしい。屋敷は主に木でできているようで、内装は洋風だ。
この屋敷は、冷暖房の類が全くないにも拘らず、どの部屋も快適な温度を保っている。窓から見える空は曇っており、池には氷まで張っていてかなり寒そうなんだけど……。
それに、冷暖房以外の電化製品も存在しない。入っては駄目と言われている厨房をこっそり覗いてみると、冷蔵庫すらなかった。
ただ、代わりに石でできた正体不明の箱が置いてあった。箱の大きさは冷蔵庫4つ分くらいで、前面に直径3センチ程の青色の丸い宝石が付けられている。
宝石について聞いてみても、知らない単語が色々と出てきてしまって理解できなかった。この謎の宝石は色や大きさは様々だが屋敷の至る所にあり、用途のわからない道具や置物に付いている場合が多い。
そして、天井にも同じような白い宝石が付いているんだけど、これは光る。それもぼんやりと光るのではなく、完璧に蛍光灯の代役を果たしているのだ。……謎技術過ぎる。
だが、この不思議な屋敷よりも気になっているものが今の僕にはある。この屋敷には、その広さに相応しく大勢の人間が住んでいる。僕と両親の他にも執事のお爺さんや料理人、青髪メイドちゃんをはじめとするメイドさん達などが生活している。ちなみにノアは二人いる僕の専属メイドの内の一人だそうだ。専属のメイドがいるなんてさすがは貴族だと思う。
問題なのは今僕の目の前で凄絶な変顔を晒している、もう一人の専属メイドだ。
「ベロベロバー。リオ様ー、こっち見てくださいよー。もー、私がこんな顔を見せるのなんてリオ様だけなんですからねー?」
彼女の名はエレナ。短めの黒髪が映える凛々しい顔立ちをしているものの本人は笑顔なことが多い。凛々しさよりも可愛らしさが先に立つ、10代後半の女性だ。
だが、今はその美しい顔が見るも無残なことになっている。……本人の手で。
色々と犠牲にしてまで僕を笑わせようと頑張ってくれている彼女には悪いが、僕にはそれよりも気になっている物がある。
「もー、どうしたんですか? 私の後ろの方ばかり見て。そっちには何もないですよー?」
いいえ、あります。というか、あなたが持ってます。
「それ、なに?」
彼女の背負っているものを指さしながら尋ねてみる。
「ああ、これですか? これは剣という敵を倒すための武器ですよ」
なんでもないことのように彼女は答えるが、背負っているのは彼女の身長よりも大きなバカでかい剣である。大きさもおかしいが、銃火器が存在する現代のどこにこんな大剣で戦うやつがいるのだろうか。あまり詳しくはないが、精々銃剣くらいだと思う。しかも彼女はメイド服を着ているので、最早コスプレにしか見えない。
「なんでもってるの?」
「ふふふー、私はリオ様の専属メイドであり、護衛でもありますからねー。リオ様をお守りする為にこの剣を持っているのですよ!」
僕の為らしい……。この国には銃刀法違反はないのだろうか? 銃は駄目だけど刃物は大丈夫なルールだから剣を使っているとか? ……どちらにせよ、あの大剣をエレナが振り回せるとは思えない。
「む、その眼は私のカッコいいところが見たいという意味ですねー。わかりました! リオ様の護衛に選ばれた私の実力、存分にお見せしましょう!」
無言でエレナを見つめていると、何やらおかしな宣言をされた。そして、エレナは僕を抱きかかえるとそのまま外に続く扉へと向かったのだった。