第十七話 召喚魔術の適性
僕が触れた属性魔術の水晶には何の変化もなかった。つまり、ほとんどの人にあるという僅かな適性すら僕にはないということだ。
確かに、属性魔法が全く使えない人間も僅かながら存在する。だが、属性魔術の名家であるボーティスの直系である子供に適性が皆無などということは静まり返る観衆にとって予想外のことだっただろう。
自身に属性魔術の適性が皆無だと知ったとき、意外にも僕は冷静だった。冷静に、会場にいるノアの方を見た。ステージ前の最前列でエレナとトーニャが愕然とした様子でこちらを見ていた。だが、ノアだけは落ち着いた様子でこちらを見ている。そして、僕が見ていることに気付いた彼女は微笑んだ。
それを見て僕は安心した。この結果を見ても彼女は僕のことを心配していない。それなら大丈夫だ。
会場は未だに静寂に包まれていた。僕に向かって同情の様な視線が集まり、試験官すら結果を言えずにいた。
「次の水晶に触ってもいいですか?」
仕方ないので僕の方から話しかけると、試験官はその言葉に我に返ったようだ。
「あ、はい。属性魔術は適性なしです、次をお願いします」
試験官の許可も得たので、僕は召喚魔術の水晶へと手を伸ばす。僕の指が水晶に触れる直前、主賓席の父が視界に入った。父はただ静かに目を閉じており、何を思っているかはわからなかった。だが、少なくともその表情には、僕の属性魔術の適性が皆無だったことに対する驚きの感情はないように思えた。
そして、僕の指が召喚魔術の水晶へと触れた。すると、水晶が強い輝きを放った。どうやら、適性があるようだ。よかった。心配してくれている父には悪いが、属性魔術の適性がなかった以上召喚魔術の適性は僕にとって必要なものだ。
黒い少女の願いを叶える過程で戦闘行為が必要になる可能性も存在する。その場合、僕には攻撃力の高い適性である魔装、属性魔術、召喚魔術が必要になって来る。
一応魔装の適性があることはわかっているが、光り方があまりにも変だったのであれだけには頼りたくない。できれば他の適性が欲しかった。
召喚魔術の適性があったことにホッとし、僕は水晶から手を離そうとする。そのとき、水晶の中心に何か白い点の様なものが見えた気がした。
疑問に思った僕は水晶に顔を近付ける。
「あっ」
水晶に顔を近付ける僕を見てノアが何かに気付いた様な声を漏らした。僕の召喚魔術の適性結果を見て、にわかに騒がしくなってきた会場内で不思議とその声はよく聞こえた。ノアの声に嫌な予感を覚え、僕は水晶に近付けていた顔を離そうとする。
変化が起きたのはそのときだった。次の瞬間、まるで爆発したかのように水晶が光を放った。あまりの光に驚いた観衆からは悲鳴のような声が漏れる。
その光を間近で見た僕の視界は白一色に染まり、平衡感覚を保てなくなってしまう。僕は崩れるようにステージに倒れ、そのまま意識を失った。
気が付くと僕は白い部屋にいた。あの黒い少女と会った場所だ。後ろを振り向くと、いつか見たときと同様に黒い靄に包まれた少女がいた。
彼女は僕が十五歳になったときに自身の願いを伝えると言っていた。てっきり、それまでは会うことがないと思っていた。尋ねたいことは多いが、一番最初に言わなければならないことがある。
僕は少女の顔がある辺りを見ながら居住まいを正した。
「久しぶりだね。この間は、僕の願い事を叶えてくれてありがとうございました」
そう言って深く頭を下げる。
「……」
少女は何も言わない。黒い靄で隠れているため彼女が何を考えているのかわからないが、僕は頭を上げると話を続けた。
「君との契約通り、今度は僕が願いを叶える番だ。できれば君の願いを教えてくれないかな? 約束では十五歳になったときだったけど、それまでに準備をしておきたいんだ。もちろん、言えないならそれでも構わないよ」
「……」
やはり反応がない。それに何となく違和感がある。彼女はもっと明るい性格だった気がする。もっとも、前回この少女と会ったときのことはあまり覚えていないんだけど。
「……るの」
僕が悩んでいると、彼女が何かを言った。
「ごめん、もう一度言ってくれないかな?」
「……お願いがあるの」
今度はちゃんと聞きとることができた。
「任せて、それは必ず僕が叶えるよ。どんなことなの?」
「それは……」
彼女が答えようとしたとき、突然黒い靄が薄れ始めた。そして、遂に知ることができたその素顔は僕のよく知っているもので……。
「パパのこと大好きって言ってくれえぇぇぇぇぇ!!!」
身体は少女、頭は父という生き物がそう叫んで僕に飛びかかってきた。
「うわあぁぁぁ!?」
「リオ様、大丈夫ですか!?」
傍にいたノアが心配そうに僕を覗き込んでいる。……どうやら僕は夢を見ていたらしい。周りを見ると、ここは病室の様でノアはベッドで寝ている僕を看てくれていたらしい。
夢とはいえおぞましいものを見てしまった……。
「大丈夫……。ちょっと、いや、もの凄く夢見が悪かっただけ……」
「……どんな夢か聞いてもいいですか?」
ノアが真面目な顔で聞いてきた。もしかしたら、精神的なものを心配しているのかもしれない。
「……女の子と会ったんだけど、顔を見たら父様だったんだ」
「……恐ろしいですね。」
僕の答えを聞いたノアは戦慄したように呟いた。そのとき、病室の扉が開いて父が入ってきた。
「よかった、目が覚めたんだね。……どうかした?」
父は目を覚ました僕を見てホッとしたように言う。だが、タイミングが良すぎたため僕とノアは思わず硬直してしまっていた。
「……なんでもないよ」
「うん? それならいいんだけど」
父は首を傾げていた。話を変えるためにもこの状況について聞いてみた。
「僕はどうなったの?」
その言葉に父が真面目な顔になった。




