第十六話 魔力適性試験
父がステージ上から去り、代わりに試験官がその場に現れた。いよいよ魔力試験が始まりだ。
最初の受験者は列の先頭にいた僕と同い年くらいの男の子だった。その子はステージの上に立ち、名乗りを上げた。
ステージには机があり、そこには魔装、治癒魔術、属性魔術、召喚魔術、特殊魔術にそれぞれ対応した五つの水晶の様な物が並んでいる。あれが魔力適性試験に使われる魔道具だ。
あの魔道具は触れた人物の適性に応じて光を放つ。ただし、魔装、属性魔術、治癒魔術については適性のないものが触れても僅かに光る。この世界のほとんどの人には初歩的な魔装、属性魔術、治癒魔術を使える程度の極僅かな適性があるからだ。
そのため、魔装、属性魔術、治癒魔術に関しては一定以上の強さで光らなければ適性ありとは認められない。極稀に、魔装、属性魔術、治癒魔術の適性を全く持っておらず、初歩的なものさえ使えない者もいるそうだが。
試験官の指示に従い、男の子は緊張した様子で一つずつ魔道具を触っていく。魔装、治癒魔術の水晶が僅かに光るが、適性ありとは認められなかったらしい。男の子が不安そうな顔になり、それを見守る観衆たちにも緊張が走る。
だが、属性魔術の水晶に男の子が手を触れたとき、水晶が強い輝きを放った。それを見た男の子は笑顔になり、観衆達からも拍手が送られる。その後も男の子は召喚魔術と特殊魔術の水晶に触れたが、どちらも光ることはなかった。
「いやー、ハラハラしましたねー」
エレナの言うとおりだ。最初の三つが光らなかった場合、残るは適性がある可能性の低い召喚魔術と特殊魔術の水晶が残ってしまう。あの男の子も属性魔術の水晶を触るときは不安でいっぱいだっただろう。
魔力適性試験を終えた男の子は一度ステージから降り、ステージ脇に用意されたスペースへと向かう。二つ目の試験である魔力操作試験は全員の魔力適性試験が終了してから行われるらしい。
その後も魔力適性試験は続いていくが、ほとんどの者はステージに上がらず最初にステージに上がった男の子が居る場所へと向かう。どうやら、魔力適性試験は初めて魔力試験に挑戦する者だけが受けるようだ。考えてみれば二回目を受ける意味はないので当然のことだった。
ステージに上った子供たちは皆一様に緊張している様子だった。水晶を触るたびに一喜一憂し、珍しい召喚魔術や望みの適性があった子供は大喜びしている。だが、中には望んだ適性も持たないことがわかって泣き出す子供もいた。とても胸の痛くなる光景だ。
同時に不安にもなってくる。父は召喚魔術の適性があった場合の心配をしていたが、何の適性もないよりは遥かにマシだと思う。ボーティスの血筋の者には属性魔術の適性がある筈だと以前ノアは言っていたが、それも絶対ではないだろう。
もし僕に何の適性もなかった場合、黒い少女の願いを叶えるという目的も遠のいてしまう。
不安を感じている間も試験は進み、いよいよ僕の順番がやってきた。
「リオはロベルト様の息子なんだから絶対に才能あるわ!」
「リオ様ー、頑張ってくださいねー」
トーニャとエレナが声援を送ってくれる。そして、ノアが一歩前に出て一礼する。
「リオ様、行ってらっしゃいませ」
ノアはそれ以外には何も言わなかった。なんとなく、彼女は僕の適性について何か気づいているんじゃないかと思った。だとしたら、それはアンが僕に懐いたときだろう。その頃から、理由はわからないが彼女から僕に対する信頼の様なものを感じられるようになった気がする。
以前の彼女は父と同じように召喚魔術の適性を持っていた場合のことを心配していたようにも思えたが、今はそれも感じない。
僕は一つだけノアに聞いてみることにした。
「ノアは僕のことを心配してないよね?」
僕の言葉を聞いたノアは一瞬驚いたような顔をした後、微笑んだ。
「はい、ノアは全く心配していません」
「そう」
よかった。それなら僕の感じている不安は杞憂となるだろう。
ノアが僕の何に気付いたのはわからない。だが、彼女が言わないのなら何か理由があるのだろう。僕はノアが話そうと思ったときにそれを聞けばいい。
不安の消えた僕はしっかりとした足取りでステージへと上がった。そして、観衆へ向けて自身の名を告げた。
名前を聞いた観衆がざわめく。中にはリオンの名を口に出す者もいる。そして、僕に対して期待のこもった目を向けてきた。
父が主賓席からこちらを見ていることに気がついた。これこそ父が不安に思っていたものだろう。もし、召喚魔術適性があればこの期待はさらに重いものへと変わるはずだ。
しかし、ノアのお陰で今の僕には全く不安がなかった。そのまま魔道具の前に移動し、試験官の指示を待つ。
「では、これよりリオ・ボーティス君の魔力適性試験を開始します。まずは魔装の水晶を触ってください」
僕は一番端にある魔装の水晶に触れた。すると、水晶が一瞬強く輝いた。それを見た観衆から歓声が沸く。しかし、すぐに光は消えてしまった。ついでに歓声も消える。あれ?
そのまま触っていると光ったり消えたりしてる。……これはどうなんだろう?
困った僕は試験官に視線を向けた。
「……珍しい光り方ですが、光の強さ自体には問題がありません。よって適性ありです」
どうやらセーフらしい。観衆からも再度歓声が上がる。
よかった。これなら少なくとも魔装師は目指すことができる。光り方がおかしかったのでできれば避けたいところだけど。
「では、次に治癒魔術の水晶を触ってください。」
試験官に促され、二つ目の水晶を触る。水晶が鈍く輝いた。
「適性なしですね」
治癒魔術の適性はできれば欲しかった。だが、一応は使えるようなので練習はしておこう。ノアか母にでも教えてもらえばいい。
「次は属性魔術です」
そして、属性魔術の順番がきた。今までに比べて観衆の期待が高まっているのを感じる。ボーティス家では初代であるリオン以外のすべての人間が属性魔術の適性を持っているので、それも当然のことだ。
僕が水晶に手を触れ、その結果が出たとき会場は静寂に包まれた。これまでの試験ではどのような結果が出ても、何かしらの声が受験者へと掛けられていた。適性のあった者には祝福を、なかった者には慰めの言葉がそれぞれ贈られていた。
だから、この結果はほとんどの者にとって予想外のものだったのだろう。僕が触った属性魔術の水晶には変化がなく、僅かな輝きすら灯すことはなかった。




