第十五話 魔力試験当日
とうとう魔力試験当日がやってきた。父と叔父は朝早くから魔力試験の会場で運営側の仕事をしている。現在、僕はトーニャと共に魔力試験の会場へと向かう途中だ。保護者としてエレナとノアがついてきてくれている。会場は屋敷から近い場所にあるので徒歩での移動だ。
ふと気になったことがあり、隣を歩くトーニャに話しかけてみた。
「そういえば、トーニャ姉様はもう自分の適性がわかってるんだよね?」
「そうよ! 私は属性魔術と特殊魔術の適性があるわ!」
トーニャは自慢げに言って胸を張った。
「特殊魔術もですか、これはエリートコースですねー。ボーティス家の特殊魔術は属性魔術と相性がいいものばかりですからねー」
「ええ、一番多いのはボーティスの魔眼ですがその他の特殊魔術も優れているものばかりです。魔術師としてはかなりのアドバンテージとなる筈です」
ノアとエレナからも褒められ、トーニャはさらに得意げだ。
「トーニャはやっぱり魔術師になりたいの?」
「当然じゃない! 私はロベルト様みたいな一流の属性魔術師になるのよ!」
そういえばトーニャは父に憧れているんだったな。
「だから、今日は絶対合格して来年王立魔術学院に行くの!」
魔力試験に合格した者はイレイシア王国の各地にある魔術学院に入学する権利を与えられる。イレイシア王国では魔術師の育成に非常に力を入れているため魔術学院の学費はとても安い。
ほとんどの子供は合格した翌年から魔術学院に入学して魔術を学ぶこととなる。王立魔術学院はイレイシア王国の中でも名門中の名門と呼ばれているところだ。
王立魔術学院は入学するだけなら誰でもできるらしい。だが、卒業するのは非常に難しいといわれている。入学した者は、まず三年間かけて個人の適性に合った基礎的な魔術を学ぶのだが、問題はこの後だ。
王立魔術学院では優れた魔術師を生み出すため、九年間という非常に長い修業年数が設定されている。そして、入学して三年が経つと一年ごとに進級試験が行われるのだが、この試験が非常に難しいらしい。ほとんどの人は卒業までに何度も回留年することになる。そのお陰で、卒業時には最低でも中級魔術師クラスの実力が身に付いているらしいが。
ちなみに、留年回数に対する制限はないので二十年くらい通っている猛者もいたりするらしい。
「そういえば、旦那様もあそこの卒業生だったはずです」
僕が魔術学院について思い出しているとノアがそんなことを言った。
「そうなの?」
「はい、確か六歳で入学して留年なしで卒業したはずです」
「さすがはロベルト様ね!」
トーニャの目がキラキラしている。僕もできればずっとそんな目で父様を見ていたかったよ。
「リオ様は来年入学して十三歳卒業を目指しましょうよー」
「はいはい。それにはまず今日の魔力試験を合格しないとね」
たぶん無理だけど。初試験での合格者なんて数少ない天才だけだ。
「そうよ! リオ、今年合格して私と一緒に王立魔術学院に行きましょ!」
「合格できればそうするのもいいね」
黒い少女との約束を果たすには魔術師になるのがいいと僕は考えている。この世界において魔術師は非常に大きな力を持っている。きっと彼女の願いを叶える役に立つはずだ。 まあ、それもこの魔力試験の結果次第なんだけどね。適性が悪かったり、魔力試験に何度も落ちるようなら考え直さなきゃならない。
そんな感じで雑談しているうちに僕達は試験会場に到着した。試験会場は広場のような場所で、中央に大きなステージがあった。その前に大勢の子供たちが保護者と共に複数の行列を作っていた。
「あのステージは何?」
「今からリオ様が試験を受ける場所ですよー。頑張ってくださいねー」
エレナが非常に楽しそうにそう言う。信じたくはなかったが試験はあの上で行うらしい。もっと人がいないところでやろうよ。個人面接みたいな感じで。
「魔力試験に合格するということは子供が自身の魔力を扱えるように成長したということでもあります。あのステージはその姿を大勢の人に見てもらうためのものなんです」
僕が嫌そうな顔をしていたからだろう。ノアが理由を説明してくれた。
「そうね! 合格するところはみんなに見てほしいわ!」
どうやらトーニャは目立つのが好きのようで、やる気にあふれている。会場には父様もいるだろうしね。
そのまま待っていると、ステージの上に父が現れた。どうやら試験を始める前に挨拶をするようだ。父が出てくるとその場にいた人たちから歓声が上がった。子供たちもはしゃいでいる。隣にいるトーニャ姉様もすごくはしゃいでいる。
「やっぱりロベルト様は人気がありますねー」
「旦那様は実力がある上に…………人格者ですからね。」
人格者とノアが言う時に大きな葛藤を感じた。その気持ちはよくわかるが、父は実際人気がある。魔術師としても領主としても優秀だし、僕に対してはアレだが領民たちにとっては紛れもない人格者だ。
ステージに立っている父が何かの魔道具らしきものを持っている。恐らく、マイクの様なものだろう。魔道具によって父の声が会場に響き渡る。
「我がボーティス領の諸君、今年も魔力試験の時がきた。この魔力試験はイレイシア王国の未来を担う子供たちの今後に関わる重要な行事だ。親である者たちは我が子に対して大きな期待と不安を抱いていることだろう。私も、一人の父親として諸君の気持ちはよくわかっているつもりだ。だが、私達が子にしてあげられることは少ない。彼らはこの魔力試験を通して多くのことを知るだろう。自身の成長、未来への希望……中には挫折を知る者もいることだろう。私たちにできるのはそれを見守ることだけだ。そして、終わったときは全てを受け入れてあげよう。そして、子供たちよ。私は君たちに期待はしていない」
父の期待していないという言葉に会場がざわつくが、まだ父の言葉は続いている。
「だが、私は君たちの成長を信じている。それには魔術や魔装なんてものは関係ない。君たちの中にはこの魔力試験で自身の夢を諦めなければならない者や逆に大きすぎる期待を背負ってしまう者もいるだろう。しかし、それでも私はこの魔力試験が君たちの成長につながると信じている。ありきたりな言葉で申し訳ないけど、私は君たちの無限の可能性を本気で信じているよ」
最後に少し微笑みながらそう言って、父は話を締めくくった。父の話が終わると会場は一瞬の静寂に包まれ、それはすぐに歓声へと変わった。
……開会のスピーチだというのに、僕への心配が滲み出ている。昨日の提案は恐らく父の弱さだったのだろう。だが、父は今の言葉通り、結果に関わらず僕の成長を信じてくれることにしたのだ。
そのとき、ステージ上の父と目があった。父の目には今も不安が残っているようだった。しかし、それでも僕を信じるという意思が感じられた。僕もその視線に応えようと父を見返す。
父の話によって会場が沸き上がる中、僕たちはお互いを見つめていた。




