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第十四話 父の不安

 叔父がトーニャを連れて部屋を去り、父だけがその場に残った。どことなく、普段とは様子が違う気がする。


「トーニャちゃんとは仲良くなれたかい?」

「うん、父様の無茶振りには困ったけどね。最初は戸惑ったけど仲良くなれたよ。アンのことも気に入ったみたい」


 トーニャはアンを気に入ったようだ。部屋にいる間はずっと抱きしめたり撫でたりしていた。あまりに構うのでアンが嫌がらないか心配してしまったくらいだ。


「それはよかった。最初、君は嫌そうだったしね、本当の彼女を見た感想はどうだい?」


 父が悪戯っぽい表情で訊ねる。やはり彼女の猫かぶりには気づいていたらしい。


「面白い子だよね。でも、憧れる人の前で猫を被るくらいは当然の乙女心だよ」


 僕はしたり顔で頷きながらそう言う。僕ほど乙女心を理解している三歳の男の子はいないだろう。経験が違うのだよ、経験が。


「……息子がこの年で乙女心を理解しているとは驚いたよ。顔が女の子みたいだからかな?」


 ほー。


「無理やり女装させたりする父親のせいじゃないかな?」


 父の顔が引きつる。あの件では僕の機嫌がとても悪くなったので、父はその話を蒸し返されるのを恐れている。無理やり笑顔を作り、話をずらそうとする。


「そういえば、トーニャちゃんも最初の頃は普通だったんだよ?」

「……なんでああなったの?」


 まあいい、その話には興味があるからそのまま聞いてあげることにしよう。


「兄さんがトーニャちゃんの躾をするとき、ロベルトはお淑やかな女の子が好きだって言ったらしいんだ。それ以来、僕に会うときだけあんな感じなんだ。初めて見たときは様子が違いすぎて心配したよ」


 トーニャ姉様、途中からじゃ意味ないです……。

 トーニャに猫かぶりがばれていることを教えようか悩んでいると、不意に父が真面目な顔をして言った。


「実は、大事な話があるんだ」


 やはり、何か話があったようだ。内容は予想がつく、恐らく明日の魔力試験にも関係があることだ。


「何の話?」

「……リオは僕達のご先祖様にリオン・ボーティスという人がいることは知っているね?」

「うん、ノアが本を読んでくれたよ」

「リオンは僕なんかじゃ及びもつかない、本当にすごい魔術師なんだ。彼以降、《魔王》の称号を与えられた召喚魔術師がいないのも彼の実力が飛びぬけている証拠だ」


 この世界での《魔王》は最強の召喚魔術師と認められたものに与えられる称号のことだ。この称号は、年に一度大陸中の国が集まって行なわれる大陸会議で与えられる人物が決められるらしい。

 他にも《勇者》とか《賢者》なんて称号もあるらしい。初めて聞いたときはご先祖様が世界征服でも企んだのかと思った。


「だが、彼がいなくなった後のボーティス家には召喚魔術師が生まれず、属性魔術の名家と呼ばれながらもリオンほどの魔術師は誕生しなかった。そのせいで英雄リオンの呪いなんて揶揄する連中もいる」

「……」 

「……実際には召喚魔術師が生まれるかはなんてのはただの運だし、《魔王》と同格の魔術師も大陸中を探したって僅かしかいないんだ。それなのに英雄リオンの呪いなんて言われても困るよね?」


 そう言って、父は本当に困っているように苦笑した。


「呪いなんてものは信じていない、でもそれを否定する証拠もないんだ。……ボーティス家に召喚魔術師が誕生しない限りはね。僕も、君が生まれたときはそれを願ってリオと名付けたんだ」


 それは予想していた。だが、今の父はそれを後悔しているように見える。


「だけど、君とノアがアンに懐かれたときにふと疑問に思ったんだ。もし、本当にリオに召喚魔術の才能があったらどうなるのかって……」


 僕がアンに懐かれたということは特殊魔術か召喚魔術の適性があるということだ。だが、ブラックスライムの好みは個体によって異なるので、どんな特殊魔術でもいいわけではない。

 僕に発現する可能性の高い特殊魔術はボーティスの魔眼だ。それがアンの好みであった場合、アンが父に懐かないのはおかしいのだ。一流の魔術師である父の魔力は、まだ幼児で魔力量が発展途上な僕よりも遥かに多いのだから。

 そして、僕の次に懐かれたノアは召喚魔術も使うことができる。特殊魔術も使えるそうだが、僕とノアに血縁関係はないので同じ特殊魔術である可能性は低い。

 少なくとも、アンに懐かれたことで僕に召喚魔術の適性があるという可能性が高まったことだけは事実だ。

 

「君に召喚魔術の適性があったとき、君に期待されるのは英雄リオンの再来だ。ボーティスの直系であり、待ち望まれた召喚魔術師だ。しかも、僕のせいで名前まで似ているしね。様々な要素が根拠のない期待へと変わってしまう。そして、重すぎる期待は呪いと変わらないと僕は気付いたんだ……」


 まあ、確かにリオンの様な活躍を期待されるのは困る。


「だから、もし君が望むなら試験結果を偽っても構わない。たとえ召喚魔術師の適性があっても兄さんに頼めばそれを隠すことも可能だ。君が召喚魔術を使わなければ誰にもわからない」


 ボーティス家が待ち望んだ召喚魔術師が誕生したとしても、それを隠すと父は言った。これがばれれば当主である父でも糾弾されることは免れないだろう。

 ……正直、父は心配し過ぎなように思える。だが、僕が考えている以上にボーティス家にとって召喚魔術は重いものなのかもしれない。


「父様、まだ僕に召喚魔術の適性があるって決まったわけじゃないんだよ?」

「……そうだね。ただの杞憂に終わる可能性も高いと思ってるよ」


 父も僕の言うことを認めているが、それでもその表情は暗いままだ。……まったく、本当にこの人は親馬鹿だ。


「僕前から思ってたんだ」

「……何をだい?」

「召喚魔術なんて別にいらないんじゃないかな?」


 父が驚いた表情をする。父は召喚魔術師を求め続けてきたボーティス家の当主だ、その言葉はよほど意外なものだったのだろう。


「だってうちは属性魔術の名家なんでしょ? 相性のいい特殊魔術まであるし、リオンが目標なら父様みたいに属性魔術を極めていった方がそれに近付けると思うよ。たまたま召喚魔術の適性があってもそれだけじゃうちの属性魔術には勝てないよ。もし僕に召喚魔術の適性があってもあんまり使わないかもね?」


 僕は最後に少し冗談っぽく言ってみたが、これはまぎれもない本心でもある。

 実際、属性魔術は召喚魔術に劣っているということは全くない。ただ、ボーティス家にとってリオンという召喚魔術師の存在が大きすぎるだけなのだ。

 父はしばらく僕の言葉に呆然としていたが、突然肩を振わせて笑い始めた。笑いすぎてむせている。どうやらツボったらしい。

 そして、笑い終えてこちらを見た父は先程よりもずいぶんと明るい顔になっていた。


「確かに君の言うとおりだ。我がボーティス家の属性魔術がポッと出の召喚魔術なんかに負けるわけがない。《属性魔術のボーティス》という名は決してそんな軽いものではない。……でもね、リオちゃん」


 笑っていた父はそこで不意に真剣な表情になる。

 

「それでもボーティス家にとって召喚魔術は大きな意味を持つんだ。リオちゃんが言ったことも本当は皆わかっていても、もうそれを受け入れることができないんだ。……だから、僕は君が心配なんだよ」

「……父様にこんなに心配かけるなんてね、やっぱり召喚魔術なんて僕にはいらないよ」


 僕がそう言うと、父は困ったように笑った。父の提案はありがたいがそれを受けることはできない。父にはああ言ったが、召喚魔術の適性があれば僕はそれを必ず使うだろう。

 何故なら、僕は彼女との契約を果たすために自身にできることを増やすと決めたのだから。それくらいしか、今の僕が彼女に対してできることはないのだ。

 心配性な父に感謝しながらも、それでもその提案には乗らないと僕は決めた。

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