第十三話 人見知りなトーニャちゃん
魔力試験前日、僕は数日前と同じように父の書斎に呼び出された。だが、今回は呼び出された理由が想像できる。
僕が扉を開けて室内に入ると、そこには僕の想像通りの光景があった。父と叔父がいるのは前回と同じだが、今回はもう一人、見知らぬ女の子がいる。恐らく、彼女が以前叔父が言っていた娘なのだろう。
彼女は部屋に入ってきた僕に気付くと叔父の後ろへと隠れてしまった。その様子に叔父は苦笑いし、彼女を僕の方に優しく押し出した。
「トーニャ、隠れてないでリオ君にご挨拶しなさい」
叔父にそう言われ、トーニャと呼ばれた少女は恥ずかしそうに前に出てくる。腰まで伸びた金髪にはウェーブがかかっていて、フランス人形を連想させる整った容姿をしている。
叔父の話によれば確か彼女は僕よりも二歳年上のはずだ。僕よりも二十センチほど身長が高い。
「……初めまして、トーニャ・ボーティスです」
スカートの端をつまんで挨拶してきた。
「初めまして、リオ・ボーティスです」
僕も以前叔父に挨拶したときと同じように彼女に挨拶を返した。
「リオ君この子が以前言った私の娘だ。ぜひ仲良くしてやってくれ」
「はい、こちらこそ仲良くして頂けると嬉しいです」
僕はそう言って彼女に向かって笑い掛けるが、彼女は叔父の後ろに隠れてしまう。どうやら人見知りの激しい子のようだ。
「それじゃあ、リオちゃん。僕と兄さんはお仕事の話をしないといけないからトーニャちゃんと一緒に部屋で遊んでおいで」
……いきなり二人っきりになるのは気まずいんですが。
「二人とも仲良くねー」
僕が無言で抗議の視線を向けていると、父は笑いながら僕とトーニャの背中を押して外に出し、そのまま扉を閉めてしまった。仕方ない、諦めて部屋に行くか……。
「トーニャちゃん、僕の部屋に行こうか?」
「……」
返事がない……。とりあえず歩きだしてみると少し離れてついてくる。……よかった。
「ふー……」
気まずい沈黙の中、ようやく部屋に戻って来ると思わずため息が出てしまった。……これからどうしよう?
父達の話が終わるまで彼女と二人で過ごさなければならないが、さっきの様子だと話しかけても答えてくれない気がする。まあ、まだ幼いし人見知りは仕方がない。いっそエレナでも呼んでみようか? 駄目だ、何故か状況が悪くなる気しかしない・・・。
僕が悩んでいると横から視線を感じる。そちらを向くとトーニャがこちらを熱心に見ていた。というか睨んでいた。なんで?
彼女は腕を組みながらこちらを睨んでいる。先程、叔父の陰に隠れていたときとは様子が全く違う、とても堂々とした態度だった。
「あなた、何歳?」
彼女の変化に戸惑っていると、質問を投げかけられた。
「三歳だよ」
「そう! 私は五歳だからお姉さんよ! 私の事は姉様と呼びなさい!」
確かに、僕から見れば彼女は従弟のお姉さんだ。そう呼ぶのは別に構わないが……。
「……トーニャ姉さまはさっきとずいぶん様子が違うね?」
「あれは猫を被っていたのよ!ニャー!」
堂々と言い放ち、猫の真似までしていた。かわいい。
あれー? あの人見知りなトーニャちゃんは一体どこへ?
「何で猫を被ってたの?」
「ロベルト様がいたからよ!」
父か!
「そっか、父様に絡まれるのが鬱陶しいからあんな態度だったんだね!」
なるほど、完全に理解したね。気持ちは痛いほどわかる。
「そんなわけないでしょ!」
あれ?
「じゃあ、どうして?」
「それは、その……」
僕が理由を聞くと何やらもじもじし始めた。面白いのでしばらく見ていると、キッとこちらを見て言い放った。
「ロベルト様は憧れの人なのよ!」
「それは何かの間違いだよ」
おっと、余りの言葉に脊髄反射で否定してしまった。案の定、彼女はこちらを睨んでいる。
「ごめん、今のは訂正するよ。でも、どうしてそんなことになってしまったの?」
「もちろんロベルト様がすごい方だからよ!」
すごい……親馬鹿?
「ロベルト様は一流の魔術師で冒険者なのよ。その上ボーティス家の当主までなさってるわ。あの、騎士と冒険者を率いて魔獣を撃退した話をお父様に聴いてからとても尊敬していたの。それで、今日久しぶりにお会いすることができたのよ! 猫くらい被るわ!」
ああ、あの話か。
「確かに僕もあの話を聞いた直後は父様を尊敬したよ。」
「やっぱりそうでしょ!?」
理解者を得たと思ったのだろう、嬉しそうだ。でも、悪いけど今は違う。
「そのすぐ後に父様の事が嫌いになったけどね」
「あれ!?」
トーニャ姉様が混乱されている。ちゃんと説明しよう。
「本気で嫌ってる訳じゃないよ? ただ、あの日の父様は僕にひどいことをしたんだ」
「ひどいこと……?」
トーニャが少し緊張した様子で話の続きを待っている。
「父様は僕に女の子用のドレスを着せたんだ! しかも、まだ生まれてから一度も鏡を見たことのない僕にそれを見せたんだ……。そのせいで僕が初めて見た自分の姿は女の子の格好をしていたんだよ!? どう思う?」
「ああ、確かにリオって女の子みたいだものね」
「それだけ!?」
「そうだ、今度私のお古を持ってくるから着てみる? きっと良く似合うと思うわよ」
「嫌だよ!」
ひどいことをされたと前置きしているのに何故薦めるんだ? どうやら僕の苦しみはトーニャには伝わらなかったようで、彼女の興味は既に別のものへと移っていた。
「ねえ、さっきから気になってたんだけど。あそこでプルプル震えて黒い物体は何?」
トーニャが部屋の隅にある自分の巣でプルプルと震えているアンを指さす。
「ああ、あれはスライムのアンだよ。おいで」
僕が呼ぶとアンがこちらにやって来るが、それを見たトーニャはビクッとして僕の後ろに隠れる。
「スライムって魔獣じゃない! なんであなたの部屋にいるのよ?」
「ペットなんだ。可愛いでしょ?」
「噛みつかない?」
「歯がないから不可能だよ」
僕の言葉にトーニャも少し警戒を解いたようだ。恐る恐るアンに触ろうとし、アンもこの一年で人間に慣れたため大人しくそれを待っている。
「ぷにぷにしてて気持ちいいわね。これだけ大人しいと確かに可愛いわ」
トーニャもアンが気に入ったようだ。アンの方も嫌がる様子はないので問題はなさそうだ。
その後は話を終えた父達がやって来るまで、二人と一匹で仲良く遊んだ。初めは戸惑ったけど、仲良くなれてよかった。




