第十一話 僕が生まれて……
ボーティス家のペットとなったアンは日を追うごとに大きくなっていった。僕の魔力と相性が良かったことで発育が促進したらしい。
ボーティス家に来てしばらくはほとんど僕の言うことしか聞かなかったが、両親や家の者にも次第に慣れていき、他の者の言うことも聞いてくれるようになった。お陰で、屋敷の皆からも可愛がられている。
とくにノアにはかなり懐いていて、ノアの言うことには最初から従っていた。姿が見えないので探してみると大抵はノアの傍にいる。ノアも懐かれたことが嬉しいのか、よくアンを撫でたりしている。表情はあんまり変わらないけど。
ノアとの勉強も続いており、この世界の知識も増えていった。何故か、同じく僕の教育係であるはずのエレナの授業はなく、教えてくれるのはずっとノアだった。エレナは勉強とか苦手そうなイメージがあるので、教師としては首になったのかもしれないと僕は予想している。間違ってたらごめんね?
ノアの授業のペースはかなり早い。普通の幼児がついていくのは厳しいだろう。しかし、前世の記憶がある僕にとっては丁度いい速度だった。恐らく、僕の理解する速度に応じてノアが授業のペースを早くしてくれているのだろう。
最近では話し方も流暢になり、読み書きもできるようになった。読み書きができるようになると次は数学の勉強が始まった。とはいえ、この世界では四則演算程度しか通常は勉強しないようだ。それ以上のことは学者や商人を目指す人くらいしか勉強しないらしい。僕は当然できるので、三日間程度で数学の授業は終了してしまった。
そろそろ僕が普通の幼児とは違うと疑われそうな気もするのだが、ノアは特に何も言わない。僕が新しいことを覚えると頭を撫でて褒めてくれるが、おかしいとは感じていないようだ。むしろ、僕の理解が早いことを当然のように思っている節がある。以前、僕のことを天才だとか何とか言っていたことがあるので、本気でそう思っているのかもしれない。
実際、ノアから僕の学習状況を聞いた両親はかなり驚き、父など僕のこと神童だとか言ってはしゃいでいた。非常にうざかったです。
そんな風に日々が過ぎていき、僕は三歳の誕生日を迎えた。
僕が三歳になってから約一ヶ月が過ぎた。この世界の一日も二十四時間で、午前と午後に分かれている。一月が三十日、一年が三百六十日だ。前世の暦と非常に似ているが、これだと季節がずれていく筈だ。もしかしたらこの世界は三百六十日の方が上手くいくのかもしれないけど。
暦について考えていたのだけど、何かが引っ掛かる。前世との関連性についてだろうか?
考えてみると、この世界は僕の居た世界と深い関係があるように思える。この世界には、僕が想像していたものに非常に似たものが存在していることが多々あるのだ。
騎士団長が初めて魔法を見せてくれたとき、彼は呪文を唱えると魔方陣が現れ、その中から馬が出てきた。僕の世界ではありえなかった現象だが、フィクションの中には存在していたことだ。魔道具や魔石も同じだ。
僕はまだ見たことがないが、鍛冶の得意な背の低い亜人や長い耳を持つ魔法の得意な亜人、大きな翼の生えたトカゲの様な魔獣も存在する。それぞれ、ドワーフ、エルフ、ドラゴンと呼ばれている。発音とかは結構違ったりするけど。
これらの存在は以前僕がいた世界とここが何処かでつながっている証拠にならないだろうか? 何者かが二つの世界を行き来し、それぞれの世界に伝えたのではないだろうか? それなら両親や友人と再会できる可能性も……。
……いや、自分を騙すのはやめよう。僕は二つの世界がどのように繋がっているのか、理屈は不明だが一つだけ知っている。それは転生だ。新たな存在に生まれ変わるとき、二つの世界を行き来することができる。これは僕自身が経験したことだ。
僕と同じような存在がいれば、二つの世界の共通点も一応説明できる。前世の世界にも恐らく僕と同じような人がいたのだろう。
もっとも、馬鹿正直に話しても厨二病扱いされるだけだろうだけど。……そういえば、学校で隣の席だった伊藤君は自分の前世が異世界の勇者だと言っていた。勇者だけど目とか右手が呪われているそうだ。ひょっとしてあの話は事実だったのだろうか? 伊藤君、大爆笑してしまった僕を許してくれ……。
でも、彼は僕の前世がお姫様だったとか言ってたので、やっぱりただの厨二病だと思います。以前の僕の前世がお姫様だったとか絶対ありえない。王子様とかなら信じることも吝かではない。
まあ、伊藤君はもういい。前世の世界と共通点は十五年後、いや、もうあと十二年か。あの女の子と再会した時に聞いてみるつもりだ。恐らくは無理だが元の世界への行き方も……。
だが、僕が引っ掛かったのはもっと別のことだった気がする。一体なんだろうか?
「リオ様、旦那さまがお呼びです」
僕が首をひねっているとノアが呼びに来たので、一緒に父の元へ向かった。最近ではほとんど自分で移動するようになった。ノアは見かけによらず力持ちなので今の僕でも簡単に持ち上げられるが、赤ちゃんの頃ならともかくそろそろ恥ずかしい。
ノアにそう言ったら寂しそうな顔をしていたので、手を繋ぐようにしたら笑顔になった。最近気づいたのだが、ノアは僕と二人だけのときは他にも人がいるときより表情が豊かな気がする。ノアは子供とか可愛いものが好きなのかもしれない。アンもよく撫でてるし。
ノアに手を引かれてやってきたのは父の書斎だった。ここは父が主に仕事として使っている部屋なので、僕はあまり入ったことがない。中には父のほかにもう一人、父とよく似た男性がいた。父よりも少し年が上のようだ
「やあ、リオちゃん。紹介したい人がいるんだ」
もう一人の男性がこちらを向いた。そして、背筋をピンと伸ばし、右手を拳の形にして自身の胸に当てる。この世界における貴族の礼だ。
「はじめまして、リオ君。私はクロード・ボーティス子爵だ。父君の兄で、君にとっては叔父にあたる者だ。しばらくの間この屋敷に滞在することになる」
この人がノアの話に出てきた僕の叔父か。とても知的な雰囲気の人だ。
僕も叔父と同じように挨拶する。
「はじめまして、叔父様。リオ・ボーティスと申します。屋敷への滞在、歓迎いたします」
僕の挨拶に叔父は驚いた顔を見せた。礼儀作法を教えてくれたノアの前なので誇らしい気分になる。……まあ、ホントは幼児じゃないのでできて当たり前なんだけど。
「リオ君はまだ三歳なのにとてもしっかりしているな。私の娘にも見習わせたい。数日後に会うことになるだろうからよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「どうです、兄さん? 僕の言った通りリオちゃんは賢いでしょう?」
「ああ、お前の親馬鹿ぶりが酷いからあまり信じてなかったが、確かにリオ君は優秀みたいだな」
さすがは実の兄だ。父に対して、とても正しい評価だ。
その後は少し雑談し、母が来たので僕とノアは子供部屋に戻った。
「あ!」
夜、布団に入って寝る直前のことだった。ふいに昼間引っかかったことの理由に気付き、僕は声を上げた。危なかった、あと少しで取り返しのつかないことになっていた……。もし、明日以降に事実に気づいていれば悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
「どうかされましたか、リオ様?」
就寝前の挨拶を終え、部屋を去ろうとしていたノアが僕の上げた声に気付いて戻ってきた。
「気付いたことがあるんだ!」
僕は自身の大発見に興奮していた。そんな僕の様子にノアも興味を持ったようだ。
「どんなことですか?」
首を傾げながら尋ねてくるノアに向かって、僕は胸を張って答えた。
「今日は僕が生まれて千百十一日目なんだ!」
ちなみに、この世界の数字も十進法が基本だ。
その夜、僕はノアと共に少しだけ夜更かしした。そして、時計が午後十一時十一分を指したことを二人で確認した後、満足して眠りについたのだった。
……ノアは一緒に付き合ってくれたが、これが前世の友人だったら鼻で笑われていた気がする。




