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第十話 餡子

 思わず京都の名物を連想してしまったが、ブラックスライムは既にその姿を変えている。地面に落ちた直後はグニャグニャと蠢いていたが、すぐに高さ20センチほどのお椀の様な形になった。この世界のスライムはこの状態がデフォルトらしい。

 生まれて初めて見るスライムは光沢のある漆黒のボディをプルプルと震わせていた。かわいい。


「どうすればいの?」

「スライムに手を近付けてください。スライムがリオ様を気に入れば近寄ってきます」

「わかった」


 ノアに地面に下ろしてもらい、ブラックスライムと対峙する。スライムには目や口がないのではっきりとはわからないが、こちらの様子を覗っている様な気がする。


「リオちゃん、がんばって!」

「リオ様ならきっと大丈夫です」

「リオ、美味しそうにするのよ!」


 皆の声を受けてスライムに手を近付ける。すると、スライムが今まで以上にプルプル震えだし、僕に飛びかかってきた。


「わっ!?」 


 今までの姿からは予想もつかない素早さだった。僕はなすすべなくスライムの突撃をくらい、倒れそうになってしまうが、ノアが即座に支えてくれたので転倒することは免れた。

 スライムは僕の胸に引っ付いてプルプルと震えている。飛びかかる直前よりもさらに激しくなっているが敵意の様なものは感じない。

 ……ひょっとしてこれは喜んでいるのだろうか? 確認しようと思ってノアの方を振り向くと、彼女は珍しく驚いたような表情をしていた。だが、すぐに我に返って僕に視線を向ける。


「お怪我はありませんでしたか?」

「のあがささえてくれたからだいじょうぶ」


 驚いてこけそうになってしまったが、実際の衝撃はそう大きなものでなかった。ノアのお陰で転ばなかったので怪我はない。

 僕に怪我がないことを確認し、皆安心したようだ。話をスライムの方へと移そう。


「これはなついてるの?」


 スライムはというと、いまだに僕の胸に張り付いた状態でプルプルと激しく震えている


「僕には凄く懐いているように見えるけど……。リーシア、どうかな?」

「とっても嬉しそうよ! よっぽどリオが美味しそうだったのね! 私、あんなに速く動くスライム初めて見たもの」

「そうですね、あの速度は予想外でした……。リオ様の魔力を気に入ったことは間違いないでしょう」


 やはりこれは懐いているらしい。それがわかると、このプルプル具合がまた一段とかわいく見えてくる。しかし、いつまで張り付いているのだろうか? かわいいがずっとこの状態は困る。


「リオ様、離れるように言えば従いますよ」


 僕の様子に気づいたノアがそう教えてくれる。


「ことばがわかるの?」

「一応言葉は通じます。喋っているときの僅かな魔力の動きでわかるみたいですね」


 スライムって頭いいんだね。


「ちょっとはなれて?」


 僕がそう言うとスライムは言われた通り僕から離れてくれた。おー、これはすごいな。明らかに人間とは違う生物と言葉が通じるということにちょっとした感動を覚える。


「リオ、この子に名前を付けてあげないと」

「なまえかぁ」


 確かに名前は必要だ。これから一緒に暮らしていくのだから、かわいい名前を付けてあげなければならない。

 どんな名前にしようか? こういうときは第一印象を活かしたい。……ようかん? かわいくないから却下かな。じゃあ、餡子。いや、アンのほうがかわいいな。

 見た目も似てるしこれでいこう。この世界に餡子があるかどうかわからないから日本語だけど。


「あんってなまえにする」

「かわいい響きね、いいと思うわ」


 母はこの名前を気に入ったようで、父とノアも特に異論はなさそうだ。僕はしゃがんでスライムを覗き込み、問いかけた。


「きみのことはあんってよぼうとおもうけどいい?」


 スライムは嬉しそうにプルプルと震えた。どうやら気に入ってくれたらしい。

 こうして、ブラックスライムのアンはボーティス家のペットとなった。



 アンの名前が決まった後は両親に礼を言い、アンを連れてノアと子供部屋に戻った。すると、室内にはエレナがいて、何やら作業をしていた。


「なにしてるの?」

「あ、リオ様ー。ノア先輩に頼まれていたスライムの寝床を作ってましたー」


 なるほど、それは全く考えてなかった。うっかりしてたな。


「えれな、ありがとう」

「どういたしましてー。その子がリオ様のスライムですか?」

「うん。あんってなまえ」


 僕の言葉に反応してアンがプルプル震える。かわいい。


「あれ、この子ブラックスライムですよね? リオ様、懐かれるなんてすごいですねー」


 エレナもブラックスライムのことを知っているらしく、驚いていた。

 程なくしてアンの寝床が完成した。1メートル四方の木の箱に柔らかい布が敷き詰められている。さっそくアンを中に入れてやり、様子を見てみる。アンは少しの間震えていたが、突然形を崩した。

 まるで黒い水溜まりのようになってしまっているが、これは大丈夫なんだろうか?


「気に入ったようですね。スライムはこんな感じで寝ます。」


 僕が心配しているとノアが説明してくれた。というかこれは寝てるのか……。しかし、気に入ってくれたようでよかった。


「リオ様、よろしければブラックスライムの特徴を説明しましょうか?」


 アンを眺めているとノアがそんなことを提案してきた。確かにそれは知っておきたい。


「おねがい、のあ」

「わかりました」




「まず、スライムの身体は魔力を含んだ液体で構成されています。そして、その液体の種類は種族によって異なります。ブラックスライムが希少種と云われる理由は彼らを構成する液体にあります。彼らの体は液体金属で構成されています」

「えきたいきんぞく?」

「はい、ブラックスライムの身体以外には存在しない特殊な液体金属です。昔、この金属が武具や薬の素材になるという噂が流れ、それを聞いた冒険者たちによってブラックスライムが乱獲された事があったんです。そのせいで元々少なかった数がさらに減ってしまい、今では希少種として扱われています。ちなみに、噂は完全なデマでブラックスライムの身体に利用価値はありませんでした」


 ……なんて不憫な種族なんだ。まあ、本当に素材に使えた場合は絶滅していた可能性もあるそうなので不幸中の幸いとも言えるけど。


「ブラックスライムを構成する液体金属は成長とともに変化していきます。今はまだ色が黒いだけの水と変わりませんが、成長するにつれて重さと硬さが増していきます。完全に成長すれば中級魔装師の剣すら弾くので、倒すには結構厄介です。温和な性格なので向こうから襲ってくることはないですが」


 アンは将来有望だね。自由自在に変化する金属なんて厄介極まりない。でも、それだと疑問がある。


「どうやってらんかくしたの?」

「昔は現在では数少ない上級以上の魔術師や魔装師がたくさんいたんです。上級以上の魔装師なら金属も切断できますから」


 なるほど、相手が悪かったのか・・・。

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