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第九話 第一印象は……

 父からのお詫びとしてスライムをもらう約束をした日の翌朝、父は母と若い騎士達を連れてスライムの捕獲へと向かった。

 出かける際は僕もノアやエレナと供に見送りに出た。父が張りきっているせいか騎士達もやる気十分のようだ。楽しみに待っていてくださいと言ってくれた。

 だが、一番やる気があったのは母だった。母も僕同様スライムが大好きらしいのでそれも当然だ。

 彼らの出発を見送り、いつものように文字の勉強をしていたのだが、父達の帰りが気になって中々集中できなかった。ついつい窓に視線が向かってしまう。ノアはそんな僕を見て笑っている。

 夕刻、そろそろ帰って来るであろう時間になり余計にそわそわしていると、窓の外に人影を発見した。

 次の瞬間、僕は屋敷の玄関へと走り出した。走りだしたといっても実際にはよちよち歩きだったのですぐにノアが追い付き、転ばないように抱きあげられてしまった。

 玄関には両親達がいた。どうやら騎士達はそのまま宿舎の方に向かったようだ。出迎えに来た僕達に父が気がついた。水筒か何かだろうか、父は何故か竹筒を持っている。


「リオちゃん! わざわざパパを出迎えてくれたんだね! 寂しくなかったかい!?」


 別に寂しくはなかったです。


「おかえりなさい。どうだった?」

「ただいまリオ。すっごくかわいい子を連れて帰ったわよ。きっとリオも気にいるわ!」


 母が自慢げに胸を張る。これは期待できそうだと思ったのだが、父は何故か苦笑している。


「実はリーシアが一目で気に入ったスライムがいたんだけど、ちょっと問題があるんだ」

「もんだい?」

「普通のスライムじゃなくてあまり確認されていない希少種なんだ。懐けば危険はないんだけど、それが難しくてね。違うやつにしようかとも思ったんだけどリーシアが……」

「あの子じゃなきゃダメよ! あんな器量の良い子は珍しいもの!」

「……と言うんだ。僕達には懐かなかったからリオちゃんに懐かなかった場合は諦めるってことに決めたんだ。そのときはこのスライムは元の場所に帰して他のスライムを見つけてくるよ。リオちゃんもそれでいいね?」

「うん、いいよ」


 嫌がってるスライムを無理やり飼うのも可哀想だ。ただでさえこちらの都合で連れて来るんだから、父の言うとおりにしよう。

 でも、そう簡単に魔獣が懐くのだろうか? 実際にペットにしている人はいるらしいけど。


「どうしたらなつくの?」

「第一印象さ!」


 父がはっきりと答えるが、漠然とし過ぎだ。見かねたノアが補足する。


「旦那様は適当すぎます。リオ様、スライムは好みの魔力を持つ者に懐くのです」

「まりょくに?」


 さすがはファンタジーの代名詞であるスライムだ。それっぽい設定が出てきたぞ。とてもテンションが上がるね!


「はい、スライムにとって魔力は生きるために必要なものです。スライムは基本的に通常の食事を必要としません。動植物から僅かに漏れ出る魔力を吸って生きています。なので、気に入った魔力を持つ生き物に懐く習性があります。魔力を吸うといっても普通のスライムは無理やり生き物の魔力を吸ったりするわけではないので危険はありません。ちなみに、よく気に入った魔力を持つ生物に無防備に近寄ってしまって捕食されたりもします」


 ……なんて切ない生き物なんだ。僕は食べたりしないから存分に吸うといいよ。


「つまり、ぼくがおいしそうにみえたらなついてくれるの?」

「そうよ、スライムは美味しそうな人に懐くのよ」

「その言い方ではリオ様が食べられそうでちょっとアレですけど……。まあ、そういうことですね」


 僕の結論に母とノアが同意した。ノアは少し複雑そうだっだけど。


「でも、おいしそうにみえるようにするほうほうはあるの?」

「いえ、ありません。個体ごとに好みは異なるので。強いて言えば優秀な魔術師や魔装師に懐きやすいですね。スライムの中には好みの幅が広い種族も存在するので、選り好みしなければ懐かれること自体は容易なのですが……」


 父の態度から察するに、恐らく母が気に入ったのは好みの幅が狭い種類なのだろう。


「ああ、リーシアが選んだスライムはブラックスライムだ」

「……よりによってブラックスライムですか。いえ、リオ様なら……」

「ああ、僕らもそう考えて一応連れて帰ったんだ」


 ブラックスライムと聞いてノアが顔をしかめるが、一応チャンスはあるようだ。


「どんなすらいむなの?」

「ブラックスライム……別名大食いグルメスライムです。」


 なんだか諦めた方がいい気がしてきた……。


「……おおぐいぐるめ?」

「はい、大食いといっても吸う量自体は他のスライムと変わりません。ただ、魔力量が多い者にしか懐かない上にもの凄く質に拘るんです。ブラックスライムは少し特殊な嗜好をもつスライムで、総じて珍しい魔術適性を持つものを好みます」

「まじゅつてきせい……」

「リオ様は魔力量に関しては問題ないと思います。魔術適性はまだ不明なので、特殊魔術か……召喚魔術の適性があれば懐かれる可能性があります」


 なるほど、それなら可能性はあるか……。それにしても召喚魔術か。ノアがブラックスライムと聞いて顔をしかめた理由がわかった。ボーティス家にとって召喚魔術は特別なものだからね。


「リオちゃんは属性魔術に適性がある可能性が高いけど、ボーティス家には属性魔術に加えて特殊魔術の適性を持つ人も何人かいるからね。リオちゃんも結構可能性はあると思うよ」

 

 父がフォローしてくれるが、召喚魔術については触れないようだ。


「とりあえす会ってみましょう? そうすればわかるわ」


 母の言うとおりだ。特にできることはないんだから試してみるしかない。


「うん。あれ? そういえばすらいむはどこ?」

「ここだよ」


 僕が尋ねると父は先程から手に持っていた竹筒を差し出してくる。……うん?

 不思議に思っている僕の目の前で父は竹筒にしていた栓を開け、それを傾けた。すると、中から竹筒の形に固まった黒い物体がデロンと出てきた。

 僕が生まれて初めて見た魔獣は、前世で食べた竹入り水ようかんにそっくりだった……。

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