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 3.二人と二匹 3

 


「やれやれ、とんだ災難だった」

 アフェルはずっしりと重くなった、ロングコートを摘みながら言った。その裾から生臭い液体が滴っている。言うまでもなく彼が屠ったトドンの血である。

 コートは無論防具でもあり、液体には強い加工を施してあるのだが、流石にこれだけ大量に浴びてしまうと如何に黒色だろうと汚れちまった感は否めない。

「こらもうダメだな」

 バサリ、と脱いだ服を足下に投げ捨てる。市価で最低でも100万イン(=円)はする、ビジュール革製の高価な品だが、惜しげもなく野ざらしだ。後で誰かが拾うかもしれない。ついでに、ぐっしょり濡れた手袋も、その辺の草むらに放り投げる。

 コートの下から現れたのは、それこそ血がしみ込んだかと思われるような、真っ赤なシャツ。密やかな光沢のある布は、その下の豊かで、しなやかな筋肉を華麗に覆っている。あちこちに装備されたなめし皮の黒いホルダーでさえ、実用品と言うよりは、肉体を際立たせる装飾品のようだ。

 だが、その見事な肢体の持ち主は、どうにもダルそうな口調で文句を垂れ流していた。

「こっちも油ががへばりついてボロボロだ、あーあ」

 確かに鋸歯状のナイフの刃はトドンの脂肪と血で、べったり汚れている。

「また、ナイフの目立てをしねぇと……くそ! こんな事ならナイフじゃなくて、ソードを持ってくりゃ良かった」

 ソードだって刃が鈍れば同じだと思うが、どう言う訳かこの男は、銃だけで戦うことを良しとせず、常に銃以外の武器を数多く携帯している。

「アフェル。村人を連れてきたよ」

 待ちくたびれたモモが頃合いを見て、トラックの屋根から飛び降りた。

 神獣のユーガは村人が来たので、少し離れた草むらで毛づくろいをしていた。銀色の毛なみが赤く汚れている。こっちも絶対不機嫌だとモモは思った。翼竜のルリイは戦闘には参加しなかったようだが、ちゃっかり新鮮な肉を啄んでいた。

「アフェル!」

 さっき一瞬振り返っただけで返事をしないアフェルに痺れを切らして、モモが怒鳴る。

「……待ってろって言ったろうが」

「……ごめん」

 不機嫌の根拠を理解したモモは素直に謝った。アフェルはビジュールへの囮で危なっかしい真似をしたモモに反省させるため、戦闘に加わるのを禁止したのだ。

 多分。

 と、モモは自分に都合よく解釈することにした。

「だけどもう片付いちゃったじゃないか。すごいね。こんな数を一人で仕留めちゃうなんてさ」

 辺りには十数頭のトドンの死体。殆ど皆急所を撃たれてか、切り裂かれるかして清々しく死んでいる。血の匂いがすごいので、直ぐに死肉を漁る別の獣か、動物がやってくるだろう。

「村人さんたちを連れてきた」

 モモは、ようやくトラックからぞろぞろと下りてきた男たちを見て言った。彼らは一様にこと切れたトドンのを呆然と見渡している。

「すげえ……」

「これだけのトドンをたった一人で……」

「うわさにゃ聞いていたが、本当に、なんつーか……人間離れしてるな……向こうのビジュールも一人でやったんか?」

 一番若いケンタが称賛と憧憬を声に滲ませて尋ねる。

「はいはい、質問はあとでね。こうしている間にも向こうに置いてきた貴重なビジュールちゃんが、他の奴らに狙われてるかもしんねぇし、急いで戻ろ。それから村長に会って報酬を頂くんで」

 報酬と聞いて、一様に男たちの顔が固くなった。


 ガタゴトと古ぼけたトラックが荒野を走る。

 荷台にはおんぼろリフトと、四人の男手でやっとこさ運び上げたビジュールの死体。その横で居眠りを決め込んでいる派手ななりの男と、肩に瑠璃色の半翼竜を乗せているすらりとした少女。白い神獣は運転席の屋根の上で蹲っている。

 運転席には村の男が三人、座高を高くしてベンチシートに座っていた。

 彼らの村の付近に、最凶の獣と言われるビジュールが現れたのは一月ほど前。

 夕方近くで、村の周囲に張り巡らされた電気柵の外で放牧していた食用ヤギが次々に呑まれるように喰われていくのを、軽トラック二台で見回っていたケンタ達はの当りにした。

 幸いケンタ達は、猛スピードで村の中まで逃げ戻って無事だったが、残してきた貴重なヤギは全滅。逃げ遅れた牧羊犬達までもが犠牲になった。

 ヤギをむさぼりり喰った獣は、生餌いきえの味を覚えたためか、際限のない飢えの為か、主として夜行性の習性をもつビジュールが、夕刻近くから村周辺出没するようになり、村人たちを恐怖のどん底に叩きこんだ。

 しかも、陽光に慣れてきたのか、次第にその活動時間を昼間へと移行させ始めたのだ。

 すぐに最大級の警戒態勢が敷かれ、それ以上の被害はなかったが、昼間でも村の外に出る事はできなくなった。村の外での活動ができないとなると、たちまち村の生命線に関わる。だが、数ある獣の中でも最も運動能力や知能が高く、順応性もあると言われるビジュールを仕留められる人間など村にはいない。

 電気柵だとていつ破られるかもしれぬと判断した村長は、大型トレーラーで一時村人たちを、20キロス(=キロ)離れた隣村まで非難させ、そこで偶々逗留していたアフェル達を雇ったのである。

 彼のSSSクラスの腕は辺境は良く知られていた。もっとも、報酬の方もSSSクラスだったが。


「報酬……か」

「……殆ど村の半年分の収入だぜ」

 年嵩の村人二人がケンタの横で力なく話している。

「月賦にならねぇかな?」

「無理だろ? ハンターなんだし……それにビジュールはおろか、トドンまでやっつけたんだぜ」

「けど、トドンは契約に入ってなかったろ?」

「そうか……だけどビジュールの分も少しはまけてもらえんかな。俺たちゃ次の収穫期までカツカツで暮らさなきゃなんねぇぞ」

「だが、あのままじゃあ俺達は、村から一歩も出れなかったかもしれねぇんだぜ。それが依頼して立った二日でカタがついたんだ。プロにはちゃんと払うべきだって」

 ケンタが言った。

「なんだい? いつもニコニコ現金払いで頼むぜ。俺ぁ月賦は信用してねぇんだ」

 居眠っているとばかり思っていたハンターがちょいと顔を上げて、話に割って入る。小声で話していたのにまるで地獄耳だ。

「ああ……村には痛いが、なんとなく分かるよ。あんたらが使う武器や防具は安くはねぇんだろうからな」

 振り返ってケンタはアフェルに言った。

「苦しくなったってちゃんと払う。それが辺境のおきてだ」

「ものわかりかりが良くて助かる。で、あのビジュールだが、まぁ、俺は皮をもらえばいいから、肉はお前たちが好きにしろや」

「本当か!? それはありがてぇ」

 途端に村人たちが勢いづいた。

 意外にもビジュールの肉は、大変美味で希少価値があり、加工しても高く売れる。ヤギを失って痛手を受けた村に少しは潤いをもたらすだろう。因みにトドンの肉は臭くて食用には適さない。しかし、これも乾燥させると肥料になるし、皮を剥がしてなめせば何かの役に立つ。後で人をやって持ち帰ればいいだろう。

 村人たちがほっと胸をなでおろした時、大きな抗議の声が上がった。

「ええっ! そんなのやだぁ! 俺だってビジュールの肉食いたい! 肉、にぃーく! ステーキ! ユーガだってそうだろ? ねぇ」

 トレーラーの屋根から返事はない。神獣は重ねた前足に顎を埋めている。眠っているのだろうか?

「ルリイだって肉いるよね!」

 モモはへこたれずに肩の上の愛鳥(?)にも話を振った。だがこちらも知らん顔でモモの項の毛を引っ張るばかりである。 

 誰も当てにできない、モモは頬を膨らませた。

「とにかく、肉! 俺の肉! 絶対食べる!」

「はいはい、ちゃんと分けてやるよ。嬢ちゃん」

 ケンタは運転を自動に切り替え、荷台に身を乗り出してモモの頭に手を伸ばそうとし――目にもとまらぬ速さで払われた。

「いてっ! なんだよ!」

「いやぁ、悪いね、兄ちゃん」

 ケンタの抗議にアフェルが指を立てて拝む。彼の長い腕がついと伸びて、ケンタの手を手刀で打ったのである。

「ホント済まん。こいつに手を出すと、あの上の奴がうるせぇんでな」

 アフェルは翠いろの目をひょいと上に向けた。

「あの犬な、こいつの親代わりなんだ……ってなんだよ! 見かけはでっかい犬じゃねえか!」

 アフェルが大げさに首を竦めたところを見ると、ユーガから何らかの抗議の念話が降って来たらしい。もしくは叱責か。

「親代わりぃ? ペットじゃなくて?」

 ケンタが思わず頓狂な声を出して伸び上り、上から見下す獣の瞳とぶつかって黙った。だが、巨大な犬はすぐに顔を背け、前足の間に鼻先を埋める。

「あはは、だいじょぶだって。見かけほど怖くはないよ、ユーガは」

 ケンタのお蔭で肉がわけてもらえると思い、気をよくしたモモは、にこにこと請け合ったが、直ぐに同じように首を竦めた。どうやら、こちらも上の神獣から何らかの念話が下ったらしい。

「怒るなよぉ、ユーガにも分けてあげるからさぁ」

 モモは伸びあがってユーガを、そして向こうを見ていた。

 アフェルは薄く微笑み、これで仕事は終わりだと言うように、再びトレーラーの壁に深く身を預けた。その耳にモモが何かを囁きかけ、男は懐から何かを取り出して娘に手渡してやる。


 不思議な二人連れだな……。

 ケンタは大小のハンターを見比べた。

 二人は友人でも恋人でも、勿論親子でもないだろう。単なる仕事上の相棒のようだ。

 一人はいかにも普通でない派手な男。項だけ伸ばした金髪に碧眼に、まだ足りないと言うように、赤いシャツを纏い、長い足を投げ出してだらしなく座り込んでいる。

 もう一人は小柄で口の悪い、少年じみた美少女。この娘の方がある意味、男よりも不思議な存在だ。見かけはがんばって十代半ばに見えるのに、どこか危うい幼さを感じさせる雰囲気。艶やかな黒髪を男と同じように縛り(多分真似をしているのだろう)、コケティッシュな防具に身を包んでいる。充分存在感があるのに、どこかこの世界の空気に馴染んでいない。

 娘が男を慕っているのは確かなようだが、ケンタの知る恋情とは違うような気がする。そして、男は娘に敢えてぞんざいな態度を取っているみたいだ。

 妙な二人だ。しかも見たこともないような獣と、翼竜を連れてさ。

 その時ふと、モモの大きな目がケンタに向けられ、ニコリと微笑まれた。黙っていれば人形のような愛らしさである。

「さぁ! ルリイ、もうすぐ村に着くよ! お前は一足先に知らせておいで!」

 モモはそう言って、アフェルから貰ったメモを、鳥の足に結わえた通信筒に入れれると、懐から乾した果物を出して高く投げた。

 それを追って翼竜がふわりと舞い上がる。

 キイ!

 ルリイは一声高く鳴いた。


 深い青が荒野の空に重なり、一気に遠ざかっていった。





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[一言] おはようございます!nekoです。 戦い済んで、日がくれて〜、じゃないですが、ビジュール&牛ネズミ戦の後のご一行と村人たちの様子ですね。アフェルはSSSハンター(!)だけに、装備品には手を抜…
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