臨月ーノゾムツキー
ジリリリリリ…
毎朝定時に鳴り喚くそれに、無理矢理引き上げられるように意識が浮上する。
それ に伴う周囲の空気と朝の騒音が、アレが夢であった事を自覚させた。
瞼が重いのは夢も現実も変わらない。けれど心地良さは圧倒的に夢に軍配が上がる。
現実にはあるものが、夢の中にはないからだ。
例えば、時間とか、時間とか、時間とか…。
学校とか、成績とか、生活とか…。
「…アホらしぃ…」
語尾が消え入りそうな布団の心地良さと戦いながら、意識を現実へと今度は自力で引き上げていく。
もそり、と布団から這い出し、そのまま大きく伸びをする。
「よし!」
自分自身に気合を入れ、わずかばかり引きずる眠気を無理矢理振り払う。
しっかりと絨毯を踏みしめ、前日ハンガーにかけた制服に手を伸ばすと同時にパジャマをベッドの上に脱ぎ捨てた。
*
殺風景なリビングでテレビを見ながら一人朝食を取る。
ぼんやりと朝の情報番組を眺めながら、口を動かす。
口の中のパンを牛乳たっぷりのカフェオレで流し込み、ふと、テレビ画面の端に表示される時間に気づき、慌てて食器を流しに置き、カバンを掴み、バタバタと走り込んだのは居間だった。
「いってきます!」
仏壇に向かって手を合わせ、今度こそ玄関へ向かってダッシュした。
玄関を出れば、微妙な天気。
道には大小の水たまり。
傘へとのばされた手が一瞬だけ迷うが、結局傘の取手を握り、家を出た。
「よっ、ほっ」
軽く駆け足になりながら、水たまりを飛び越える。
だが、進む足は変わらない。少しでもスピードを落とせば間違いなく遅刻だからだ。
そうして駆け足とジャンプを繰り返す先に、一際大きな水たまりが道を塞いでいるのが見えた。
やたらと大きいその水たまりは、普段であれば、一つ筋違いの道を選ぶ代物だが、生憎とそんな余裕はこちらにはない。
「しゃーない、靴は学校で乾かす、か!」
意を決して飛び、水たまりの比較的浅い場所に靴先が着地する筈だった。
「え?」
それはとてつもなく間抜けな声だったと思う。
ぽちゃん
小石でも投げ込んだような軽い音を立てて、少女は水たまりの中に消えた。