鶴はたゆたう
丹念に鶴を折る。
一羽一羽、指先にまで意識をつめて、折り方を教わった日の事を思い出しながら。
みっつ歳上の従兄は魔法使いだった。
まだ小学生にもならない私にとって、彼は何だって出来てしまう憧れの存在だった。その魔法は殊更指先に在るようで、見る見るうちに色紙を折り上げては、今にも身動きしそうな動物たちに変えてしまう。
けれどせがんで折り方を習っても、私の指はどうにも不器用だった。教わった通りに作った鶴はひどく不恰好で、到底上手く飛べそうにはなかった。
私がぐずると、
「大丈夫。そんな事はないよ」
彼は微笑んで、そっと息を私の鶴に吹きかけた。
するとそれはふわりと浮き上がった。ゆらゆらと頼りなく、けれど確かに鶴は飛んだ。
ひとつ。
ふたつ。
みっつで危うく揺れ始め、
よっつでことりと卓に落ちた。
常識的に考えるなら、それは幼い日の幻想だ。ほんのわずかな時間とはいえ、折り鶴が宙をたゆたうはずもない。
でも私ははっきりそれを見たし、だからその時鶴は飛んだのだと、今も固く信じている。
思えば、淡い初恋でもあったのだろう。
けれど遠縁の彼に会う機会などそう頻々とはなかったし、私と彼の人生が交錯する事もついぞなかった。
それでも感傷は残った。私は彼の結婚式にはいかなかった。どうしても抜けられない仕事があると嘘をついて、祝電を贈るだけに留めた。
その彼が倒れたと急報が入ったのは昨夜半の事だった。
面会はいつでも自由と聞かされたが、やはり行かなかった。
集中治療室に出入り自由とは、それはつまり「もう機会がない」という意味合いだと判ってはいた。
それでも、行けなかった。
理由は子供じみてひどく醜い。
だから私は鶴を折る。
平癒快癒を祈ってではなく、不安から心を逸らす為に。
一枚を一羽に変え終えて、ふっと息をついた、その時。
折り上げたばかりの鶴が飛んだ。
ひとつ。
ふたつ。
みっつで危うく揺れ始め、
よっつでことりと卓に落ちた。
同時に、電話が鳴った。
訃報であると、出る前から判っていた。