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ちょっと重い過去になります。
死に関する表現がでてきます。苦手なかたは読み飛ばしてください。
「誕生日おめでとう。美月も、もう16歳か」
感慨深げな、祖父の声にさすがの美月もロウソクが飾られたケーキから視線をあげる。
「大袈裟だよ、おじいちゃん」
「天国の両親も喜んでいるだろうて」
「おじいちゃん…」
二人はしんみりとテーブルに飾られた写真立てに視線をむけた。
写真立てには、仲の良さそうな家族写真が飾ってあった。笑顔を浮かべた両親の間でお気に入りだったピンクのワンピースを着てご機嫌な少女が、幸せそうに笑顔をこちらに向けている。
あれから5年ー
写真の少女は成長したが、両親は年をとることはなかった。
美月の震える指先が、フレームに触れるや否や小さな音をたてて倒れた。
まるで、不吉な予感を体現するかのように。
その日は、クリスマスも近く、非常に寒く乾燥した夜だった。
早くにベッドに入った美月だったが、何かが燃えるような臭いに目が覚めた。
扉の隙間から煙が入り込んできている。
あわてて飛び起きた美月は、パジャマの袖口で口元を押さえて、思い切り扉を開けた。熱気と煙がうねりとなって美月に襲いかかってくる。
「おじいちゃん!!」
声の限り叫んだ。
炎の向こうで、影が揺らめいているのが見えた気がした。
「おじいちゃん…ゴホッ」
熱と煙が、喉に襲いかかる。
「ゴホッ、ゴホッ」
咳と涙で意識が霞みはじめた。
「おじい…ちゃん…」
大きな闇が美月を飲み込んだ。
彼女の記憶に最後に残ったのは、まるで狂ったようにうねり続ける赤い炎だった。
重い灰色の空からは、冷たい雨が針のように美月の体を容赦なく打ち付ける。
美月はただぼんやりと視線を宙に向けた。
煙突から沸き立つ煙は、静かに灰色の空に同化していく。
何度めになるだろうか…
こうやって大事な人を見送るのは。
どうして、自分はここにいるのだろうか。
なぜ、大事な人たちは自分だけを残して云ってしまうのだろうか。
昇る煙を写す双眸には生気も感情も感じられない。ただ、息をしているだけ。そこにあるだけだった。
ロウソクの火の不始末ー
そんな簡単な理由で片付けられた。
美月は全てを失ってしまったのに。
帰る家も迎えてくれる家族も、すべて。
雨を吸って重くなる制服とは逆に美月の心は乾いていく一方だった。
指一本を動かすのも億劫だった。
感じることも、全て。
全てが虚ろだった。
もう、どうでもよかった。
ほっかり空いた穴は、じわじわと広がり美月を飲み込んでいった。
過去編はもう少し続きます。