契約
何とか都合がついたため投稿します。
多少不自然な所があっても笑って許して下さいな。
-いー天気だね~。-
「…そ、そうだな。」
-俺さ~、今までずっと真っ暗な中にいたから青空が嬉しいんだよなぁ。-
「…なる…ほど……」
-ん、どしたの?息上がってるよ?-
疲れた様子の同行者、いや、新しく出来たばかりの相棒を気づかう俺。
「…だ、誰の…せいだと…思ってるんだッ…!」
誰のせい?それはまぁ…
-俺のせいだろ。-
まぁ確かに体力自慢なわけでもない女性がデカい木箱をしょって森の中を歩けば息も上がるってもんだろうな。
-てかナーシャちゃん、確かに敬語も畏まった態度もいらないとは言ったけどさぁ?なんか順応早くないか?-
「貴方が……良いと言ったんだろう…?」
-うん、だからそうなんだけどな?なんかこう……なんて言うんだろなぁ?-
「…ただでさえ…息が、切れているのに…適当な会話…を…振るなぁ!」
-はっはっは。頑張れー。-
明るい日の光が差し込む昼間の森、その中を大きめな木箱を背負って歩く女性がいた。木漏れ日を照り返す見事な銀の髪を持つ麗人だが、服装は簡素なものであり背中の木箱もあまり立派とは言い難い。何より、このような森の奥を若い女性が一人歩いている事が不自然だった。
何故このような事態が起こっているのか。
話は数時間前に遡る。
/////
俺が運搬を頼んだ娘は、しばらく何か考えていたようだが再び、今度は酷く緊張した様子で話しかけてきた。
「あ、あの…少し私の話を聞いて貰います。」
-どうぞどうぞ。-
俺も久しぶりに人と話せて嬉しいことだし。
「え、あっさり承諾された?……とにかく、貴方は私が召喚の儀式を行い魔界から呼び出しました。」
-うん。そうみたいだな。-
魔界…魔界、ねぇ?あの真っ暗な石造りの空間ってそんなに大層な場所だったんだな。
「私が行った儀式、召喚魔法の儀式はこの数百年使われたことのない伝説的な召喚魔法で、そのあまりの危険性に超一級禁魔法の筆頭に指定されている魔法です。」
-ほうほう。何で禁術指定なのさ?-
「…単純に危険過ぎるからです。もともとこの魔法は、人間にはどうしようも無い事態が起こった時に魔界から強力な魔獣を呼び出してその力を借りるというものでした。しかし、人間の手に負えない事態に対して低級な魔獣を呼び出した所でなんの意味もありません。そこでこの魔法は、魔界にあっても非常に強大な存在の魔獣を選んで呼び出す魔法として編み出されました。普通の召喚魔法との一番の違いですね。そしてそれほどの魔獣を呼び出すのであれば、呼び出した魔獣の暴走だけは何としても防がなければなりません。……そのためにこれから行う召喚魔法の儀式の第二段階が作り出されました。」
-ふぅーん。あれ?でも俺ミミックだぞ?-
「それなんですが…私も動揺して尋ねていませんでした。…貴方のレベルを聞かせて頂いても?」
-71だが。これって高いのか?-
低いってことは…無いよな?
「…なるほど。レベル70以上の魔獣はこの世界では《魔王》クラスと呼称されます。先程のランクS~Eは魔獣ごとの種としての平均値、クラスというのは個体ごとの力に対しての俗称です。モンスターというのもレベル20以上の魔獣の俗称だったりするんですが…わたしが使った召喚魔法はもともとのものを独自に改造して召喚するレベル帯を下げた代わりに必要な魔力を少なくしたものなんです。現れる魔獣は大体65~75くらいのレベルの魔獣を考えていたんですが、成功したようですね。」
-そのようだな。んで?第二段階ってのは?-
「…はい。第二段階では、呼び出した魔獣と直接交渉します。もともと数人で行う魔法なので、全員の全ての魔力と引き換えに一つ言うことを聞かせる魔法なんですが……この魔法は私が一人で行えるように改造したオリジナルです。いくら何でも一人でそれほどの魔力を提供する事は出来ませんから……そのかわりを私の全てであてます。」
-?と、いうと…?-
「今の貴方は召喚魔法に縛られてその陣から出られないはずです。……私の願いである「村を守る」ことを約束して頂ければ、すぐに陣はその効力を失います。私の肉体は食べて頂いても結構ですし、魂も好きにして頂いて構いません。魔力も残り少ないながら貴方に捧げられますし、現時点で私の所有する物の所有権も貴方に移ります。これで不満があれば応相談といったところですか」
凄い覚悟だな、おい。しかし…何でまたそこまで他人の為にやれるのかねぇ?
-あー、なんだ。その村には家族でもいるのか?-
彼女は俺の質問に大きく目を見開いたが、すぐに微笑を浮かべた。終わりを待つ者の清廉な笑み。俺が微妙な態度で尋ねようとしたことを、彼女はすぐに察したようだ。
「…あの村に家族はおりません。いえ、そもそも私には家族と呼べるような者がいたことはないのですが。私はかつて宮廷魔法使いなどをやっていましてね、当時の私は宮廷内の権力闘争やら陰湿な権謀術数やらに疲れきっていました。…だから、逃げたんですよ。逃げて逃げて…たどり着いたのがあの村でした。あの素朴で暖かい村の人々は私の心を救ってくれたんです。……今度は私の番だ。」
そこまでを一気に話したナスターシャは、そこでふと俺のほうを見つめた。
「貴方は不思議な魔獣ですね。…人に対して敵対的ではなく、その心に興味を持ったりする。」
「そんな貴方だから正直に話せば、私とて命は惜しい。私は命をなげうって英雄になりたいわけでも人々の為に笑って犠牲になれる聖人なわけでもありませんよ。」
なにやら決意を秘めた目をしたナスターシャ。だが、同時に僅かな緊張と怯えも見て取れる。……あれ?俺なんか悪役っぽくないか?
別に女一人くらい食べたって何にも変わらないし、魔力も有り余ってるんだけど……
いや、でもくれるというなら貰っておこう。食べたりはしないけどね。
-…いいだろう。契約は成立した。その村を守って見せようじゃないか-
俺がそう言う(念じる)と、足元の陣がふっと効力を失ったのを感じた。なる程、なくなって初めてわかったが確かに陣は俺を縛っていたようだ。
「!!……ありがとうございます。では、私が村までお運びします。後は……お好きにしてください。」
…何だろう、ホントに何だろう。なんかこう…悪代官にでもなった気分なんだが。私を好きにする代わりに村の年貢を軽くして下さい、みたいな?
まあアホな事考えてないで交渉の続きといこうか。
-あー、待って待って。契約は、俺がその村を守る代わりに君は全てを捧げる、だったよな?-
「…はい。何かご不満が?」
-いや、不満とかじゃなくて…君の全てって事は生かしておいて働いて貰ってもいいわけだ?-
その言葉に彼女は初めて嫌悪感の滲む視線を俺に向けた。
あれ?なんか変な事言ったか俺?ただの確認のつもりだったんだがな。
「…構いませんが、男性、取り分け魔獣を悦ばせる術には自信がありません。」
-いやいや違うから。下方面の話じゃないよ。-
「それでは私を生かして何を?」
-運搬を頼むと言ったろう。…俺は世界を見て回りたい。だが、ミミックだからな、まともに移動が出来ないんだ。よって君には俺を背負って旅をしてもらいたい。-
そう、それが俺の密かな夢だった。せっかくの転生、せっかくの新世界、見て回れないのが悔しかったのだ。自分のいた世界とは全く異なる異世界に来た以上、旅をして回ってみたいと思うだろう?
「…その…ような事で?」
-うん。頼む。-
「本当に…?」
-それがこっちの要求だ。ってか敬語もいいよ。……それとも、それだけは嫌な事情とかあるのか?-
まだ呆けたような顔をしていたナスターシャは、俺の質問に我に返ったようにぶんぶんと首を横に振った。
「いえ!いえ、そんな事はありません。…実は、私も世界を旅してみたいと思っていたので……」
-そうか、それは良かった。んじゃあ、ホワイト・レッサードラゴン退治とこれからの旅の相棒として、よろしく。-
「こ、こちらこそ。改めて、ナスターシャ・セイン、ハイエルフで、以前はこの国の城で宮廷魔法使いをしておりました。…どうぞ、よろしく」
-…やっぱ敬語は止めてくれよ。何か堅苦しくて嫌だ。-
「しかし…」
-敬語禁止-
「わかり…わかった。それじゃあ、ホワイト・レッサードラゴンの所へ向かおう。」
-何か久しぶりに食べる気がするな。楽しみだ。-
こうして、俺とナスターシャ・セインの奇妙な二人(?)旅が始まったのだった。
/////
ナスターシャがへばってしばらく。現在の彼女は軽い足取りで森を抜けようとしていた。
-何だよ。元気じゃないか?-
「背中の重りが無くなったからな。…自分の重さを消す魔法があるなら最初から使ってくれないか?」
-いや、忘れてたわ。-
「…………。」
ナスターシャは黙り込んでしまった。そう怒るなって。
-あ、そろそろ森も終わりみたいだぞ?-
だんだん木がまばらになり始め、空が良く見えるように……
-おいおい…ナーシャちゃんよ、昼間っからキャンプファイヤーはやらないよな普通。-
ナスターシャが村のある方だと言っていた方角の空は、黒い煙が立ち上っていた。どう見てもちょっとした小火という規模じゃない。
村の壊滅という規模だ。
「……そんな……」
背中越しに、悲鳴のような声が聞こえた。意識をナスターシャに向けると蒼白な顔で食い入るように煙を見つめている。
「…だって、あの竜はまだ村を襲ったりしないってギルドは……」
-おい、大丈夫か?-
「私は…なんのために……?」
不味い、パニックを起こしかけてるな。……まぁ、よりどころを一気に村ごと失ったなんて発狂しても可笑しくない事態だろう。
……失ってそこまでショックを受ける程のものがあって羨ましい、というのはこの場に相応しく無い感情なんだろうな。
まぁ、今はとにかく状況の把握と背中の相棒を落ち着かせることか。
これからの面倒と彼女の悲哀を思った俺は、一人万感のため息をつくのであった。
そりゃー、確かに暇なのは嫌だが…こんなにてんこ盛りのハプニングを押し付けられてもそれはそれでお腹一杯なんだがなぁ。