カドのある人生、始めました。
初めまして、インテグラルと申します。
今回は、練習作品として初投稿させてもらいます。
作者の文才はミジンコのうえ、更新速度もゾウリムシだと思われますが、それでも構わないという心優しい方の暇つぶしにでもなるといいな~と思っています。
「彼」の意識は唐突に覚醒した。
(……ん、あれ…俺は…?)
ぼんやりとしたまま辺りを探る「彼」。
(確か、俺は病院のあのベッドの上で死んで……)
未だしっかりとした思考を構築出来ない「彼」は、ふわふわとした思考回路で自分の身の上を確認する。
「彼」には直前の死の記憶があった。
特別幸運でも不運でも無かったはずの青年だった。
ごく普通に生まれ、育ち、不運なことにとある致死の病に倒れてしまう。
一般的に見れば不幸な人生だったかもしれない。
しかし、「彼」はそこまで自分の人生と運を恨む事も無かった。
そうなり得る可能性があればもっと生きたいとは思っただろう。
だが、そうはならなかった今においても大した後悔はない。
彼のその人生観は、何事にも淡白だった彼の人格をよく表している。
(ここはどこだろう…?)
見知らぬ場所だった。
辺りは真っ暗であり、床が比較的平らな石で出来ていることから何らかの室内と考えられる。
部屋の奥にはアーチ状にくり抜かれた入り口がある。
(何でこんな場所にいるんだ?いや、それよりもなぜ一度途切れた意識が続いている?)
ちなみに、「彼」は死後の世界等の存在を一切信じていない。
そのような話が嫌いなわけではないが、まぁ無いだろうな~というのが生前の「彼」の死に対する観念であった。
(おかしいぞ?なんだこの状況は?)
時間が経つに連れて思考ははっきりとし始め、今の異常な事態が理解出来るようになってくる。
(俺は死んだ。…それは間違い無いよな?流石に。)
(でも、意識がある。)
だんだんと不安になってきた「彼」は、とりあえず周りの状況をもっとよく確かめてみることにする。
辺りが真っ暗なため、よくよく目を凝らし…
(あれ?)
目を凝らす?
今更ながらに自身の身体に起こった変化に気づく「彼」。
(こんな真っ暗な部屋で物を「見た」?)
それも、かつてとは比べ物にならないくらい詳細で鮮明で正確に。
少し意識を広げれば、自身の周囲360度が視界に入った。
辺りには一切の光源が無いにも関わらず物が「見え」、知覚できる。
明らかに異常だった。
そこで、「彼」はようやく自覚する。
(あれ?今の「俺」は人間なのか?)
自分の「手」を眼前…いや、全方位が眼前とも言えるのだがとにかく持ち上げてみる。
目に映ったのは、くねくねと自在に動く二本の触手。
(……は?)
「彼」は、自分の目で見たものが信じられず、反射的に目をこすろうとした。
(…………。)
触手が近づいて来て、左右に頼り無く揺れる。
(…は?え?何これ?)
今度は、自分の身体を手(触手)で触ってみようとしたのだが……
(え、硬った!?何だよこれ、木製?)
「彼」の感覚的に自分の身体があるはずの場所に鎮座していたのは木の箱だった。
上面が引き上げ蓋になっていて、今動かしている触手もその隙間から伸びている…ようだ。
とりあえず、「彼」は自分の身体をペタペタと触りまくる。
(いやいや、身体が箱(木製)っておかしいだろ生物として。)
しかし、調べれば調べるほど箱である。
縦60cm、横80cm、高さ70cmくらいのなかなか大きくて立派な木箱のようだ。
表面からは木目の感触がある。
(はぁ…。いくら確かめても箱は無くならないよな。それじゃあ、中を調べてみるか。)
「彼」の意志に従い、触手が箱の蓋付近…つまり触手自体の根本でもあるわけだが、その隙間に近づいていく。
スルリと隙間から侵入した触手は、箱の内側を探り、そして大きすぎる違和感にピタリと動きを止めた。
箱は、慎重に伸ばされた触手をほぼ全て飲み込んだ。
深さ70cm程度の箱が、長さ1m程の触手をやすやすと受け入れたのだ。
触手を伸ばしたままで。
(!?…おかしい、箱の深さは触手の長さより小さかったはず。)
だが、現実に箱の中はいくら触手を振り回しても壁に当たる気配はなく、それどころかどこまでも続いていそうな得体の知れない巨大さを感じさせた。
(この中…いや、今は俺の中、か。とにかく、まともな空間ではないな。明らかに何か異常な空間につながっている気がする。)
(ん?…まてよ、何かこんな化け物がいた気がするな。箱の身体…触手…異空間につながる入り口…。)
(箱の中に隠れていて、触手で他の生物を捕まえ、口を開ければ無限の胃袋…って、あ。)
(まさか、アレか?…いやいやそれは無いだろ。)
(いくら何でも…まさか、なぁ。)
(でも、今のところ手に入った情報が当てはまる生物が一つしか思い浮かばないんだよなぁ?)
そこまで考えた「彼」は、ふと思考の海から抜け出すと、相変わらず静かな闇が埋め尽くす眼前に向かってそっと呟いた。
(…やはり、ミミック、か。)
※ミミックに発声器官はありません。
呟いたつもり、というのが正確です。
こうして、「彼」の新たな宝箱人生…いや、初めての箱生が始まったのだった。
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始まったのだったが。
(まいったな…ミミックの生態なんて想像も出来ないんだが。)
なにせ、宝箱の中から触手が生えているだけの謎生物である。
普段何をしているのか、とか、主に何を食べているのか、とか、疑問は尽きない。
…ミミックって、あらゆる生物の中で一番生態が謎な生物なんじゃなかろうか。
そんな事を考えていた彼だったが、とりあえず移動する事にした。
何事も、自分で動いて情報を集めるのが「彼」の主義だった。
立ち上がろうとして…
(あれ?ミミックって、足無いよな。)
……………。
(え、嘘、まさかの移動不可能!?)
と、ここで「彼」は外見上唯一自分とただの宝箱を区別する存在に気づく。
(そ、そうだ、触手があるじゃないか。)
触手を先の方の地面に押し付け、身体兼宝箱を引きずろうとして、「彼」は愕然とした。
(この触手…意外と非力だ……。)
ずりずりと人であった頃の歩みよりだいぶ遅い速度で身体が進む。
もともと一定個所に止まって罠をはる(というイメージの)生物であるためか、移動能力はやたらと低いらしい。
ズリズリ…
ズリズリ…
ズリズリ…
ズリズリ…
ズリ…
…
…
(おっそ!!)
驚愕の鈍足だった。
(え、何、俺はこれからこのスピードで生きていかなあかんの!?)
思わず関西弁になるくらいのショックだったようだ。
その時だった。
ウ~~~~~オ~~~~~~~。
妙な声が聞こえた。
人間の呻きのような、それにしては音程が低すぎる奇妙で不気味な重音。
「彼」…以後ミミック…は、その奇妙な音にピタリと動きを止めた。
恐る恐る辺りをうかがう。
(何かいるのか?)
五感を全開にして情報を拾おうとする。
そして…
(これは…足音?)
微かに足音らしき音を捉えた。
少々乱れ気味ではあるが、二足歩行をしているような気がする。
だんだん近づいてくる。
(マズいマズいマズい!もう近くにいるぞ。)
アーチ状の部屋の入り口まで到達していたミミックは、全速力で部屋の奥に逃げ戻ろうとするが…
(ギャー!全然進まないー!!)
足音はゆっくりと近づいて来る。
(…も、もち着け…じゃない落ち着け、俺。あの足音が何も敵とは限らないだろ、道に迷って困ってる美少女かも知れない。)
既に、足音ははっきりと聞こえるようになっている。
ビタッ…ズルルッ…ビタンッ!…ベタッ…
(…そ、そうとも。きっと可愛い女の子さ!…ちょっと千鳥足だけど。)
ビタッ!ズルッ…ベタンッ!
(ギャー!やっぱ怖い!俺も化け物だけどホントに怖い!…ってあ、ミミックじゃん、俺。)
ミミックは、触手を箱にしまうと蓋を閉じ、「僕、ただの箱だよ?」形態に移行した。
専門なだけあり、その姿はどこから見てもただの箱、ちょっと古ぼけた木箱が打ち捨てられているようにしか見えない。
(よ、よし。これで安全だろう。)
とりあえずやれることをやったミミックは、足音に意識を集中する。
謎の足音は、もうすぐそこだった。
ビタッ……ズルッ…ベタ…ビタッ……ビタッ…
(…………。)
ズルッ……ベタ…ビタッ……ビタッ……ビタッ……
(……………ブルッ。)
ビタッ……ビタッ……ベタ…ベタ…ビタッ……
足音は、ついにミミックのいる石室の入り口に達した。
(来るな来るな来るな来るなぁー!)
ミミックの祈りも虚しく、足音の主はゆっくりと顔を覗かせる。
それは……
流れる金髪。
真っ白な肌。
抜群のプロポーション。
(美少女だったーー!…これは、タイプだったかもしれないな。)
白目をむいて、腹から腸を引きずってなければだが。
左手もとれそうだし。
口元には派手な血化粧が。
(どう見てもゾンビです本当にありがとうございました。)
「ウ~~~~~~~オ~~~?」
(こっちに興味持ったぁー!!)
ふらふらと近づいて来るゾンビ(多分)。
(怖えーー!何このリアルバイ◯ハザード!?)
主人公が箱のバイ◯ハザードなんて聞いたこと無いけど。
ついに目の前に立ったゾンビ(確定)。
腐り始めた両手が箱にかけられ…
(え?ちょっ…なんで開けようとしてんの!?ゾンビにそんな知恵があるわけ…ちょっ、やめ、開けないでー!)
開けられた。
だが、それだけだった。
蓋を開けたゾンビは、そのまま立ち尽くし箱の中に虚ろな視線を落とすのみである。
(もしかして、ゾンビはミミックは襲わないのか?)
あり得る話ではある。
ミミックを襲ったゾンビが得るものなんて木片くらいだと思われる事であるし。
勇気が出たミミックは、ゾンビの目の前で触手を振ってみた。
フリフリ。
(何の反応も無いな。)
と。
突然ゾンビが触手を捕まえると、口をあんぐり開いてその中へ…
(ってさせるかー!!)
慌てたミミックは、触手を箱の中にしまった。
…しっかりと触手を握り締めたゾンビごと。
ミミックの箱の中に広がる不思議空間は、明らかに自分より大きいゾンビをやすやすと飲み込んでしまった。
(…あれ、え?)
(ぞ、ゾンビ食っちまったー!?)
…前途多難であった。