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第一章 高校生活 Ⅳ

 

 昼休み。

 生徒は持参した弁当を持ち寄ってさまざまな話に花を咲かせていたり、学年の違いなく学生食堂の列に並び一番人気の定食が運ばれてくるのを待ち望んでいる。

 ユウキは、吉田拓(たく)()飯山葵(あおい)岩井真()()の四人で食堂に来ていた。

 拓矢たち三人は弁当を持ってきているが、ユウキだけは食券を握って他の生徒同様に列に並んでいた。

 上村(かみむら)家の両親はやはり家を開けていることが多く、弁当を作れるほど料理の力量を持たないユウキはこうして三人に付き合ってもらっている。

(電話で声を聞いた時は、本当にそっくりだったもんなー)

 他人事のように、ユウキは初めて聞いた悠生の両親の声を振り返る。前日に悠生の両親からの電話があったのだ。不意に家の固定電話が鳴った時は、ユウキは飛びあがるほどに驚き、恐る恐る受話器を取っていた。

 そっくりの程度を超えて、全く同じ声なのだが、ユウキは深く考えない。一度も顔を見たことがないため、あまり実感できないでいるのだ。

 ようやく頼んだカツ丼が運ばれてきて、ユウキは自分が頼んだ料理ができるのを待っている生徒の間を縫ようにして歩き、テーブルまで向かう。

「遅かったね」

 先に取っていたテーブルに着くと、三人はすでに弁当を広げて半分ほど食べていた。

「……人を待とうって気はないんだな」

「悪い悪い。我慢できなかったんだって」

 そう言いながら、拓矢は自分の弁当に箸を伸ばしていく。

(最初から待つ気なんてないくせに――)

「今日はやけに人が多かったんだよ」

 拓矢の隣に座りながら、ユウキは愚痴をこぼした。

 耳を澄ませると、周囲のテーブルから楽しそうな会話がいくつも聞こえてくる。どこのテーブルも夏休みを目前にした昂揚感に満ちているようだった。

「それで、拓矢はお盆休みとかないの?」

「ん~、ないなぁ。大会近いし――」

「えぇ~。それじゃ旅行行けないじゃん」

 と、文句を言ったのは真希だ。

 どうやらユウキがこちらの世界に時空移動する前から、四人で夏休みは遊びにいこうと計画をしていたらしい。あまり乗り気ではないユウキだが、最初から四人で話しあっていたことを今さら断るわけにもいかなかった。

「別に遠出じゃなくて、普通に近くで遊ぶだけでもよくない? 花火大会とかあるしさ」

 そう提案した葵に、拓矢も「それなら全然行ける」と大きく頷いた。

上村(かみむら)くんはどう?」

 唐突に聞かれてユウキは口元まで運んでいたカツを一旦止める。

「俺はそれでいいよ。もしかしたら俺も夏休み忙しくなるかもしれないし」

「え、そうなの!?」

「急な用事ができそうなんだ」

 と、ユウキは誤魔化す。

「それじゃあ、仕方ないか~」

 旅行を一番始めに提案したらしい真希は残念そうにするが、葵の提案に賛同した。

「でも、二万発打ち上げる花火大会あるから、そっちにいこうよ!」

「打ち上げる花火の数で何か変わるのか?」

「なんか豪華さが違うじゃない!」

「えぇ~、そうか~?」と否定的な拓矢に、真希は地元の花火大会とはここが違うなど熱く語っていた。

 その様子を、ユウキは時折カツ丼を食べながら見ていた。

 このような会話をユウキは最近した記憶がなかった。

 いや、もう随分した記憶がなかった。

『覚醒者』であるユウキはあちらの世界では、それなりに危険人物とされている。『時空扉(タイム・ドア)』を巡って襲われたことがその証拠だ。また、『ルーム』と研究所を行き来するばかりの生活であったため、学校に通うということは本当に久しぶりだった。

「そりゃ打ち上げ花火はわくわくするけどさ~」

「何よ。不満?」

「いや、近場でいいじゃんってだけ。わざわざ遠くのまで行かなくても――」

「せっかくの夏休みだから、遠出しようって最初にみんなで決めたの忘れたの!?」

「わ、忘れたわけじゃないけど……」

 (どんぶり)を食べつつ話を聞いていたユウキは、真希がグループのリーダー役なんだ、と思った。

 あちらの世界ではユウキたちの仲間に真希はいない。トモユキが親代わりとなってくれているが、ミユキたちといる時はタクヤも結構引っ張ることが多かった。

(こっちの拓矢はちょっと違うな……)

 と、ふと思う。

 性格に大きな違いはないのだろう。しかし、積極的な意見はそれほど述べていない。そのことがユウキの胸に引っ掛かった。

「どうかしたの?」

 じっと黙っていたユウキに、葵は不意に不思議そうな視線を向けてきた。

「い、いや。何でもない」

 慌てて、カツ丼へ箸を動かす。

「……?」

 釈然(しゃくぜん)としない葵はまだユウキへ視線を向けているが、そこへ真希の声が割って入ってきた。

「二人もそれでいいよね?」

「え?」

 途中から真希と拓矢のやり取りを聞いていなかったユウキは、思わず聞き返した。

「だから、隣の市の花火大会でいい?」

「あ、あぁ。うん、俺はいいよ」

「私もいいよ。みんなで花火大会行くとか何時ぶり?」

「っていうか、俺らで花火大会とか行ったことあったっけ?」

 記憶を辿(たど)りながら、拓矢が口にする。

「あ、そっか。去年はみんなで行かなかったね」

「そうそう。拓矢は部活って言うし、上村くんは用事あるって言うし――」

 去年のことを掘り返して愚痴られるが、ユウキには身に覚えのないことだ。言い訳もできず、ただ「悪かったって」と謝るしかなかった。

「もう気にしてないよ。でも、今年こそはみんなで行くんだからね!」

 意気込むように言う真希に、ユウキも拓矢も「わかった」と答えた。

「それでよし! あ~、もう楽しみ!!」

「気が早いな。まだ一カ月も先だってのに」

「だって、青春してるって感じじゃない?」

 真希は本当に花火大会を楽しみにしているようだった。会話の端々に楽しみと何度も言うほどだ。

(そういえば、花火なんてもう何年も見てないな……)

 これが来月行く花火大会なんだよ、とすでに待ちきれない様子の真希が携帯電話で見せてくる画像を見ながら、ユウキはそう思い返した。

(学校もそうだけど、それどころじゃなかったもんな)

 ユウキがいた世界は年や地域によっては、花火大会をやっている場合ではない、というほど『覚醒者』絡みの騒動が大きいことも多々あった。それは花火大会に限らない。様々なイベント行事は、これまた様々な原因で中止せざるを得なかったのだ。

(俺が暮らしてる街じゃ、特にそうだったし)

 と、まだ一月も経ってないのに、ユウキは懐かしく思う。

 それほど、こちらの世界はユウキにとって違っていたのだ。

「浴衣ぁ!?」

 突然、拓矢の素っ頓狂な声が聞こえてきた。

「当然よ。お祭りだもん」

「え~、めんどく――」

 拓矢はそれ以上何も言えなかった。

 真希が「文句あるの?」と言わんばかりに、(にら)んでいると思えるほど強い視線を向けていたからだ。

「分かった、分かったよ。みんな、浴衣着用ね」

「みんな!?」

 拓矢の言葉に、今度はユウキが驚いた声を上げた。

「どした?」

「家に浴衣なんて、たぶんない」

「持ってない?」

「あ、あぁ……」

 というよりも。

 ユウキは上村(かみむら)家に辿り着いてから、まだ日が浅い。家に浴衣があるかどうかなど、当然分かりもしない。浴衣を持っている、など簡単には言えなかった。

「あのなぁ。そりゃ女子は祭りとかで気合入れるために浴衣持ってるかもしんないけど、男がみんな浴衣とか持ってると思うなよ?」

「そ、そうかもしれないけど……。でも、拓矢は持ってるのよね?」

「いや、持ってない。親の借りるんだよ」

「あ、なるほど」

 と、真希は納得した表情を見せた。

「じゃあ、上村くんは私服で――」

「ちょっと待て! それなら俺も私服でいいよな?」

「拓矢は親の借りるんでしょ? なら強制よ」

「はぁ? なんでだよ。私服のが楽なんだけど」

 文句を言う拓矢だが、問答無用と言うように真希ははねのけた。

 二人のやり取りを見て、ユウキは我慢できずに吹き出してしまう。

「な、なんだよ、悠生」

「わるいわるい。仲良いんだなって思って」

 ユウキの言葉に、拓矢は「ば、ばかっ!」と叫んだ。

「葵だって、そう見えるでしょ?」

 と、同じようにやり取りを聞いていた葵に振る。

「うん、まぁ、そうだよねぇ~」

「……?」

 葵の気の抜けたような返事に、ユウキは首をかしげる。

 その視界の端で、真希が浮かない表情をしていた。

「あのなぁ、俺と真希はそんなに仲良しじゃないぞ?」

「え、そうか?」

「そうだよ。いっつも言い合ってばっかりだし」

「それを仲良しって言うんじゃ……」

 やけに否定する拓矢に疑問を抱く。ユウキには、どう見ても拓矢と真希は仲良しに見えるのだ。グループの中で一番仲が良いコンビかもしれない。

「だから違うっての。それより花火大会行くのも決めたし、そろそろ戻ろうぜ。昼休み終わっちまうよ」

「そうね。教室戻ろっか」

「うん」と拓矢に続いて、ユウキたちも立ち上がる。

「真希?」

 真希は一人浮かない表情のまま、ゆっくりと弁当を片付けていた。それまでの元気のよさがすっかりなくなっている。

(どうしたんだろう? さっきまであんなに張り切って祭りのこと話してたのに)

 真希の様子がおかしいことを、ユウキは不思議に思う。

「……」

 その後ろで、葵がやれやれというように頭を横に振っていた。

「どうした、真希?」

「あ、うん。すぐ行く」

 慌てて弁当を片付けて、真希は三人の後を追いかけるように立ち上がる。「お待たせ」と言った真希の顔には、また笑顔が戻っていた。




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