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第一章 高校生活 Ⅲ

 


 夏休み前。

 七月は、これから来る夏本番に向けてさらに熱気を溜めているような気になる。熱気に満ちた教室を生徒が快適に授業を受けられるように、備え付けられたヘアコンがガンガンに冷気を吐きだしていた。

「よーし。じゃあ、これから夏休みの課題を説明するぞー」

 教壇に立つ古文を担当している先生が課題と口にすると、教室から一斉に「えーっ」という声が()れた。

 生徒の文句も受け流して、先生は黒板に書かれていた古文の訳を消していく。

 その様子を眠気と戦いながら見ていたユウキは、ふと前の席にいる拓矢の背中へ視線を向ける。

(真希は知らなかった。それに拓矢は部活だったはずだから、あの時間に学校の外にいるわけがない――か)

 拓矢はバスケ部に所属していると、真希は言っていた。その練習があったため、真希がユウキを見つける前に学外にいたはずがない、とも。

(他の誰かが、拓矢の携帯を使って?)

 その可能性に思い至ったのはタクヤの『覚醒者』としての能力が、それに近いからだ。

 携帯電話を他人に貸すということはほとんどの者がしないだろう。だが、遠隔での電子制御を得意として、意識をネットワークへ自在に送りこめる能力を持つタクヤのような力を持つ者がいれば、手元に拓矢の携帯電話がなくてもメールを送ることができることになる。

 しかし。

(そんな力を持つ人間なんて『覚醒者』以外に考えられない)

 今までの生活で、こちらの世界には『覚醒者』はいない、とユウキは考えていた。

 誰かが拓矢の携帯電話を遠隔操作したのなら、その考え自体が間違っている可能性も帯びてくる。

 コンピュータウイルスを用いてパソコンを遠隔操作するなど、他の手段がないわけではないが、『覚醒者』であっても高校生だったユウキには考えも及ばなかった。

(こっちの世界にも『覚醒者』がいるってこと、か?)

 その可能性のみを考えたユウキは、自然と身体を硬直させる。

 いると断言することも、ありえないと断言することも今のユウキにはできない。その不安定さが、恐怖を感じさせるのだ。

(世界を越えれたのは『時空扉(タイム・ドア)』があったから――。それに、俺の能力ありきだってマユミは言ってた。でも、俺の能力以外にもそういう力があるんだとしたら――)

『覚醒者』にはまだまだ未知の部分が多い。

 ユウキの知らない能力を持つ『覚醒者』がいたとしてもおかしくはないのだ。その能力の内に時空移動や世界移動といったものがあっても不思議ではなかった。たとえ、その力がどれほど非科学的なものであっても。

(いや、そもそもこっちの世界にも『覚醒者』はいるものって考えたほうが――)

 いいのかもしれない。

 こちらの世界にも、ユウキがいたかつての世界にも、両方の世界に『覚醒者』は存在している。その数が違うだけで。

 そう考えるほうが、幾分か可能性を考慮するのは簡単だった。

(どっちだとしても、何が目的で……)

『覚醒者』の存在の可能性をどれほど考えていても、写真付きでメールが送られてきた理由はつかめない。

『覚醒者』はこちらの世界にもいるのか、いないのか。

 いたとして、写真添付メールを送ってきた目的は何なのか。

 そもそもメールを送ってきたのは『覚醒者』なのか、拓矢なのか。

 ユウキの頭の中は、ごちゃごちゃになっていた。

 教壇では依然として、先生が夏休みの課題について喋っている。黒板に書かれた夏休みの課題内容に目もくれず、ユウキは一人で頭を抱えていた。



 ユウキが拓矢へ視線を向けているのと同じように、真希もユウキのほうへ視線を向けていた。

(なんで怪我してたの隠したがるんだろ……)

 考えていることは、さきほどユウキが口にしていたことである。

 電柱に寄りかかるようにして気を失っていたユウキを発見した時、真希は驚いたとともに怖さを感じた。あれほど大量の出血を初めて目の当たりにしたからだ。

(何か事件に巻き込まれてるのかな)

 ユウキの真実を知らない真希は、自分が思い付く範囲の物差しで考える。

 けれど。

 どれも、現実のようには思えない。

 それほどユウキが倒れていた場面は、サスペンスドラマやアクション映画の中での出来事としか思えない光景だったのだ。

 黒板に書かれていく夏休みの課題にぼんやりと目を通しながら、真希はやはり怖さを感じる。

(事件に巻き込まれてるんだとしても、私に何かできるの……?)

 真希はユウキの力になりたいと思っている。

 その思いがどこから来るのかをしっかりと理解しているが、彼女は自分に何ができるのか分からずに、ただ虚しく視線を向けることしかできない。

「これらの課題を、二学期の最初の授業に提出するように。提出が遅れるのは許さないからな~」

 再度、教室から「え~っ」という声が上がる。

 それらの声も真希の頭まで届かない。

 ただ視線をユウキの背中へ向けながら、自分には何ができるのかとひたすらに悩んでいた。


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