第一章 高校生活 Ⅱ
朝のSHRが終わって、ユウキは一時間目の授業の準備のために席を立ち上がった。
他の多くの生徒も同じように立ち上がったが、彼らとユウキの表情は明らかに違う。ユウキの頭には、昨日拓矢から送られてきた写真のことが渦巻いていたのだ。
(……拓矢に素直に聞くか?)
けど、と頭が制止させる。
写真をどうしたのか、と尋ねたところで、拓矢の返答次第ではユウキが追い詰められることになる。自分の秘密を喋っても、とても大丈夫には思えないのだ。
(どうすればいい……)
ユウキは頭を悩ませる。
拓矢のアドレスから写真が添付されたメールが届いたことが、ユウキには大問題だった。
ちらっと視線を動かすと、同じクラスの拓矢が別のクラスメートと談笑している。その様子をいくら眺めていても、拓矢の表情からはメールを送ってきた真意は読み取れない。直接尋ねることよりも、こちらのほうが難しかった。
(……悩ましいな)
視線を別のほうへ動かせば、そちらには岩井真希の姿が見えた。
こちらの世界へ『時空扉』を使用してやってきたユウキを見つけて助けてくれたのが、彼女である。親が小さな診療所をやっており、そこで怪我を負っていたユウキを診てくれていたのだ。
一時間目は移動教室のため、真希は教科書やノートなどを鞄から取り出しているところだった。その周囲にはクラスメートの女子が何人かいる。どうやら、一緒に教室へ移動しようとしているみたいだ。
(確認しようにもあれじゃ……)
様子を見て、ユウキは躊躇する。
ユウキはまだクラスメート全員を把握していない。迂闊に話しかけることで、話題を振られる可能性もあった。
「真希ーっ」
「待って! すぐ行くから――」
用意を済ませて、真希も教室から出て行こうとする。
視界の端から真希の姿が消えていこうとしている。やはり躊躇しているユウキは、開きかけの口をそのままの形で止めていた。
(くそ……っ。今聞くしかないだろっ)
それでも。
思い切って、口を動かす。
「真希! なぁ、ちょっといいか?」
「……? うん、いいよ」
数人の女子と一緒に教室を出ようとしていた真希は不思議そうにするが、ユウキの後についていく。その様子を、一緒にいた女子たちがニヤニヤと見ていた。
「聞きたいことがあるんだ」
一時間目が始まる前の人気のない廊下まで来て、ようやくユウキは口を開いた。
「聞きたいこと?」
何だろう、と真希はもう一度不思議そうな表情をした。
「あぁ。真希が俺を助けてくれた時、写真を撮った?」
「写真?」
昔のことを思い出すような仕草をしながら、真希は「撮ってないよ」と言った。
「本当に?」
「うん。あの時は上村くんの怪我が酷かったから、それどころじゃなかったもん」
やはり、とユウキは思う。
思っていた通り、真希は怪我したユウキを慌てて内科をやっている家まで運んだようだ。
「そっか。急に悪いな、ありがとう」
「ううん。構わないけど、何かあったの?」
ユウキの質問の意図がわからなくて、今度は真希が尋ねた。
「いや、大したことじゃ――」
と、言いかけて、ユウキは言葉を止めた。
(拓矢が写メを送ってきたって事実は変わらないし、隠しておくほどのことでもないか? それに――)
真希にも協力してもらったほうが、拓矢から簡単に真相を聞けるかもしれない。そうユウキは考えた。
「実は、昨日拓矢から変なメールが来たんだ」
「変な?」
「あぁ。これなんだけど――」
そう言って、ユウキは携帯電話の画面に出した写真を見せる。
「こ、これは!?」
「拓矢が見せたいものがあるって言って送ってきたんだよ。ちょっと怖くてさ」
「た、確かに怖いね」
「真希も思う? こんな写真撮るくらいなら、助けてくれよって思うんだけど――」
「うん。その通りだけど……」
と、真希の返答は切れが悪い。
「どうかした?」
「拓矢が送ってきたんだよね?」
「……? あぁ、そうだけど」
「おかしいな」と口にしたのは、真希だ。
「その日、拓矢は部活だったと思うんだけど――」
「部活!?」
真希の言葉に、ユウキは驚いた。
真希の話では、拓矢は授業が終わるとすぐに部活に向かったそうだ。学校の外に出た様子もないらしい。
「うん。バスケの大会が近いからって、全員参加だから先に帰ってくれって私と葵は先に帰ったの」
「それは間違いない?」
「うん。葵にも聞いてみる?」
「い、いや、今はいい。俺が怪我してたのは、なるべく秘密にしておきたいんだ」
「あ、あぁ、そうだね」
と、真希も頷いた。
「真希も誰にも話さないようにしてくれ」
「うん、分かったよ」
真希の快活良い返事を聞いて、ユウキは自分の席へと戻っていく。
席へ戻ったユウキの頭の中には、真希が言っていたことが渦巻いていた。
(拓矢は部活だった。じゃあ、誰がこの写真を――)
疑問は増していくばかりだ。
見つからない答えに辟易としながら、ユウキは一時間目が行われる教室へ向かっていく。