第一章 高校生活 Ⅰ
『市立基橋高校』。
生徒数一〇〇〇人を越えるマンモス校は改築を何度か繰り返して、増える生徒数に対応してきた。そのため、校舎には一日の間に全く使われない教室が多く存在する。
その内の一つに小柄な男子生徒はいた。
男子生徒の前には何年も使われていないようなオフィス机に座った女の姿があった。小柄な男子生徒は、その女に話しかける。
「勘付いたようですね」
「でないと、困るわ。彼に少しでもこちらの気配を匂わせないと――」
「行動はまだ先じゃなかったんですか?」
「そのつもりだったわよ。けど、何やら向こうの世界が騒がしいようだから」
「騒がしい?」
小柄な男子生徒は眉をひそめる。
「えぇ。解放運動、とでも呼ぶのかしらね。また戦争やテロが起こるのでしょうね」
「また『眠る街』ばかりが増えていくんですか……。もどかしいですね」
「こちらの世界に影響はないとはいえ、やはり気分は良くないわよね。家族や知り合いが被害にあっているのだとしたら。……ったく、いつまでこっちにいればいいのかしら? 何か連絡でもくれればいいのだけれど」
二人は同時に神妙な顔つきになる。暗い表情は二人の口から声を消して、薄暗い部屋に沈黙が広がった。
「……」
じっと何かを考えているような女の表情を見て、小柄な男子生徒は小さく息を吐いた。
「とにかく、僕たちは与えられたことをこなす。ただ、それだけですよね?」
「えぇ。……そうね。それが、彼の望みなのだから――」
一度訪れた沈黙は長い間居座って、二人が再び会話することを邪魔しているようだった。
数秒経って、小柄な男子生徒は教室を後にしようとする。これ以上確認する事項はない、と思ったのだ。
「それじゃ、僕は失礼します」
「えぇ。最後に、彼に正体がばれることだけは避けなさい。まだ、私たちのことを知られるわけにはいかないわ」
「難しい注文ですね。正体がばれたらいけない。けど彼には僕たちの気配を与えろ、なんて」
「それは十分理解してるわ。でも、あなたの能力なら最適でしょう? 」
女は小柄な男子生徒を信頼して、そう言った。
「期待にこたえられるよう頑張りますよ」
肩をすくめてみせて、小柄な男子生徒は今度こそ教室を後にした。