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序章 ダウト Ⅰ

 

『ルーム』。

 それは身寄りのない『覚醒者』たちが、共同生活をしている四LDKのファミリーマンション二部屋を合わせて作られた家だ。

 そこには、九人の人たちが暮らしている。

 その九人の中に、悠生(ゆうき)もいた。

『ルーム』には広いリビングの他に六つの部屋があり、その内の一つに悠生はいた。

 あまり家具が置かれていないこの部屋は、厳密には悠生の部屋ではない。タクヤとこちらの世界のユウキの部屋だ。

 こちらの世界というのは、悠生がこちらの世界の人間ではないからだ。彼は『時空扉(タイム・ドア)』を利用して時空移動を行ったユウキの代わりに、こちらの世界にきた代替品だ。

 その時の事情を悠生はすでに理解している。

 敵に追われていたユウキを逃がすために、ミユキが『時空扉(タイム・ドア)』を無理矢理使わせて、悠生の本来の世界へ飛ばせ、悠生をユウキの代わりとしてこちらの世界へ呼んだのだ。もちろん、それを聞いた時は戸惑い憤った悠生だが、その後の騒動は彼を納得させ、前を向かせるにはあまりに十分な出来事だった。

「……眠い」

 必要最低限の家具だけが置かれている部屋で、悠生はぼさぼさに伸びた黒い髪を指でいじりながらベッドに横になっていた。

 もう一つ空いているベッドはタクヤのものだが、タクヤは現在『ルーム』にはいない。カツユキやマサキと一緒にどこかへ出かけていっている。そのため、悠生は一人では広い部屋で時間を持て余していた。

 そういえば、と悠生は思う。

(今日は平日だし、普通なら学校に行ってる時間だよなぁ)

 改めて思えば、それは疑問だった。

『ルーム』にいる『覚醒者』が学校に行っている所を見たことがない。出掛けていることを見ることはあるが、それもとても学校に行っているという風には見えなかった。

(大体制服でいるのを一度しか見たことがないな)

 初めてこちらの世界に来て目を覚ました時。

 その場にいたタクヤとアオイは悠生が見たこともない学校の制服を着ていた。制服姿を見たのはそれが最初で最後だ。

 しかし、タクヤやミユキさらにアオイは悠生と同い年であり、ミホにいたってはまだ義務教育の途中だろう。学校に行っていないと思えることがおかしかった。

「聞いてみなきゃ、何もわからないか」

 そう思って、悠生は身体を起こした。

 そして、リビングに向かう。

 それぞれの部屋に入ることも考えられたが、何もなければ『ルーム』の『覚醒者』はリビングにいることが多いことを、これまでの生活で何となく把握していた。

 廊下の角をいくつか曲がると、すぐにリビングに着いた。リビングのドアはすでに開いていて、声がいくつか聞こえてくる。その声を聞きわけながら、悠生はリビングへと入っていった。

「おや、悠生くんか、どうした?」

 真っ先に悠生を見つけたのは、テレビに流れている昼の情報番組を見ている中年の男性だった。黒縁の眼鏡をしているその中年の男性はトモユキ。『ルーム』にいる『覚醒者』の保護者代わりをやっている大人だ。

「い、いえ、ちょっと眠くなってたんで――」

「なるほど。まぁ、今日は天気がいいからな。うとうとする気持ちは分からなくもない」

 そう言って、トモユキは視線をテレビに戻した。

 リビングには他に中学生だろうと思う容姿とツインテールが特徴のミホ、と『ルーム』で暮らしている者の中では比較的年上でみんなのお姉さんをしているトモミがいた。

「他のみんなは?」

「情報収集だよ。みんなで『時空扉(タイム・ドア)』や奪っていった連中の情報を集めようって話を以前していたようだ。特に、ミユキは久しぶりに張り切っていたからね」

「ミユキが?」

 何に張り切っているのか、それは悠生には想像もつかなかった。

「あぁ。先日の『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』の件は怪我で大人しくしていたからね。久しぶりに自分で動けることに興奮しているのだろう」

 タクヤのかつての知り合いたちが率いている『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』集団の『ビッグイーター』と『覚醒者』たちの争いに悠生たちが割って入った事件で、ミユキは『ルーム』のベッドで横になっているしかなかった。その鬱憤が溜まっていたのだろう、とトモユキは少し微笑みながら話した。

「そうですか」と相槌を打って、悠生もトモユキと対面するようにソファに座った。その奥のテーブルでは、トモミとミホいくつか本を広げて真剣な面持ちをしていた。

「何してるんですか?」

 その様子を見た悠生がトモユキに尋ねた。

「ん? あぁ。ミホの勉強を看ているところだ」

「勉強?」

 どうしてここで、と疑問に悠生は疑問に思い、さらに質問を返した。

「『覚醒者』は学校にはなかなか通えないからね。『覚醒者』が浴びてきた批判、非難は私たちには容易に想像することは不可能だ。もし学校で『覚醒者』だと知られれば、相応の被害を受けることになる。無論、その都度転校するという手がないわけではないが、それは現実的な手ではないからね。多くの『覚醒者』たちは学校に通えないでいるか、通っていてもひたすらに隠している状況だ。もう一〇年も経つのに、ね――」

 トレンドニュースを流している情報番組から視線をずらして、トモユキは悲しそうに説明した。

「一〇年も学校に通っていないんですか?」

 驚きを隠さないで、悠生はさらに聞いた。

 初めて『覚醒者』が世間に知られたのが、一九九七年三月一七日ということはすでに悠生も知っている。それから『覚醒者』の評判が悪くなり、ずっと学校には通っていないというのだろうか、と悠生は疑問に思ったのだ。そうだとしたら、義務教育をほとんど受けていないことになる。

 しかし。

「いや、そうじゃないよ。ミホはまた別になるが、ミユキたち三人は一年前までは高校に通っていた」

 一年前まで。

 トモユキのその言葉に、悠生は顔を硬直させた。トモユキの話し方に、何か深い理由があるように思えたからだ。一年前に何があったのか。知りたいと悠生は強く思ったが、本人たちがいない場所で勝手に聞くのは失礼だと口を開くことができなかった。

「前も話したが、こちらの世界は君がいた世界とは随分違うと思う。この一〇年で、本当にたくさんの出来事があった。君が想像することもできないようなことが――ね」

 呟くトモユキの表情が、体験してきた出来事の壮絶さを物語っている。

 もっと知りたいと興味が湧いてくるが、トモユキの口調から簡単に聞くことは(はばか)られた。ミユキたちが体験したことを、本人たちではなくトモユキから聞くことはミユキたちにも悪いと思ったのだ。

 結局、悠生はそれ以上尋ねることもせず、キッチンへ向かった。

「トモミさん、ミホちゃん。お腹空いてない? 俺、何か作りますよ」

 二人が話している間も勉強をしていたトモミとミホに、悠生は聞いた。

 居候(いそうろう)をさせてもらっている身なのだ。お返しできることはどれほど小さいことでもしていこう、と。

「じゃあ、私はナポリタンがいいな」

「私もー」

 聞こえてくる無邪気な声に、自分は考え過ぎなだけなのかな、と悠生は苦笑した。



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