第一章 世界が交わった時 Ⅱ
「……い――。……め……よ」
悠生の意識の遠くの方で、誰かの声がする。
そのようにぼんやりと感じて、悠生の思考がだんだんと回復していく。重たい瞼をゆっくりと開けていくと、そこは知らない景色が広がっていた。
(さっきのは、夢――?)
「おいっ、目を覚ませよ!」
「やめてって……! こっちに飛ばされたばかりで、きっと身体が疲れてるのよ」
「そんな悠長に構えてられないんだぞ? こいつには早く起きてもらわねえと――」
目が覚めた景色の中で、遠くから少年と少女の声が聞こえてきた。意識が戻る寸前に聞こえていた声に間違いない。
(こ、ここは――)
悠生は見えているこの景色がどこなのか判断できない。見える範囲のもの全てが煤こけたような暗い色合いの空間だった。目が覚めても、悠生の脳が覚醒するまでにもう少し時間がかかりそうで、悠生はそこが部屋であることに気付かない。しかし自分がベッドに横になっていることだけは分かった。
そこに、
「お! ようやく目覚ましやがったな」
「ちょ……っ!? そんな荒っぽく言っちゃダメだって!」
先ほどから言い争いをしていた少年と少女が声を掛けてきた。自分に掛けられた声を聞いて、悠生は顔だけを声が聞こえてきたほうへ向ける。そこに立っていたのは、
「拓矢……っ!?」
「あん?」
急に返された言葉に、少年は戸惑いの声をあげた。
しかし、悠生にはその顔に見覚えがある。というよりも、クラスメートの拓矢で間違いがない。その隣にいる――先ほど少年と一緒に声をかけてきた少女の顔は見覚えがなかったが、クラスメートの顔を忘れる悠生ではない。しかし、その少年が着ている制服は、悠生が通っている高校のものとは違っている。
「ど、どうしてここに――。ていうか、ここはどこだ……?」
そう言って起き上がろうとした所で、不意に鈍い鈍痛が走る。
「痛……っ」
急に感じた頭痛に、悠生は不思議な感情を抱く。
(あ……れ……、この感じ前にも――)
「何言ってんだ、おまえ?」
悠生が言いようのない疑問を抱いているところに、少年は意味がわからないというかのように言ってきた。
(……?)
少年の言葉を聞いて、悠生は困惑してしまう。
現状を確認すると、悠生はベッドのようなものに横たわっている。気付いたら、ここに寝かされていたという感じだ。そして悠生がいる空間は、悠生が見たこともない部屋である。壁や床、天井が全て煤こけた暗い印象を与えてくる硬質感が溢れる空間だ。
そして、その部屋には悠生の他に、三人の男女がいた。一人は先ほど悠生に声を掛けてきた少年であり、悠生が拓矢と声をかけた少年だ。さらに二人いる少女の内、一人は少年と言い争いをしていた少女であり、言葉から悠生の身体の心配をしているようだ。最後に残った少女は部屋のドアの辺りに佇んでいる。
「あれ、葵じゃないか……!?」
周囲をゆっくりと確認するように見て、そのことに気付いた悠生はまたしても驚いた声をあげた。部屋のドアに佇んでいる少女の顔がやはり見知った顔であったからだ。その少女も少年と同じ制服を着ていて、デザインから同じ学校のものだろう。
(拓矢と葵がなんでここに――? それよりもここは部屋……? どこの部屋だ!?)
悠生の頭に、次々と疑問が浮かんでくる。なぜ自分はベッドに横になってるのか、この部屋はどこなのか、拓矢と葵がなぜいるのか、その二人が着ている服がなぜ悠生が通う高校のものと違うのか。
それらの答えを求めるように、横になっている悠生のそばにいる少女へ視線を向ける。
「全てを話して、あなたは信じてくれる?」
意味深にそう言う少女の表情は悠生の身を案じているようで、さらに質問に対する真剣な答えを求めているようだ。
「…………」
その少女の表情を見て、悠生はすぐに言葉が出てこない。
(全てを話して――? どういうことだ……?)
少女の言っていることが理解できなかった、ということもある。
悠生の疑問はここがどこなのかであり、自分はなぜ横になっているのか、そして拓矢と葵がなぜここにいるのか、ということだけだ。しかし、少女の言葉からはそれ以上の何かがあるような気がする。そう悠生は自然と思った。
ベッドに横になっている悠生は上半身だけを起こして、少女の顔を真正面に見据えて尋ねる。
「全て――ってのは、どういうことだ?」
「言葉のままよ。あなたがここにいる理由、私たちがあなたといる理由、この部屋がどこのなのか、この世界がどこなのか」
(この世界……っ!?)
少女の言葉に不可解なワードがあったことに、悠生は気付いて訝しんだ。この世界、とはどういうことなのだろうか。ただ考えているだけでは分からない。何よりもこの現状を知りたい、という一心で、
「わかった、信じる……っ」
と、返事をした。
「そう。その返事が聞きたかったわ」
少女は一拍おいて、深く深呼吸をする。これから話すことがとても大事なことであるかのように、悠生の理解が間に合うように。
「まず私はミユキって言うわ。あなたの名前は悠生で間違いないわよね?」
「? あ、あぁ」
何の確認か分からないが、悠生は少女――ミユキの質問に頷く。
「じゃあ悠生くん、私はこれから話すことについて、何を聞いても驚かずに信じてほしいと思ってるわ。これから話すことは全て真実で事実だから」
「わ、わかった……っ!」
さらに念をおしてくるミユキに、悠生は大きく頷いた。
「今、あなたがいる世界はあなたが暮らしている世界とは全くの別ものよ」
「……? え――っ?」
ミユキが言ったことが理解できないで、悠生は素っ頓狂な声を出してしまう。
「驚かないで、とりあえずそのまま私が言ったことを信じて――!!」
「あ、う、うん」
「そうね。仮にあなたが暮らしている世界を現実世界――『リアルワールド』と言ったら、あなたが今いるこの世界は並行世界――『パラレルワールド』、ということになるわ」
「並行世界……?」
言っている意味が分からない、とでも言うように悠生は聞き返した。
「そう。あなたが暮らしている世界とは別の時間を辿ってきた世界のことよ」
驚いた表情のまま固まっている悠生に、ミユキはなるべく優しい声で説明する。
「な、なんで……俺がそんな世界に?」
「まぁ、そう疑問に思うでしょうね」
悠生が抱いた疑問も、当然のようにミユキは理解した。
「おい、説明にそれほど時間をかけてられないぞ」
言葉を選ぶようにゆっくりと話しているミユキに、部屋のドアの傍に立っている少年が急かしてくる。
「分かってるわよ。でも、誤解させるような説明もできないでしょ」
横槍を入れてきた少年を一蹴して、ミユキは話を続けていく。
「あなたが、こちらの世界に来た理由は後で説明するわ。まず平行世界から説明させてもらうわね。あなたは世界が一つしか存在しない、と証明できるかしら?」
「世界が一つ……?」
「そう。世界が、あなたが暮らしている世界だけだと、どうして言い切れる? そんなこと証明できる人はいないはずよ。世界が二つ以上存在するということも証明できないけれど、そう考えた
人たちが昔いたの。その人たちは、複数存在する世界を移動する手段を確立させようと何年も研究を続けてきたわ。あるかも分からない世界のために――ね」
ミユキが話す内容のことは、とてもいきなり信じることが出来るものではなかった。並行世界という概念が存在することは悠生も知っている。しかし、それは作り物の世界において、だ。現実に存在すると思ったことは一度もない。
だが、先ほどから部屋の隅にいる拓矢だろう少年と、葵だろう少女の様子が、悠生を友達だと認識しているようには見えないことに、悠生は不安を抱いていた。
「世界が二つ以上存在するのか、それを確証することもせずに、その人たちは時間軸を移動する手段を確立してしまったわ」
「それはどうやって――?」
当然のように疑問に思った悠生は、ミユキの話を中断させるように疑問を口にする。
「……、これがその答え――よ」
少し躊躇する様子を見せたミユキだが、観念したように肩に掛けていたバッグから手鏡ほどの大きさの丸い機械を取り出した。
「お、おい……っ!?」
そのミユキの行動を見て、部屋のドアを見張るように控えていた少年が止めようと口を開くが、
「構わないわ。全部を理解してもらうためよ」
ミユキは自分たちの秘密を打ち明けることに躊躇わない。
「それは?」
「これは『時空扉』。時空を飛ぶための機械よ」
「……?」
ミユキの口から発せられた言葉はそれまでの何よりも理解し難いものだった。手の平に収まるようなサイズの機械が、本当に時空を飛ぶことができる万能の機械というのだろうか。悠生にはとてもじゃないが、その話が信じられない。
「まぁ、そうでしょうね。でも、これを見たら、あなたもこの世界があなたが住んでいる世界と違うことを信じるしかないでしょう?」
そう言って、ミユキは部屋に一つだけ設けられている窓のカーテンを開ける。
そこに広がっていた景色は薄暗く、しかし分厚い雲が空を覆うどんよりとした雰囲気の街の全貌だ。見える街の景色も硬質感漂う様々な建造物が建ち並んでいるが、そのどれもが半壊状態だった。建造物の外壁が崩れ落ち、その中が容易に視認できるほどだ。まともに人が暮らしている街の様子には見えない。
「こ、これは――!?」
「信じてもらえたかしら? まだ夜明け前だから空は暗いけれど、街の景色はもう何年もずっとこのままよ。あなたが暮らしている街はこんな景色?」
ミユキのその一言で、悠生は窓から広がっている景色の中に見覚えのある建物があることに気付く。
「あのホールは……」
「そう、『市立スポーツ文化ホール』よ。昔はあそこでよくイベントが開催されていたのにね……」
『市立スポーツ文化ホール』、それは悠生にとっても思い出が詰まっている場所だった。そのホールが見るに堪えない状態であることに、悠生は驚く。
「そ、そんな……。先週だって、あそこで試合があったのに――」
「それは、あなたの世界での出来事でしょ? 私たちの世界では、あのホールはもうずっとあのままよ……」
今じゃ人が立ち入ることもないわ、という一言を飲みこんでミユキは寂しそうな表情を見せた。その表情に悠生はズキンとした胸の痛みを覚える。
(な、なんだ今の――!?)
自分の反応に戸惑っている悠生に気付かずに、ミユキは話を続ける。
「どうかしら? 私の話も信じてくれる?」
話は全て信じろ、と言っていたミユキだが、悠生が信じているかどうかの確認を再度行ってくる。それは、悠生に目の前の事実を理解してもらい、全てを信じてもらうためだ。疑心があるままで話しても、肝心の伝えたいことを理解してもらえないかもしれなかった。
「こ、こんな街見せられたら、信じるしかないだろ……」
そう言う悠生は、顔面を蒼白させている。それは目の前の光景が信じられないという感じではなく、なぜこうなってしまったのかという疑問によるものだ。
「良かったわ。ここまで話して信じてもらえないなんてなったら、大問題になるところだったからね」
「大問題?」
「えぇ。でも、そのことについてはこれからの話を理解してからね――」
ミユキは、そこで一拍置く。
今すぐにも壊れそうな木製の椅子から立ち上がった彼女は、先ほど取り出した手鏡ほどの大きさの機械――『時空扉』を部屋の壁にセットする。
「?」
ミユキの行動の意味が分からない悠生は、はてなマークを頭に浮かべている。
「さっき、この機械が時空を移動する手段だと話したわね。つまり、あなたはこの機械によってこちらの世界に運ばれてきたことになるわ」
悠生への説明を再開した少女は、壁にセットした機械の中央に設けられているボタンを押す。すると機械は眩しい光を放ちながら、その丸い淵を円状に広がらせていく。
「な、なんだ……っ!?」
起動した『時空扉』は直径二メートルほどの大きな円を作り、その内部は薄暗い霧が渦巻いている。先ほどまで放っていた強烈な光も、起動が終わると治まり、元の鈍い銀色の光沢だけが残っていた。
「これが『時空扉』。この中に入れば、並行で存在している世界へ飛ぶことができるわ」
「こ、これが……」
部屋の天井にまで届きそうなほどに広がった『時空扉』を見て、悠生の開いた口が塞がらない。その視線は真っ直ぐ『時空扉』の円の中に向けられている。
(まるで漫画かアニメの世界のような――)
単純な感想しか思い浮かばない悠生は、その円の内側をじっと見つめて、そこで気が付く。
「……っ! これが時空を飛べる機械なら、俺がくぐれば元の世界へ戻れるんじゃないのか!?」
それなら帰れる、と強い期待感を込めて悠生はミユキのほうへ振り向く。しかし、
「……残念ながら、それはできないわ……」
「……!? な、なんで――?」
当然のような悠生の疑問に、ミユキは答えづらそうに口を閉ざす。その顔は先ほどよりも暗い。
「なんでだよ! 目の前に時空を超えられる機械があるんだろ!? 俺だってこの世界のことを信じたんだ。世界が二つ以上あることは分かった。なら、この機械使えば世界を超えられることも実証済みじゃないか!!」
「そ、それはそうなんだけど……」
ミユキの返事は歯切れが悪い。そこに、
「全部をちゃんと話せよ。ここまできたら話さないほうが、後味が悪い。追手はまだ来なさそうだ」
じっと立っている少年が口を挟んだ。その顔はカーテンが開けられた窓に向けられている。窓の外の街を見ているようだ。
「タクヤ……」
その少年に部屋のドアの前に控えている少女が「口を挟んじゃいけない」と忠告する。しかし、その前の単語に悠生は敏感に反応する。
「拓矢……? やっぱり拓矢なんじゃないか!!」
「あ……」
悠生の言葉を聞いて忠告をした少女がしまった、というような表情を見せた。
「バカ。せっかく黙ってたのに――」
「ご、ごめん」
「こうなったら仕方ない。おい、お前、一つ言っておくぞ。俺はお前が知ってる拓矢とは違う。こちらの世界とあちらの世界をごっちゃにするんじゃねえよ」
「え……?」
少年――タクヤの言ったことに、悠生は驚いた。
「困惑しても無理ないでしょうね。私が一番に説明すればよかっただけなんだけど……、そこにいるタクヤはあなたの世界にいる拓矢とは別人なのよ。全く同じ顔をしてるけどね」
驚いている悠生に、ミユキが補足を加えた。そのミユキの言葉に、悠生はさらに混乱する。
「ど、どういう――?」
「世界が二つ存在しているのよ。それぞれの世界に同一人物が存在していても不思議じゃないでしょう? というよりも、あなたの世界にいる人はこちらの世界にもいるって言ったほうが正しいかしら」
「同じ人物がそれぞれの世界に存在する……?」
「そうよ。何を疑っているの? 現に目の前にいるタクヤは、あなたの世界の拓矢とはDNAレベルで同じだけれども、辿ってきた記憶は全く違うわ。あなたも違和感を感じなかった?」
そう言われれば悠生は拓矢と葵と同じ顔をしている二人に対して、知っている二人と違うというような妙な感覚を抱いていた。
「たしかに、そうなんだな?」
ミユキが言っていることを確認するように、悠生はタクヤへ問いかける。
「あぁ、そうだ。俺はユウキは知ってるが、お前は知らない」
「ユウキ……?」
タクヤの口から出た言葉に、悠生は眉をひそめる。
「はぁ……。俺がこちらとそちらの世界にいるように、お前と瓜二つの奴がこちらの世界にいたとして不思議はないだろう?」
「……っ!!」
鈍感な悠生にため息を吐きながらもタクヤは教えた。その可能性を考えなかったわけではないが、改めて言われると悠生は複雑な気持ちになる。急に自分には双子の兄弟がいるのだと言われたような気分だ。
「そういうことよ。そして、あなたがこちらの世界に来た最大の理由は、こちらの世界にいたユウキが、この『時空扉』を使ってあなたの世界へ時空を飛んだから」
「……!?」
さらに打ち明けられる事実に、悠生の反応が追い付かない。しかしミユキは話を止めない。最初に言った「そのまま信じて」の言葉の通りに。
「あなたは、ユウキがこちらからあなたの世界へ飛んだ代替としてやってきたの」
「な、なんで……?」
「この『時空扉』は未完成で、誰もが使えるというわけではないの。唯一使える人物が、こちらの世界のユウキだけ。彼が持っている能力とこの『時空扉』を合わせて、ようやく世界を超えることができるの」
「能力?」
ミユキの口から不可解なキーワードが出たことに、悠生は気付いた。その言葉を反芻すると、ミユキは何かに気付いたように言いだす。
「そういえば、そちらの世界には『覚醒者』はいないのね」
(『覚醒者』……?)
「こちらの世界では、『覚醒者』と呼ばれる人たちがいるわ。その人たちはみな、それぞれに人知を超えた能力を備えているの。私も『覚醒者』なのだけれど、私は風を操ることができるわ」
こんな風にね、と言ったミユキは右手の人差指を立てて、無造作に部屋の中に風を生み出す。その風は緩やかながらも、悠生の目にかかるほどの前髪を持ち上げる。
「な……っ!?」
不意に風が起こったことに悠生は驚いた。
部屋は悠生が目覚めた時から、ドアも窓も閉め切っていて風が起こる状態ではない。もちろんエアコンなどの風を送る機械などもこの部屋にはなかった。
「わかった? 私は自由自在に風を操ることができる。そして、タクヤは――」
「俺はパソコン等の電子機器を使ってネットワークにアクセスしたり、機械類を自由に操作することができる能力を持っている」
ミユキの言葉を引き継ぐようにタクヤが言った。大した能力でもない、といった感じの口調だが、悠生には能力差の度合いが分からない。
「私は、他人の視界を共有することができる能力を持ってるわ」
そして、先ほどからずっと部屋のドアの前に立っている少女――アオイが口を開いた。
「共有……?」
「実演するなら、今あなたの視界にはミユキの胸の谷間が入り込んでいて、あなたはちらちらと盗み見ているわね」
「な……っ!?」
「ぶ――っ!」
アオイの言葉に、ミユキと悠生がそれぞれ違った反応を見せる。
「な、なんで分かって――」
「どこ見てんのよ!」
悠生の視線に恐怖を感じたミユキが着ているタンクトップの胸元をカーディガンで隠す用にして、悠生をどつく。
「痛……っ! ご、誤解だって!!」
「何が誤解よ。アオイの能力は絶対なのよ!」
声を荒げるミユキは頬を赤くしながら、さらに悠生を掴みかかろうとするが、悠生が危険だと判断したタクヤがミユキを止める。
「おい、それくらいにしとけって」
「ちょ――っ! 私が真剣な話してるのに、エロい目してたのよ!?」
「殴るなら後にしろよ。お前が全部話すっていうから、こっちは付き合ってんだぞ?」
「ぐ……。わ、わかったわよ!」
しぶしぶとタクヤの言葉に従うミユキだが、その目は先ほどよりも鋭くなっている。
(うわあああ、しまったな……)
ミユキに睨まれた悠生は、萎縮したようにベッドの上で縮こまっている。
「ま、まぁ、これで私たちの能力は分かったでしょう」
先ほどまでの調子を取り戻そうと軽く咳払いをしたミユキは再び説明を始める。しかし、赤くなった頬はそのままだ。
「あ、あぁ……」
頷く悠生も気まずそうで、声が小さい。
「そ、それで、こっちの世界の俺もその『覚醒者』なんだな?」
「えぇ、そうよ。そして、この『時空扉』ももともとはユウキの能力を含めた機械と言うべきかもね。どういうカラクリで時空を飛べるのかは私たちは分からないけど、研究者たちは自信を持ってたみたいよ」
「あんたらがそれを作ったんじゃないのか?」
「何を言ってるの? さっきも言ったけど私たちはただの『覚醒者』よ。これを作ったのは、ユウキの両親が所属している研究グループよ」
「両親……?」
「あなたのじゃなくてね――」
「それは分かってるよ! でもカラクリが分からないってのは?」
それを一度使っていながら、仕組みも分かっていないことに悠生は疑問を抱く。仕組みも分からない機械をよく使う気になったもんだ、と。
「私たちは時空を飛べるわけじゃないからね。知らないでもいいかってスタンスなんだけど、ユウキの『空間移動』――『座標移動』とも言えるかしら――の能力とセットで使うことで初めて世界を超えられるらしいのよ」
「『空間移動』……」
どうやらユウキの能力はそういうらしい。言葉の意味から、悠生は瞬間移動するような能力なのだろう、と判断する。
「それで、ユウキがなぜ、この『時空扉』を使ったのかというと――」
そこでミユキの言葉は止まる。
その瞬間に、窓の外の街の建物から大きな爆発音が響いてきたのだ。
「……っ!?」
「な、なんだ――!?」
不意に起こった爆発は周囲に衝撃波をまき散らす。それは悠生たちがいる部屋にも届き、窓がガタガタと揺れ、部屋全体が鈍く振動する。
「追手が来たんだ!!」
いち早く反応したアオイがいきなり大声を上げる。
「追手!?」
「ち……っ! もうここがばれたか――!!」
悠生は不穏な言葉に驚き、タクヤは追手が来たということに驚愕する。
「相手はどこだ?」
慌てたように窓を開けたタクヤは、身を乗り出して周囲に目を配らす。
「数ブロック先の複合ビルよ。しらみつぶしに探してるようだけど、こちらに確実に近づいてるわ」
慌てているタクヤを落ち着かせようとアオイはそう報告する。
「数ブロック……。あと数分でこちらに来るでしょうね。場所を移すわよ!!」
アオイの報告を受けて、ミユキは部屋から出ると言う。その表情はタクヤ同様に慌てているように見える。
「移動するってどこに――?」
部屋から出ようと起動させていた『時空扉』を仕舞おうとしているミユキに悠生は尋ねた。
「私たちの『家』に――よ!」