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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
Another Story
89/118

第三章 救われる者は Ⅷ

 

『県立異能力精査研究所』。

 歳が離れているアメリカ人のかれんを含めて――『覚醒者』六人が所属している研究所は、たった三○分でその面影をなくした。たった一人の『覚醒者』が放った力だけで、これほどに悲惨な状況を生み出してしまったのだ。炎の勢いは弱まることもなく、被害はどれほど大きくなっているのか知る由もなかった。

 研究所の中庭。

 三〇分にわたって中庭は火の海と化し、植物もベンチも街灯も全てを燃やしていった。その中に、依然として『覚醒者』の子どもたち五人はいた。

 トモヤから後ずさりするようにして距離を取ろうとしている子どもたちだが、炎と重なって押し寄せてくるトモヤへの恐怖に肝心の足がすくんでいた。目の前で寮母が殺されたこともあって、子どもたちの避難への意識は薄らいでいる。圧倒的な恐怖を前にして、ただそれが通り過ぎることを願って、身体が言うことを聞かなくなっていたのだ。

「ほら、早く行こう?」

 再三の呼びかけも、子どもたちには別の意味に聞こえてしまう。

「そう言って、俺たちも殺すつもりなんだろう?」

「……? 何を言ってるの? そんなこと、僕がするはずないよ」

「よく言えるな。サトウさんを殺したくせに――っ!!」

 先頭に立ってトモヤを睨みつけているユウヤが叫んだ。口を開けば(のど)が焼けてしまいそうな熱気が襲ってくるが、叫ばずにはいられなかった。

「あぁ。だって、あの人は『覚醒者』じゃないから――。僕たちを不自由にさせる人じゃないか」

「そんな理由で――」

 トモヤの言葉に、ユウヤの怒りが満ちてくる。

「君も僕の邪魔をするの?」

 対峙(たいじ)しようとするユウヤを見て、トモヤは呆れたように言った。

 圧倒的に優位な状況を作り出している自分の力を心から信じているようだった。事実、『県立異能力精査研究所』で一番の数値を叩きだしているトモヤに、ユウヤが立ち向かったところで勝ち目は薄いだろう。

 それでも。

「そんな理由で人を殺していいはずがないだろ――っ!!」

 自分勝手な理由で力を振るうトモヤに、我慢しきれなくなったユウヤは走り出した。

『覚醒者』としての力をトモヤと同様に振るおうとする。人知を超えた力が発動し、殴りかかろうとする拳が、熱を帯び始めた。逃げようともしないトモヤに、当たろうとした瞬間に声が聞こえてきた。

()めるんだ!!」

 聞こえてきた声の主は、炎に飲み込まれた中庭を走ってきた所長だった。走ってきた勢いのまま、殴りかかろうとしていたユウヤの身体を抱きとめた。

「……しょ、所長」

 突然走ってきた所長に無理矢理止められたことにユウヤは戸惑う。その大きな身体で抱かれた先に、トモヤの不敵に笑う顔が見えた。

「どれだけ相手が(にく)くても、その力を使っちゃいけない。君の力はそんなことをするためのものじゃないんだ」

「けど……っ」

 優しく(さと)すように言う所長だが、ユウヤはまだ口惜しそうだ。

「分かるよ。君がどんなに恐かったか、どんなに憎いと思ったか。けど、怒りにまかせて力を使うことは絶対にだめだ。そうすれば、君はもう止まることができなくなる。今のトモヤくんみたいになってしまう。僕は君までそうなってしまうのが悲しい」

「所長……」

 所長の言葉に、ユウヤは握りしめていた右手をほどいていく。

「それでいいんだ。君まで、その手を汚すことはない」

 そう言って、所長は抱きしめていたユウヤの身体をゆっくりと離す。ユウヤの目をしっかりと見つめて、「君はその勇気を、みんなと一緒に逃げることに使うんだ」と言った。

「……はい」

 頷いたユウヤは、少し離れた所で今も(おび)えている子どもたちのもとへ戻った。

 振り返ると、所長は倒れた寮母と同じようにトモヤに対峙している。しかし、その姿はあまりに違っていた。

「……あなたもそうやって僕たちを閉じ込めるんですか?」

「確かに『覚醒者』の君たちに、ここで暮らすことを強制しているのは私だ。――いや、世界だ。しかし、それは君たちの安全を守るためでもある!」

「守るため? そう言って、僕たちが恐いから隔離してるだけじゃないか! 僕たちは守ってもらう必要なんてないんだ」

「その意味もないとは言わない。君たちの力は私たちにとって、確かに脅威だ。けれど、世界は君たちにとっても脅威だ」

 君はまだ外の世界の恐さを知らない、と所長は続けて言った。

「外の世界? そんなもの、僕たちの力でどうにだってできるさ。僕たちは他のみんなよりも進化したんだから――」

 二人の言い合いは止まらない。

 トモヤを言葉で抑えようと所長はしているが、効果はあまり見込めない。トモヤは『覚醒者』の子どもたちと一緒に逃げることにあまりに執着していた。なんでそこまで、と所長も疑問を持つが、その理由はどうでも良かった。

「そうやって力を使いつづけて、君は本当に救われると思っているのかい?」

「当たり前だ! 何もせずに、ずっとこの檻の中で暮らすなんて僕には耐えられない。大人はいつも僕たちをいいように利用してる。ここの研究だって、どうせそうなんだ! 勝手に恐がられて、利用されてばかりはもう嫌なんだ――!!」

 それが本音か、と所長は(にら)んだ。

「だから、同じ『覚醒者』の子たちと一緒にここから逃げるのかい?」

「そうだ!」と叫んだトモヤを見つめていた所長の表情に少し陰が見えた。優しい声色は変わらないが、苦悩が垣間見える。

 トモヤが言っていることは見当違いだと断言することはできない。ここに限らず、世界中の研究施設で行われている『覚醒者』の研究は、その脅威に対抗する術を見つけるためでもあり、彼らの能力を有効活用する手段を見つけるためでもある。世間の目から『覚醒者』を守るというのは表向きの言葉でしかない。

「……君の言うことも一理あるだろう。世界が君たちに与える恐怖なんて、私たちが守らなくても君たちだけでどうにかできるものなのかもしれない。けれど、その手段が今のように暴力で訴えるものであるなら、私は許すことができない」

「許す? 一体何を許さないって言うんだ!!」

「他の子どもたちが君と一緒にここから出て行くことだ」

 どれだけトモヤが訴えても、一度決意した所長の意思が変わることはなかった。

 所長にもどの選択が最も正しいのかは分からない。別の選択をすれば、もしかしたら『覚醒者』の子どもたちは今よりも幸せに暮らすことができるのかもしれない。

 しかし。

「幸せになるために――自由になるために、君のように暴力を振るわなければならないのなら。他の子どもたちも君のように誰彼(だれかれ)構わず能力を使うようになるのなら、私はそれを止める!」



 所長の言葉を、かれんは聞いていた。

 かれんがいるのは、さきほど所長がいた場所と同じ中庭へと通じる扉の前だった。

 所内アナウンスが流れた後に一度寮棟へ向かったのだが、トモヤが子どもたちを追い詰めているのを見て、慌てて中庭へ向かったのだ。

 扉の前に着いた時には、すでに所長がトモヤと向かい合っていたところだった。

(所長……)

 かれんに『覚醒者』の子どもたちを頼む、とお願いしておきながら、所長は自らもトモヤを止めるために走っていたのだ。全てを投げ出すことはしない所長の行動とトモヤに向けて言った決意の言葉に、もう一度かれんは自分がすべきことを確認する。

(所長がトモヤくんを止めている間に、私はみんなを安全な場所まで――)

 かれんも、所長と同様に躊躇せず炎の海へ飛び込んで行った。



「やれるものなら、やってみろ!」

 強烈な光を発する火球が、トモヤの叫びとともに撃たれた。

 火球は一直線に所長へと飛んでいき、狙い違わずに所長の胸を貫いた。

「ぐ……っ!? ぁあああ――っ」

 木もベンチも建物までも燃やす炎が直撃した所長は激痛に叫び、胸を抑えながら地面に倒れた。

「所長――っ!」

 所長が倒れたことに、ユウヤは驚いて叫ぶ。

 火球を受けた所長の上半身は白衣もワイシャツも燃やし、その下の肌まで黒く焦がしている。ひどい火傷にショック死してもおかしくないように思えた。

 しかし、所長はまだ意識を保っていた。

「……これくらいの、痛みなど――。早く、逃げるんだ! 子どもがここで命を落とすわけには、いかない――っ」

 力を振り絞るように言葉を紡いだ所長に、さらにトモヤの火球が放たれる。耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が続いた。次々に所長の身体に火球が直撃し、その度に泣きだしたくなるほどの壮絶な叫び声が鼓膜を揺さぶる。

 その様子を見て、トモヤは高らかに笑っている。狂気に満ちた笑い声だった。

「に、逃げよう」

 トモヤの様子を見て、所長の言う通りにしようとユウヤは震える声で必死に言った。

 他の子どもたちも同様で、目の前で所長が何度も悲鳴を上げていることに怖気づいている。ショウコは直視できないようで必死に両手で顔を覆っており、そのすき間から滴が流れるのが見えた。

「で、でも、どこへ……」

 中庭はすでに火の海だ。寮棟も研究所の建物も燃えている。これでは無事に外まで逃げられるとも思えなかった。

「みんな!」

 そこへ、かれんが炎をかいくぐるようにして現れた。

「か、かれん姉ちゃん!?」

「早く! こっちへ!!」

 中庭の向こう側から現れたかれんに戸惑う子どもたちだが、藁にもすがる思いでかれんについていく。

(所長……)

 倒れた所長の悲鳴が今も聞こえてくることに、かれんの表情が苦痛で歪む。それでも、所長が命をかけたことを無駄にはできない。かれんは最初に所長に頼まれたことを実直にこなそうと走り、子どもたちもその後を追いかけた。その先には研究所を囲っている暑さ一メートルにもなるコンクリートの塀があった。

「か、かれん姉ちゃん。どこへ……?」

「ユウヤくん。君の能力でこの塀を壊すんだよ」

「え……っ!? 塀を壊す!?」

「そう。君にならできるはずよ」

 塀を前にして、立ち止まったユウヤは自分の右手に視線を落とす。その手には他の人にはない『覚醒者』としての力が宿っている。

(俺の勇気は、みんなと逃げることに使う)

 そう言っていた所長の表情が不意に思い出された。

 身寄りのなかった自分たちに自分の子どもと同じように愛情を注いでくれ、本当の父親のように接してくれた。ユウヤだけでなく『覚醒者』の子どもたちにとって、所長はあまりに大きな存在だった。トモヤに殴りかかろうとしていたことも止めてくれ、能力の使い方を何度も丁寧に教えてくれた。

 そんな所長が自分たちのために身体を張って、命を懸けてくれた。

 所長に守られた自分たちが、同じ場所で倒れるわけにはいかない。そうユウヤは右手を強く握りしめて、塀へとぶつける。

 すると、塀は大きな音を立てて、崩れていった。

「やった」とショウコが小さく叫び、子どもたちは急いで塀を越えようとする。

 そこへ。

「みんな、どこに行くんだよ?」

 振り返ると、所長への攻撃を止めたトモヤがこちらを見ていた。いや、塀が崩れたことに気付いて、ようやく所長から視線を動かしたように見えた。

「あなたから逃げるのよ」

 冷たく言って、かれんは先に子どもたちを塀の向こう側へと越えさせる。研究所から出れば、警察や消防の人たちが助けてくれるだろう、と信じて。

「待てよ! 僕はみんなを助けたいんだ」

 微塵(みじん)もその印象を受けていない子どもたちはただただ恐がっているだけだ。それに気付かないで、研究所の外へ逃げようとしている子どもたちをトモヤは走って追いかける。

 子どもたちまで同じ目には合わせられない、とかれんは所長や寮母と同じように、トモヤの前に立ちはだかろうとした。

 その瞬間。

「止まれ!!」

 さらに別の声が響いた。

 突然聞こえてきた声に、塀を越えようとしていたかれんと子どもたち。そしてトモヤも足を止めて振り返る。

 聞こえてきた声が大人のものだったからだ。

「誰?」

 突然現れた無数の男を見て、トモヤは低い声で尋ねた。

 現れた男たちは出動要請を受けた対『覚醒者』部隊(SPAT)だった。小型の防弾盾を構えながら、拳銃の銃口をトモヤへ向けている。

「……警察?」

「今のうちよ。みんな、早く!」

 現れた男たちに驚いた子どもたちを急かすように、かれんは言った。トモヤの意識は、向けられている拳銃と対『覚醒者』部隊(SPAT)のほうに行っている。その間に、子どもたちに塀を越えさせようとした。

 一方で。

「『覚醒者』トモヤ! 暴走し、能力を過剰使用しているお前を鎮圧する!」

 対『覚醒者』部隊(SPAT)の一人が叫んだ。

「僕を止めるの?」

 自分を囲んでいる男たちの武装姿を見て、トモヤは鼻で笑う。どれほど武器で身を固めていても『覚醒者』には敵わないのに、と。

「やってみなよ!」

 怒気を含んだ声とともに、トモヤの手が男たちにかざされる。手の平から、次々に火球が男たちに向けて放たれた。

「散開! 暴走した『覚醒者』を止めよ!!」

 所持していた小型の防弾盾では防げないと判断し、対『覚醒者』部隊(SPAT)の男たちはそれぞれ散らばっていく。そして、男たちが持っている拳銃が火を噴いた。

「こんなもの――っ!!」

 しかし、銃弾がトモヤの身体に命中することはなかった。

 トモヤの身体をいきなり灼熱の炎が包みこんだのだ。その炎によって、鉛があっという間に溶けてしまったのだ。

「な……っ!?」

「これが『覚醒者』の力か――」

 容易く銃撃が効かないことが分かっても、男たちは引鉄を引き続ける。ここを突破されてしまえば、被害が研究所の外にまで及ぶことは明白だった。

「なんとしても、ここで押さえろ! 外まで出すな!!」

 どれだけ銃弾を浴びせても、一つもトモヤの身体に届くことはなかった。

「こんなもの無駄なんだよ!」

 叫んだトモヤの身体から四方に向けて、炎が放出される。放たれた炎は、男たちの予想をはるかに超える速度で襲いかかった。

 何人かの男は避けることができずに、炎に真正面から飲み込まれた。男たちが着用しているアサルトスーツごと全てを燃やしていく。火柱の中から悲鳴がいくつも聞こえてきた。

「くそ……っ」

(ひる)むな! 必ず止めろ!!」

 仲間がやられたことに数人の男がたじろぐが、後ろから突撃していった別の男の大声で士気を盛り返した。突撃していった男に続いて、男たちはさらにトモヤへと向かっていく。

「遠くからでも近づいても、僕には関係ないよ。そんなものじゃ僕は殺せない!」

 向かってくる男たちに、連続で火球を撃つ。

 一直線で飛ぶ火球を避けきれずに倒れる男たちがいる中で、中庭の奥からキラリと光るものがあった。それに気付いたトモヤは、慌てて炎の壁を作り出す。次の瞬間には、炎の壁に何かがぶつかった。

「……銃弾」

 銃撃してきたのは、中庭の奥で待機していた狙撃銃を持った対『覚醒者』部隊(SPAT)の一人だった。

 どうやら目の前の男たちは陽動で狙撃銃を持った男が本命なのだろう、とトモヤは判断する。それも一人だけとは限らない。おそらく、複数の男でトモヤを狙っているだろう。

「なら――」

 息を吸って、トモヤはさらに能力の使用に神経を研ぎ澄ませる。『覚醒者』の人知を超えた力の影響で、トモヤの身体が赤く発光していく。そして、一気に能力を解放する。

 解放された力は巨大な火柱を作りだし、八方へと広がっていく。その中心にいるトモヤの姿は怒りに燃える邪神のように見えた。

「に、逃げろ!!」

 一気に広がっていく火柱を見て、対『覚醒者』部隊(SPAT)は撤退しようとする。しかし、到底間に合わなかった。

 どこから狙われているか分からないなら、全てを攻撃すればいい。全方位をまとめて焼きつくそうとしたトモヤの攻撃は中庭だけでなく研究所全てに及んだ。絶叫すらも聞こえず、一瞬のうちに対『覚醒者』部隊(SPAT)は一人残らず沈黙した。



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