第三章 救われる者は Ⅵ
マサトシは日野市に戻ってきて、驚愕していた。
駅を出た所から見える空の一部が、黒々とした煙で埋め尽くされていたのだ。その黒煙を見て、すでに駅前はパニックになっていた。煙を見て早く家に帰ろうとしている者以外に、「近くまで行ってみようぜ」と言い合う若者から、異様な光景に変わった空を写真に撮ろうとしている者までいた。
それらの様子を横目で見ながら、マサトシは気付く。
(研究所の方向じゃないか!?)
『眠る街』で老人から聞いた話がマサトシの頭をよぎる。『覚醒者』が暴れ出したと言っていたことから、マサトシは嫌な予感がしてならなかった。単純な火災の可能性を疑うよりも、そちらのほうがマサトシには現実味があるような気がしたのだ。
「くそっ」
珍しく悪態をついて、マサトシは『県立異能力精査研究所』へ向かう。慌ててタクシーを呼び、すぐに目的地を伝えると、急発進でタクシーは今も広がっている黒煙の元へ走り出した。
三車線の道路を研究所へと向けて走るタクシーの中で、マサトシは警察車両のサイレンがいくつも鳴り響いていることに気付く。
(市民の避難誘導……。それだけじゃない。対『覚醒者』部隊の出動も、か――)
『覚醒者』の鎮圧を目的とした対『覚醒者』部隊は、アメリカのSWATに新設された『覚醒者』班に倣って、日本の警察内にも作られた特殊部隊だ。『覚醒者』を相手する専門部隊のため、全国からエリートが集められ、実際に『覚醒者』を幾度も捕まえている実力も実績も十分の部隊である。
(対『覚醒者』部隊が動いているなら、間違いない――)
駅前から見えた煙は研究所で発生したものだ、とマサトシは確信した。
運転手に「急いで」と伝えて、視線を窓の外へ移す。空を塗りつぶそうとしている黒煙の元へ着実に近づくにつれ、街のパニックは酷くなっていった。慌てて家から飛び出す女の人と子どもの姿がちらっと見えた。騒動の大きさに気付いて、逃げようとしているのだろう。研究所が近づくほどやじ馬の数は減っていき、反対側へと必死の形相で走る人々の数が増えていった。
その様子をマサトシは見ていたが、タクシーを止めることはしない。その先に、いかなければならない理由がマサトシにはあった。