第二章 友達になろう Ⅱ
トモヤの『覚醒者』としての力の把握は、一段階目が終わった。
研究調査が終わった後、トモヤは談話室へと戻ってきていた。
その談話室には、すでに先客がいた。
かれんである。
「やぁ」
研究調査を終えて戻ってきたトモヤを見て、かれんは声をかける。トモヤの目に、声をかけたかれんはやはり恐いと思う。
しかし、『県立異能力精査研究所』にいる『覚醒者』の中で、かれんは一番の年上である。そのかれんが、率先して仲良くしようとしなければ、他の『覚醒者』の子どもたちも話しかけない恐れがあった。
「……どうも」
かれんの挨拶に、少し遅れて返事をする。
そのことに、
(人と話すのが苦手なのかな……)
と疑問に思った。
トモヤの第一印象は、鋭い目から感じる恐怖に塗り固められている。しかし、それを置いといても、トモヤの昨日のあいさつはとても上手いとは思えなかった。もっと言えば、事前にこう言えと誰かに言われていたような喋り方だった。
そのことをかれんは思い出す。
(だったら、なおさら私が頑張らないと――)
かれんは、そう意気込む。
「どう? ここの研究所は?」
「……僕が前いた所よりも大きいです。人も前の所よりもたくさんいて、ちょっと息苦しいような……」
「そ、そう? まぁ、いきなり慣れるのは難しいよね」
あからさまに、かれんはショックを受けた。
トモヤが以前いた研究所の事は知らないが、かれんは『県立異能力精査研究所』が一番良い施設だと思っているのだ。トモヤの「息苦しい」という言葉には大きく動揺する。
一方のトモヤは深い意味もなく、その言葉を言ったようで、談話室をきょろきょろと見回していた。
「どうかした?」
「い、いえ……。ここには、こういう部屋があるんだなって思って――」
「トモヤくんが前いたとこにはなかった?」
談話室を物珍しそうに見ているトモヤに、かれんは必死に話を広げようとする。ここで食い下がる訳にはいかない。トモヤとの距離を縮めて、他の『覚醒者』の子どもたちとも仲良くなってもらわなければならないのだから。
「はい。前の所は『覚醒者』は僕ともう二人しかいなかったし、その二人も僕よりも年上だったから話すことも少なくて……」
少し寂しそうにトモヤは口にした。
その研究所でのことを思い出しているのかもしれない。その胸中はかれんには分からない。
だが、
(『覚醒者』と接する機会が今までは少なかったのかも――。もし仲良くなりたいって思ってるなら、私たちから積極的に話しかけたら心を開いてくれるかもしれない)
かれんは、そう捉えた。
そう考えると、後は簡単である。トモヤの性格や趣味趣向などを理解して、かれんの方から積極的に話しかけに行けばいい。
そうと決まれば、かれんは積極的にトモヤに話しかけていく。
「前のとこは年上の人ばかりだったみたいだけど、ここはトモヤくんと同世代の『覚醒者』もいるからね。昨日の挨拶の時にいた、あの子たちだよ」
「……僕もびっくりしました。初めて同い年くらいの『覚醒者』を見たから――」
それほど大きくない声で、トモヤはぼそぼそと答えている。
かれんはそれを、緊張しているのかな、と捉える。
「そうなんだ。うん、子どもの『覚醒者』がいる研究施設は少ないもんね。でも、ここは子どもしかいないから、きっとトモヤくんも気に入るよ」
「……そうなると、僕もいいなって思います」
少しだけトモヤの表情が変化した。
かれんには、それが笑ったように見えた。
人ならば誰もが持つ感情の一つをようやく見られて、かれんはホッと胸を撫で下ろした。無表情の人を相手に話すのは意外に労力がいるのだ。
「うん。私も、きっと他の子たちもそう思ってるよ。それに、トモヤくんが居心地良いって思ってくれるように、私たちも努力するから」
「……ありがとうございます」
小さくお辞儀を混ぜて、トモヤはお礼の言葉を述べた。
その仕草と言葉に、かれんも満足そうに「うん」と微笑む。
「あ、それと敬語じゃなくていいよ。敬語だと窮屈でしょ?」
「けど、年上の人には――」
「うん。そういう風に考えてるのはいいことだと思う。日本じゃ常識のようだしね。でもね、研究員の人には敬語で接するべきだと思うけど、私には別に敬語じゃなくていいよ。私もトモヤくんも対等な『覚醒者』なんだから――」
そう言って、かれんは笑った。
「……い、いいの?」
「うん! それでいいの。敬語でおしゃべりするよりも、そのほうが仲良くなれそうでしょ?」
笑顔を絶やさないかれんの言葉に、トモヤはおずおずといった感じで頷いた。
「……わ、わかった」
「それでよし!」
二人の間に妙な雰囲気が漂う。最初に恐いと思ったかれんの印象は、いくらか薄らいでいた。
談話室の空気が変わったことに、かれんはほっとする。
(案外話しやすい子なのかも)
一度そう思うと、あとは簡単に思えた。
「それとね、トモヤくんと仲良くなりたいって思ってるのは、私だけじゃないよ」
「え?」
いきなりそう言いだしたことに、トモヤは疑問で返す。
「見てごらん。みんな、トモヤくんと話したいって思ってるから」
そう言って、かれんは談話室の扉のほうを指さす。
そこには、扉を少しだけ開けて、ショウコたちがこちらをじっと見ていた。