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第四章 復讐は誰のために Ⅹ

 

 駅前通りの奥にある何気ないビルのワンフロア。

 外壁が崩れ落ちたそのフロアから階段を下りた二階のある部屋にサトシとユミ、タクヤの三人はいた。

 上の階はフロア内の壁を壊し、大きな部屋として『ビッグイーター』が活用していたが、このフロアはいくつかの部屋に分けられている。それぞれの部屋は事務所や倉庫として活用されていた。その内の一つに三人はいるのだ。

 壁で仕切られている部屋からは、外の様子が分からない。まだ外での騒ぎが起きているのかどうか、それすらも知ることができない状況だった。

 そんな照明が切れた部屋の壁にもたれかかるようにして、サトシは息を整えていた。先ほどコウジに投げつけられて飛んだ意識は、今はもう戻っている。

 憔悴(しょうすい)しきっているようなサトシを心配して、ユミが声をかける。

「サトシ……」

「……大丈夫だ。ここで、俺が(くじ)けるわけにはいかない。仲間のためにも敵を()たないと」

 心配するユミの視線を見ずに、サトシはぶつぶつと小さく呟いた。

「お、おい!」

 それを聞いて、タクヤは慌てる。

 サトシの発言は、コウジたちと何も変わらない――復讐に取りつかれたものだった。

「仲間を殺されて辛いのは分かる。けど、これを繰り返したって何も解決にはならないぞ!」

 タクヤがかけた言葉に、サトシは(うつむ)かせていた視線を上げた。

「何も変わらない? そんなことないさ! 死んでいった仲間たちが満足してあの世へ行けるはずだっ」

「仮にそうだとしても、そんなもの確認できないだろ!? サトシの自己満足にしかならねぇよ!」

「それなら、自己満足で構わない!! この憎しみを自己満足で放出するんだ!」

「……サトシっ!!」

 聞き分けのないサトシの言葉と態度に、タクヤは声を荒げる。

 その視線の先には、心配そうに二人を見つめているユミの姿もあった。

「……サトシ」

 不安そうに零れたユミの声も、サトシには届かない。

「なら、どうしろって言うんだ!? 先に俺たちをこんな目に合わせたのはあいつらだ! 家族を失って、自分たちだけで生きていくって覚悟してから、ずっとこうして生きてきたんだ! 『覚醒者』がいなければ、俺たちだってこんな暮らしをしなくても済んだのに――」

『覚醒者』がいなければ。

 その言葉は、タクヤの心を(えぐ)る。

「……っ。確かにそうかもしれない。『覚醒者』なんて存在がいなかったら、サトシやユミは今も家族と暮らせてたんだろう。俺もたぶん二人と同じ学校に通ってたんだろう。……けど、それを今悔やんでも仕方ないはずだ――っ。起こったことはどうやっても、取り返せない!」

 タクヤの言葉は、かつて自分が思い描いていた未来であり、何度も問い詰めてきた過去だ。

 叶わなかったからこそ、そこに強い思いを()せている。

「サトシたちの家族が亡くなったことも、今仲間が亡くなったことも取り返せないことだ! 復讐をしたことで自分の憎しみを解消しても、同じように『覚醒者』たちも憎しみを感じているんだよ……っ やられたからやり返した? その結果がどうなった!? また大切な人たちを()くしただけじゃないか!!」

 激しい言葉。

 その全てに、タクヤの想いが込められている。

 いや、タクヤだけの想いじゃない。『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』を止めてほしいと願ったユミの切実な想いも込められていた。

「じゃあ、どうすれば――」

 そこで、サトシの言葉が詰まる。

 仲間を目の前で失った苦痛と憎しみ。それをはっきりと感じていながら、復讐はするな、と言われたサトシは項垂れる。

「……俺たちに任せろ。『覚醒者』の尻拭いは、同じ『覚醒者』がやるさ」

 そのサトシにタクヤが力強い言葉で告げた。

 コウジを前にして目を塞いでいたタクヤの声ではない。『覚醒者』としてのタクヤの声だった。

「け、けど、タクヤの力は――」

「あぁ。俺の力はあまり戦うのには向いてない。けど、戦うのは俺だけじゃないさ。そうでしょ、カツユキさん?」



「あぁ、もちろんだ」



 そのタクヤに呼応するように、フロア内に声が響いた。

「……っ!?」

「いつの間に!?」

 いきなり人が現れたことに、サトシとユミは身を()け反らして驚いた。

「携帯でGPS付きのメール送っといたからな。俺の力だって、サポートには役に立つさ」

 二人の疑問に、タクヤはなんでもない、というような表情で答えた。

「……さっきはやられたけど、次は大丈夫だ」

「本当なんでしょうね、それ?」

 カツユキの言葉を半分疑うように笑いながら尋ねるタクヤ。

 その表情は、これまで『ビッグイーター』と一緒にいた時には見せていなかった信頼している仲間に見せる表情だった。

悠生(ゆうき)は?」

「逃がすために(おとり)になってくれて、その後は……。たぶん捕まったんだと――。俺たちを庇ったばっかりに……っ」

「そうか。それがあいつの意思と決断だったんだろう。お前は感謝しろよ、あの小僧に」

「……えぇ、分かってます」

 強い光を取り戻した瞳で、タクヤはビルの出口を見る。

 そこでは、今もはっきりと非日常の騒ぎを表している悲鳴と轟音が響いているはずだ。



 テツヤとナオキを沈黙化させたマサキは、後から追いついてきたトモユキと騒ぎの元凶になったビルへ向かって走っていた。その後を、『ビッグイーター』のダイチも追いかけていた。

「……静かですね」

「嫌な予感がするな」

 走りながら外壁が崩壊したビルの様子を細かに見ていたマサキの言葉に、トモユキも同調する。

 二人のやり取りを後ろから聞いていたダイチも、慌ててビルを見上がる。

 よく様子を探ると、それまで発砲音が響いていたビルからは何も音がしてこない。駅前通りとは違って、ビルからは人の悲鳴すらも聞こえてこない。

(まさか……っ)

 そのことに、ダイチは最悪の結果を想像してしまう。

 マサキが倒した『覚醒者』二人にダイチは歯が立たなかった。ビルにいるのはその『覚醒者』のリーダーであり、テツヤはコウジの力は無敵だとも言っていた。他のメンバーが倒せる相手とは思えない。

「くそ……っ」

 一度想像してしまったことは自分の意思では止められず、さらに最悪の結果へと加速していく。

(……サトシたちは無事なんだろうか)

 それも、もちろん分からない。

 ただ無事を祈って、ダイチは足を進めることしかできなかった。

「待て!」

 そこへ、トモユキの声が飛んできた。

 不意に聞こえた声にダイチが驚いて視線を向けると、先を走っていた二人の目の前に顔面が血まみれの男が現れた。

 コウジだ。

 それまでトレードマークのように被っていた黒い帽子がなくなっている。血でべったりとした髪がコウジの目にかかっていて、さらに見た目の恐怖を助長させていた。同様に血で赤く染まっている両手は一人の男を抱えている。気絶している悠生だ。

「……その腕に抱えている男を返してもらおうか?」

 さきほど声を張り上げたトモユキは、じっと悠生へ視線を向けている。

「『ビッグイーター』の仲間……か、だめだ。こいつは俺をここまで切れさせたんだ。容赦はしない」

「君がそう言うなら、こちらも容赦するつもりはないぞ。その子は、私たちの大事な子なのだ」

「その大事な子はどうやら躾がなってないようだな。人の目にクギを刺してくれるなんてよ」

 片方の目を手で押さえながら、コウジは冷淡に言い放った。

「それ相応のことをしているだろう? 君たちがしてきたことは否定できないよ?」

 それを聞いて、トモユキではなくマサキが黙っていなかった。マサキは自業自得だ、と言い返す。

「その原因を作ったのは誰だ!? お前たちが俺たちを廃絶してきたからだろう!」

「……何を言ってるんだ? 僕らは『ビッグイーター』とやらの仲間じゃない。その子の仲間なんだ。それに『覚醒者』と一般人の確執なんて、今はどうでもいい。そっちの都合に巻き込まないでほしいね」

「都合……? 何もかも始まりは後ろにいるそいつらが、俺たちを忌み嫌い、追いやってきたからだ! 俺たちだけの都合じゃないぞ!!」

 声を荒げるコウジ。

 その怒声は、テツヤやナオキのものと何も変わらない。自分が置かれている環境を、全て『眠る街(スリープタウン)』の外側で暮らしている人たちのせいだと叫んでいる。

 それは間違いとは言えないだろう。

 しかし、引き起こしたこの騒動を、廃れた街で暮らさざるを得ないことを、何も努力しておらずに全て他人のせいにすることは、マサキの神経を逆なでした。

「……君たちはそう思うのか。僕たちが今の立場を手に入れるのに、何も努力していないと、そう思うのかい? 僕たちだって、必死に今の環境を手に入れたんだよ!」

 マサキのように、研究所や施設の保護を受けている『覚醒者』は全体の半分にも満たない。

 当然、倍率は高くなる。

 マサキも、『ルーム』にいる他の『覚醒者』もそれぞれ少なからず努力をしてきた者たちだ。だからこそ、コウジたちの発言が気に食わないのだ。

「もういい。これ以上言っても、意味はないだろう」

 苛立ちを露わにしているマサキへ、トモユキが短く口にした。これ以上の言葉の問答は時間の無駄だ、と。

 次の瞬間、マサキが飛び出した。

 圧倒的な速度で、気絶したままの悠生を抱えているコウジへと迫る。その表情は怒りで固められていた。

「ち……っ」

 悠生を抱えたままのコウジは、突撃してきているマサキをかわすこともせず、その身体で受け止めた。

 二人の身体がぶつかる瞬間、ドスッ、という鈍い音が響き渡る。マサキの拳が、コウジの腹を捉えた音だ。

 しかし、コウジが倒れることはなかった。

「なっ!?」

 一度クリーンヒットを入れるだけでテツヤもナオキも倒してきたマサキは、同じ威力の攻撃がコウジに効かなかったことに驚愕した。

「へぇ、お前の力も強化系か」

 マサキの耳元で、コウジの声が響く。

 直後には、マサキの身体は吹き飛ばされていた。気付かない内に、裏拳が側頭部を直撃したのだ。

 吹き飛ばされたマサキは、数メートル地面を転がって倒れた。

「鉛玉は大して痛くないが、お前の攻撃はなかなか効いた。久しぶりに痛いという感触を抱いたぞ」

 悠生を抱えている手とは逆の手で、コウジは自分の鳩尾あたりをさする。さきほどまで怒声を吐いていた表情にも、余裕の色が戻ってきている。

「マサキ!」

 地面に倒れたマサキのもとへ、慌ててトモユキが駆け寄る。その後をダイチも続いてきた。

「大丈夫か?」

「ぐ……っ。え、えぇ」

「マサキの力でも歯が立たないか?」

 トモユキは、マサキの力のすごさを熟知している。そして、マサキの拳がコウジの身体に届いていたこともしっかりと見ていた。

「僕とはまた違った強化系みたいです。銃弾が効かないっていうのも本当だと思います」

「……そうか」

 マサキの話を聞いて、トモユキは一歩後ろに下がった。

『覚醒者』でもない自分が挑んでも、一瞬で捻り潰されるだけだろう。それは『ビッグイーター』のメンバーが証明してしまっている。そうなると、トモユキに出来るのはマサキの戦う邪魔にならないようにするだけだった。

「頼むぞ」

「わかってます!」

 立ち上がったマサキは、臆することもなく再びコウジ目がけて突撃していく。挑み続けなければ、悠生を助けることなど出来はしない。

(悠生くんの身体を一瞬でも離させればいい。そうすれば、一気に距離を離してやる!)

 マサキの目的はあくまでも悠生の解放であり、コウジを倒すことではない。もちろんコウジを戦闘不能にする必要があるなら、そうしなければならない。だが、そこまでマサキは考えていなかった。

「何度立ち向かってきても、同じだぞ!!」

 先ほどマサキの突撃を難なく受け止めたコウジは、やはりかわそうともしない。マサキの攻撃を真正面から受け止める気だ。

(狙うのは、悠生くんを抱えてるその手――!)

 マサキの拳が、今度は悠生を抱えているコウジの手を捉えようとする。マサキの人知を超えた力は、自身の身体を強化するもの。動体視力も圧倒的なまでに強化されているからこそ、突撃している中でも悠生の身体を抱えている手だけを正確に捉えることができる。

 しかし、

「それを待ってたぞ!」

 コウジは、マサキのその狙いを待っていた。コウジは悠生を抱えているほうの手をいきなり後ろへ引いたのだ。

「ち……っ」

 いきなり腕を引かれたことにも、マサキはついていく。さらに距離を詰めて、攻撃を加えようとしたのだ。

 だが、

「ぐぅうううう――っ!!?」

 攻撃を受けたのは、マサキのほうだった。

 引いたコウジの手を追いかけようと突っ込んだ所に、コウジの膝蹴りをカウンターで受けたのだ。

 さらに、コウジの回し蹴りがマサキの脇腹にヒットした。

「がっは……っ」

 強烈な痛みが、マサキの身体を襲う。

 その蹴りはとても人の筋力で為せる威力ではなかった。マサキと同じように、身体を強化しているとしか思えないほどだ。

 (うずくま)って脇腹を手で押さえているマサキの身体を、さらにコウジは蹴飛ばす。

「く、くそ……っ」

 痛みが全身を走り、『覚醒者』としての力が発揮できない。

 仰向けに倒れたマサキの胸を、見下すようにコウジは踏みつけた。

「ぐ……ぅ」

 痛みに耐えるように苦痛な表情のマサキと違い、コウジの表情は相変わらず余裕だ。だが、そこには耐えがたい憎しみの色が混じっていた。

「あっけないな。あれだけ言ってても、この程度か――」

 踏みつけたマサキを見て、コウジは落胆の気持ちを少しだけ見せる。威勢よく邪魔をしようとしていたのに、たったの二度の交戦で地面に屈していることに呆れているようにも見えた。

 そして、コウジは『ビッグイーター』のメンバーの時と同じように止めを刺そうとする。

「……死ね」

 そうして、首の骨を折ってやろうとコウジが踏みつけていた足を上げた。

 そこで、銃声が響いた。

 銃声とともに撃たれた銃弾は、コウジの身体に直撃する。先ほどの言葉通り、それでコウジが倒れることはなかったが、コウジの視線がマサキから銃声がしたほうへと移った。

 そこには、拳銃を構えているトモユキの姿があった。

「させない!!」

 トモユキの目は、威嚇いかくするようにコウジを睨んでいる。拳銃を構えている手も震えてはいなかった。

「……次はお前が邪魔をするのか」

「さっきも言ったが、家族の身に迫る危険をただ見ていることなど出来ないのでね!」

 強い意思を持って、トモユキは拳銃を構えていた。

 その姿を見たコウジは、はぁ、と小さくため息をついて、身体をトモユキのほうへ向ける。マサキよりも先にトモユキを排除しようと考えたのだ。

「君! 私が注意を引いておくから、彼を助けてくれないか?」

 トモユキは、それまでずっと近くにいたダイチに声をかけた。

「え? お、俺が?」

「そうだ。この場で頼れるのは君しかいない。そして、この場であいつを倒せる可能性があるのは彼しかいない。彼がやられたら、私も君も殺されるだけだ!」

 そう言って、トモユキは拳銃を連射した。

 有無を言わせないトモユキの行動に一瞬躊躇したダイチも、慌てて駆け出す。トモユキの言う通りだと気付いたからだ。

 そのダイチの行動に気付きながらも、コウジは先に抵抗してきているトモユキの排除を優先した。先に威勢の良い者を倒しておくことを優先したのだろうか、とダイチは疑問に思いながらも、倒れているマサキのもとへと走っていく。

(本当に効かないのだな……)

 拳銃をいくら撃っても倒れる気配のないコウジを見て、トモユキは下唇を自然と噛む。

 確実に距離を詰めてきているコウジに少なからず恐怖を覚えながらも、拳銃の引鉄は止めない。ダイチに言った通り、注意を引こうとしているのだ。

「しかし……」

 諦めるわけにはいかない、とトモユキは銃弾を装填し直して、拳銃を再度撃つ。

 その間に、倒れているマサキのもとへダイチは辿りついた。

「お、おい! 大丈夫か!?」

「……っはぁはぁ……あ、あぁ」

 胸を踏みつけられていたマサキは呼吸を荒げながらも、ダイチの呼びかけにしっかりと答えた。

「良かった! あのおっさんが、あんたを心配して――」

 途中でダイチの言葉が途切れた。

 ダイチの耳に、新しい悲鳴が聞こえてきたからだ。

 悲鳴がしたほうを見れば、トモユキがマサキと同じように地面に倒れていた。どうやらコウジの蹴りを胸に受けたらしい。持っていた拳銃を離して、右手を胸に当てている。

「お、おっさん!!」

 トモユキが倒れているのを見て、ダイチは声を張り上げた。

 このままではトモユキが殺されてしまう。まずい、とダイチが思った時には、マサキが起き上がって走り出していた。

「お、おい!」

 いきなり駆け出したマサキに、ダイチは声をかける。

 しかし、その声にマサキは止まることも振り返ることもしなかった。その目はまっすぐにトモユキへと向けられている。

「トモユキさん!!」

 倒れているトモユキを、今まさにコウジが殺そうとしている。トモユキが持っていた拳銃を空いた片方の手に握っていた。

 それだけはさせない、とマサキはさらに足に力を込めた。

 身体の中でブチブチ、という何かが千切れるような嫌な感覚が広がっていく。『覚醒者』としての力の行使に、身体がついていかないような感覚がマサキの全身を襲う。

(今、ここであの人を失うわけにはいかない……っ)

 その感覚も、マサキは無視して速度を上げていった。

 悠生を助けることも大事なことに変わりないが、トモユキは『ルーム』のみんなの親であり、進むべき道を示してくれる指針だ。悠生を助けるための必要な犠牲になってはならない。

「ぁああああああああああ――っ!!!」

 それまで聞いたことがないような雄叫びを上げながら、マサキはコウジへ突進していった。

 殴るでも蹴るでもなく、ただの体当たり。

 けれど、それだけでコウジの身体をよろめかせるにはあまりに十分すぎる威力があった。

「ぐ……っ!?」

 後ろから身体をぶつけられたコウジは、前のめりになってしまう。それだけで、拳銃の照準がずれてしまう。

 そして、マサキがぶつかった反動で撃たれた銃弾はコンクリートを少し砕いただけだった。

「くそっ、お前!」

 慌ててコウジが振り返った先には、マサキの姿はなかった。

 どこにいった、とコウジが探していると、拳銃を持っている手に衝撃が走る。その衝撃で、コウジは拳銃を落としてしまった。死角からマサキがコウジの手を蹴りあげたのだ。

「ち……っ」

 衝撃が走った手自体に、コウジはあまり痛みを感じない。だが、拳銃をもう一度拾おうとしたところで、その拳銃を蹴り飛ばされた。

 拳銃を蹴り飛ばしたのは、もちろんマサキだ。

「拾わせない!」

 トモユキを庇うようにして立つマサキとコウジが至近距離で睨みあう。睨みあう二人の火花が視認できるのでは、と思うほどに二人は敵意を剥き出しにしている。

 そこへ二人の意識を外すように、声が聞こえてきた。

「随分と苦戦してるみたいだな――」

 その声の主は、怪我を負ったと聞いていたカツユキだった。

「カツユキさん!? け、怪我は大丈夫なんですか――?」

 いきなりカツユキの声が聞こえてきて、マサキは驚いた反応を見せる。一方で、いきなり新たな敵が現れたと認識したコウジは一度距離を取った。

「この通りだよ。治ってはないけど、まだ動ける」

 マサキの質問に、カツユキは包帯が巻かれている身体を示した。それでも、大丈夫だと言ってのける。

「け、けど……」

「いいから、あいつから目を放すなよ」

 まだ口を開いていたマサキを制して、カツユキはその向こうにいるコウジへと視線をずらした。

「お前は……」

 マサキ同様に、距離を取ったコウジもいきなり現れたカツユキに驚いていた。

 数時間前での戦闘では逃げられはしたが、すぐに動けるようにはならないほどのダメージを負わせたと思っていたのだ。

「よう。さっきはよくもぼろぼろにしてくれたな。――おかげで、弱点分かったぜ」

「弱点……!?」

 コウジはさらに声を大きくして驚く。

「あぁ。お前の力は、案外単純なんだな」

 ニヤリ、とカツユキは笑う。

 その顔に、コウジは焦りの色を見せた。

 コウジはカツユキの『覚醒者』としての力をおおよその予想で知っている。その予想が、カツユキの弱点が分かった、という発言と繋がっていることを、コウジ自身も気付いたのだ。

「どういうことです?」

 二人のやり取りを聞いていたマサキは、分からないとカツユキに尋ねた。

「長く喋ってる時間はない。タクヤが動いてくれてる。それに俺なら奴を倒せる。お前は悠生を頼む、やれるな?」

「……? はいっ」

 カツユキの話の意味が分からずも、マサキは言われたことに頷いた。今までの経験から、カツユキを信頼して失敗したことや損したことはなかったからだ。

(身体は限界に近い……。けど、ここで悠生くんを助けることを諦めることはできない!)

「マサキ! 小僧を引きはがせ!」

「あとは頼みますよ、カツユキさん!!」

「任せろ!」

 そしてカツユキの指示を聞いて、マサキは再三コウジに向けて突撃していった。その後ろをぴったりとカツユキもついてく。

「ち……っ」

 今度は二人で突っ込んできたことにも、コウジはそれまでと同じように対処していく。片手で抱えている悠生は依然としてそのままだ。

(悠生くんを引きはがすためには、まず空いている手を塞がないと――)

 コウジは迫ってきている二人に対して、悠生を抱えている手とは逆の手で相手しようとしている。その手を塞ぐことで、悠生を抱えている手を無理矢理使わせるのだ。

(拳も蹴りも大して効果がない。なら、今度は――)

「掴みかかってやる!」

 そう判断して、マサキはコウジの空いている手に飛びかかった。

「な……っ!?」

 それまでと違うマサキの行動に、コウジの反応が一瞬遅れてしまう。

 その一瞬だけで、カツユキには十分だった。

「お前の力は、マサキと同じような身体強化系じゃねぇ。身体を鉄のように硬質化させる力だ」

「……っ!?」

 眼前まで迫ったカツユキの言葉を聞いて、コウジの表情が固まる。

「だから、お前には銃弾や打撃系の攻撃が効かなかった」

「く、くそ……っ」

 一度固まった表情は、すぐに焦りの表情へと変わっていく。それは、今までの冷静で冷徹なイメージとは大きくかけ離れた窮地に立たされた人の表情だ。

 一つ一つ区切られたカツユキの言葉が、そんなコウジの脳を揺さぶる。

「お前は知ってるよな、俺の力を? あんだけ近くで見たんだからよ」

 その言葉で、コウジの脳裏にテツヤとナオキの身体からいきなり血飛沫があがったシーンが(よみがえ)る。

 その恐怖を抱いた時には、目の前にカツユキの手が伸びてきていた。

 手が顔面に近づいてきているのを見て、コウジは慌てて抱えていた悠生を身代わりとして身体の前に差し出そうとする。カツユキが力を使おうとしていることは明白であり、カツユキの手がコウジではなく悠生の身体に触れれば、力の行使を受けるのは悠生になる。そのために、コウジは重たい悠生の身体を抱えていたのだ。

 もう少しで、カツユキの手は悠生の身体に触れる。そう思って、コウジが安心したようにほっとしようとすると、



 いきなり、電子音が響いた。



 それは携帯端末の着信音で、コウジの服から聞こえてきている。

「……っ!?」

 突然携帯端末から着信音が響いたことにコウジは驚いて、動作を止めてしまう。その反応を見て、カツユキは再度ニヤリ、と笑った。

(し、しまった――っ)

 コウジが、そう思った時にはもう遅かった。

 カツユキの手は差し出されるような格好になっていた悠生の身体をかわして、その悠生を抱えているコウジの腕を触れる。

 その次の瞬間、コウジの腕から血管や皮膚を破いて大量の血が噴き出した。

「っぁあああああああああああああ――っ!!」

 絶叫が木霊する。

 自分の腕から大量に溢れ出る血飛沫を見て、コウジは抱えていた悠生を思わず放してしまった。

 カツユキはそれを見逃さず、

「マサキ! 小僧を!!」

 コウジの身体を押さえていたマサキに指示を出す。

 その指示を聞いたマサキは、すぐに悠生の身体を受け止めた。相変わらず意識を失っているが、身体に目立った傷はない。安静にしていれば、悠生は大丈夫だろう。

 悠生の身体を受け止めたマサキが離れたのを確認して、カツユキはさらに攻撃を繰り返す。

 その攻撃を受けるたびに、コウジの身体から大量の血が溢れていく。飛び散った大量の血はカツユキにも降りかかった。それを気にせずに、カツユキは腕を振るい続ける。コウジが反撃する気も起こらないほどに。

「これで、終わりだ!!」

 そして悲鳴にならない悲鳴を上げながら、コウジの身体が崩れ落ちていく。

「……あ……っ、あ……」

 倒れていくコウジの視線の先には、テツヤとナオキが同じように倒れていた。そして、その横にはタクヤが立っていた。タクヤの足元には何かが落ちている。

 携帯端末だ。

 もっと言えば、それはコウジが何度も見たことがあるテツヤの携帯端末だった。

 それを見てコウジは全てに気付き、フッ、と小さく笑って完全に地面に倒れていった。



 コウジが倒れた。

 その瞬間、駅前通りから歓声が湧いた。遠目から様子を窺っていた一般人たちの声だ。彼らは自身の安全が確保されているぎりぎりの場所から、興味本位で戦闘を見ていたのだ。

 湧き上がった歓声を無視して、カツユキは倒れたコウジを見下ろす。

「はぁはぁ……殺しはしない。大人しく捕まるんだ」

 そのコウジに、カツユキは短く告げた。

「……へっ、正義気どりかよ」

「……俺たちに正義があるとは思えない。けど悪があるとしたら、それはお前たちのほうだ」

「……ちくしょ……ぅ」

 その言葉を最後に、コウジの意識は消えていった。

 コウジの手から解放された悠生はまだ気を失ったままで、マサキがその隣で地面に座り込んでいた。

「とりあえず、これで終わりだな」

「えぇ、そうですね」

 近づいてきたカツユキに、マサキはそう満足そうに笑顔で返した。

 その一方で、テツヤとナオキが倒れていた場所にいたタクヤたちの所に、トモユキとダイチが向かっていた。

「……ダイチ、無事だったか」

 ダイチの姿を見て、サトシは今にも泣きそうな声で抱きついた。

「あ、あぁ。けど、みんなは……」

「分かってる」

 ダイチの声に同調するように、サトシは短く言葉を返す。その目からは涙が止めどなく溢れていた。心に抱いた憎しみや悲しみを洗い流すように。

 その二人の輪にユミも加わって、三人は泣き続けた。

 この涙が、仲間への鎮魂になることを願って。

「……ごめんなさい」

 サトシたちが悲しみを分かち合っている所から少し離れた駅前通りのお店の前で、タクヤはトモユキに何度も同じ言葉で謝った。

「……もう、いい。君が反省と後悔をしてくれているなら、私は十分だ。君を許してあげよう。それに、謝るべきは私にじゃない。君のことを想って、君のために動いてくれた彼らに、だろう?」

 そう言うトモユキの視線の先には、気を失っている悠生を囲むようにカツユキとマサキ、そして駅から駆けつけたアオイとミホの姿があった。

 四人は気絶している悠生を当たり前のように心配している。同じ『ルーム』で暮らしている仲間のように、本当の家族のように。

 そして、その家族に囲まれた中で、悠生はゆっくりと目を覚ました。

「……ん。……み、みんな――」

「よっ」

「気が付いたみたいだね」

「大丈夫?」

「怪我の痛みは私がとってあげるからね」

 意識を取り戻した悠生に、それぞれが言葉をかける。

 そこには安堵の表情しかなかった。

「……た、タクヤは?」

 気が付いた悠生は、真っ先にそう口にした。

 自分を覗きこんでいる表情の中に、タクヤの顔がなかったことに不安になったのだ。

「大丈夫だよ。悠生くん、君がタクヤを助けたんだ」

 悠生がゆっくりと上半身を起こすと、こちらへ走ってきているタクヤの少し赤くなっている顔がしっかりと見えた。




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