第四章 復讐は誰のために Ⅶ
小さな町にとって、駅前通りは一番人で賑わう場所だ。
休日となれば、それは顕著で、街まで出掛ける人やカップル、駅前通りから近くの商店街に行こうとする年配の人たちで活気になる。
しかし、今日ばかりはそのような微笑ましい光景ではなかった。
耳を劈くような悲鳴が木霊し、非日常の風景はエンターテイメントのアクション映画のような光景を作りだしている。
その光景の中にタクヤはいた。
タクヤの隣には『ビッグイーター』のリーダーであるサトシと、メンバーであるダイチとユミの三人がいる。
「……お前らはやっぱりそういう奴らなんだな――っ!!」
サトシの激昂が、四人の目の前にいる人物に放たれる。
四人の目の前にいる人物――『覚醒者』のナオキは、自身の力で作りだした槍を右手で担いでいる。いきなり現れたサトシたちにも余裕の表情は崩していない。
「……どっかで見た顔だと思ったら、ようやくリーダー様のご登場かよ? お前の仲間とやらは先輩たちがぼこぼこにしてるころだろうさ」
「くそ……っ」
安い挑発だが、サトシは堪えることが出来なかった。
駅前通りにはナオキに斬りつけられ倒れている人がたくさんおり、血痕があちこちに飛び散っている。さらに、『ビッグイーター』が根城にしているビルは外壁が崩れ落ち、中の様子が丸分かりになっていた。
「あいつら……」
ビルの中の様子を見て、ダイチは呻くような声を出した。苦痛に歪んでいるその表情は、キッと『覚醒者』を睨んでいる。
「憎いか? そうだろう? お前たちが今までしてきたことの報いがこれだ!!」
「報い? 最初に痛みを与えてきたのはあなたたちのほうでしょ!」
「なんだと……っ!? よくそんな口が利けるな! この一〇年間で俺たちが受けてきた迫害がどんなものかお前たちは知らないくせに!!」
ナオキの叫びは止まらない。
その叫びはサトシたちだけに向けられたものではなく、逃げ惑っている一般人やようやく現場に着いた警察たちにも向けられていた。
「俺たちだって人間だ! 生きるために戦ってる――っ! それをお前たちは、『覚醒者』は害だと勝手に決めつけ、薄汚い『眠る街』に隔離して安穏と暮らしてきたんじゃないか!!」
「…………」
ナオキの言葉はサトシたちには自分勝手なものにも聞こえたが、同じ『覚醒者』であるタクヤだけは違うように聞こえていた。
(……俺も同じだ……。あいつも俺と何も変わらない……っ)
胸中で、タクヤはそう思う。
ナオキが言ったことはタクヤ自身も受けてきたものだ。一般人は『覚醒者』を恐怖の対象と認識し軽蔑する。その中から『覚醒者』に恨みを持った『賞金稼ぎ』が生まれ、数で勝る『賞金稼ぎ』によって『覚醒者』たちは生きる場所を自ら狭めることしか出来なかった。
その経験は大して変わらないのだ。
「けど、お前たちも争いで俺たちに被害を加えてるだろうが――っ!!」
負けずとダイチも激昂する。
ダイチは『覚醒者』同士の抗争に巻き込まれ、その際に家族を失っているのだ。
「その抗争の発端を作ったのは誰だ!? お前たちだろうが!! お前たちが俺たちを受け容れてれば、俺たちだって争わずに済んだんだ!!!」
その一言で、ナオキの怒りが炸裂した。
ナオキは槍を振るいながら、サトシたちへ迫っていく。
いきなり行動に移ったことでサトシたちだけでなく、取り巻きとして注視していた一般人や警察たちも慌てて動きだす。
「サトシ!」
「分かってる。ここは任せるぞ、ダイチ!!」
「あぁ、先に行け!」
ダイチの合図で、サトシとユミは外壁が崩れ落ちたビルへと駆け出していく。一瞬迷ったタクヤも、二人の後を追いかける。ダイチと一緒に残ったところで、タクヤが出来ることはまずないのだ。
「行かせるかぁ!!」
そこへ、迫ってきていたナオキが、サトシたちへと方向を変える。狙いはあくまでもリーダーのサトシなのだ。
しかし、そのナオキの行動は一つの銃声によって止められた。
「……ちっ」
見れば、拳銃を持ったダイチがナオキを睨んでいた。
「お前の相手は俺だ」
「拳銃を持っただけの一般人が敵うって思うなよ!」
「生身の人間に変わりゃしねぇだろが。頭撃ち抜いてやるよ」
「やってみろ!」
たった一つの武器をお互い手にして、二人の男がぶつかり合っていく。
駅前通りを走ったサトシとユミ、そしてタクヤが入ったビルの惨状はとても酷いものだった。
ほんの二時間前にはここにいた、ということが信じられないほどである。
「……ひどいな」
率直な感想をタクヤは呟いた。
鼻腔を強烈な異臭がつく。吐き気を催すほどの耐えがたい異臭だ。
しかし、サトシとユミはその匂いを嗅いでもじっと耐えていた。その二人の視線は、ある一点に向けられている。
「…………」
「……」
じっと一点を見つめている二人は口を開けながらも、声を発せられないでいる。
二人が視線を向けている先には、無数の死体があった。
その顔はどれも知っているものだ。
『ビッグイーター』のメンバーたちだ。
「あん? なんだ、お前ら?」
無数に転がっている死体の中に、立っている人影が二つあった。その内の一つが、三人を見つけて、声をかける。
「……お、お前らが……。みんなを――」
サトシの声は震えている。
「サ、サトシ……」
その声を聞いて、ユミは心配の表情を見せる。
二人の後ろにいるタクヤは、それだけで全てを察した。
「テツヤ。こいつがリーダーだ。俺たちの最終目標だよ」
「そういや、あの夜に俺たちを襲った中に、お前の顔を見た気もするなぁ」
先ほどサトシたちを見つけた影が、キッと睨みつける。
明らかな憎しみが、その顔には浮かんでいた。
「なんで、こういうことになってるか、分かるよなぁ?」
「……俺たちが、お前らを狙ったからか?」
「あぁ、そうだ! お前たちが引き起こしたことだ!!」
『ビッグイーター』のリーダーであるサトシを見つけたことで、それまでは比較的冷静だった影――テツヤがだんだんと声を張り上げていく。その様子を、もう一人の陰であるコウジは、はぁ、とため息を吐きながら見ていた。
しかし、その怒号にも似た声にサトシも引かなかった。
腰のベルトから拳銃を取り出して、コウジとテツヤに向けて構える。
「……武器は全部破壊したつもりだったんだけどな――」
サトシが取り出した拳銃を見て、コウジはちらっとフロアの隅に転がっている銃器の山へ視線を移した。
「最低限の護身用だよ」
短く返したサトシの目は、テツヤに負けず劣らず鋭い。
その目を見たコウジは、
「テツヤ、ここは俺がやる」
「え……っ?」
「お前は外にいるナオキと一緒に退路を確保してくれ。警察も動いてるだろうし、これ以上長引かせるのは危険だ。それに、銃を取り出した相手なら俺のほうがやりやすいだろう」
「……分かったよ」
コウジの言葉を了承して、テツヤは壊れた壁から外へと飛び出していく。
それを見届けてから、再度コウジはサトシたちに向き合った。
「……さて、復讐を完遂させてもらおうか」
「やり返してやるさ!!」
二人のグループのリーダーが、ようやく会い見えた。
その視線上に、熱い火花が起こる。その火花は決して明るくない、復讐というどす黒い念に冒された鈍い火花だ。
一方。
駅前通りでは、ダイチとナオキが無数の一般人が遠目で見守っている中で、激しく戦っていた。
槍を振るうナオキよりも、拳銃を持っているダイチのほうが遠くから攻撃が出来る。それは明白で、ダイチは自分から距離を詰めるようなことはしない。
「ち……っ」
しかし、それでもナオキはやられない。
『覚醒者』として人知を超えた力を有していること意外はダイチと何も変わらないはずのナオキは、確実に銃弾をかわしている。
(なんでだよ!)
そのことに、ダイチは内心でいらいらしていた。
「怒りにまかせて、手元が狂ってんじゃないのかぁ!!」
ダイチのいらいらが態度として表れはじめているのを見て、ナオキは挑発をする。
「くそが……っ!!」
その挑発に、ダイチは簡単に乗ってしまう。さらに、自分の怒りを抑えることもせずに、拳銃を撃ちまくる。
だが、ナオキの言う通り手元が狂っているようで、やはり銃弾はまっすぐにナオキへ当たることはなかった。
それを見届けて、ナオキはダイチへと槍を大きく振りかかる。これで、ダイチも終わりだ、と笑みを浮かべて。
そこへ、
「待て!!」
と、声が響いた。
声の主は警察官だった。
「あ?」
いきなり響いた声に、ナオキは槍を振り上げた所で止めてしまう。
「これ以上一般人には被害は出させない……っ!」
正義感から警察官は、勇み出てきたのだ。
それは遠目から取り巻きで見ている他の多くの一般人を守るための行為だ。この状況下で、やじ馬のように戦況を見つめている一般人に被害を出さないということであり、危険な目に合っているダイチを救おうとしての行為だ。
「先輩!」
その警察官に続くように、数人の警察官が足並みを揃えてきた。
「お前たちはビルへ向かえ! そこに仲間がいるみたいだ!!」
「りょ、了解ですっ」
先輩警察官の指示を聞いて、後から来た警察官はビルに向かって走り出す。
取り逃がすまいと駆け出そうとしたナオキだが、サトシたちの時と同様に先輩警察官の持つ拳銃の銃口に牽制された。
「……ちっ。めんどくせぇ」
「お前の言い分も聞いたが、だからといって、この状況を見過ごすわけにはいかない……っ! 君も下がっていなさい。ここは私が相手し――」
そこで、先輩警察官の言葉が途切れた。
いきなり先輩警察官の身体が破裂したのだ。
「き、きゃぁああああああ――」
「な、何が……」
それを見ていたダイチや一般人は突然のことに目を丸くする。
「さっさと殺ればいいんだよ、ったく」
そうめんどくさそうに言いながら、現れたのは煙草を咥えているテツヤだ。
「……テツヤさん」
「悦に浸ってる暇はねぇぞ。最終目標が現れたんだ」
「ビルに向かった奴らは?」
「コウジが相手するってよ。これ以上警察が群がってくる前に、逃げ道確保しなきゃなんないだろ?」
「わかりました――」
テツヤの指示を聞いて、ナオキは再度ダイチに向き直る。
そのダイチは、目の前で警察官が破裂して消えたことに、目を見開いていた。
「警察まで……」
「俺たちの邪魔をしたからだ。警察は、お前らは守るのに、俺たちは守ってくれなかったしな」
「それは言いがかりだろ! 『賞金稼ぎ』だって捕まってる奴らはいる! 自分たちだけが一方的に被害者面するなよ――っ!!」
ダイチの言う通りだ。
『賞金稼ぎ』が行っていることも捕まってしかるべき行為である。現行犯逮捕されたグループも数多く存在している。『賞金稼ぎ』たちだけが被害者ではないのだ。
「だから、どうした! その元を作ったのはお前たちの意思だ! 俺たちを追いやったお前らの総意だろうが!!」
ナオキはなおも吠える。
感情的になっているナオキを、テツヤは宥めようとするが、それも上手くいかない。これまでの体験から溜まっていた怒りが爆発しているようだった。
「それくらいにしとけ。『ビッグイーター』全員を殺してやりたいが、今は逃げ道を確保するほうが先だ。対『覚醒者』部隊が来たら、厄介だろ?」
「……わ、わかりました」
テツヤの真剣味を増した言葉に、ようやくナオキも口を噤む。
この場に警察官が来ているということは、すでに対『覚醒者』部隊が動いている可能性が高い。その危険性をコウジは考えて、テツヤに指示したのだろう。
目の前に立ちふさがっているダイチから、ナオキは駅前通りを交差している小さな路地へ視線を移す。
「俺は眼中にもなしか?」
相手が見向きもしなくなったことに、ダイチは苛立ちを見せる。
「事情が変わったんだよ。俺たちも『ビッグイーター』全員殺してやりたいが、保身のほうが大事だ。お前の相手はこれ以上してらんねぇ」
「……なんだと――っ」
はっきりと言われたことに、ダイチは歯噛みした。
怒りを露わにしたダイチは、路地に向かって歩いているテツヤとナオキの前に立ちふさがる。
「あ?」
「行かせるか! 仲間の敵なんだっ」
二人に向かって、拳銃を構えるダイチ。
しかし、テツヤははぁ、と小さくため息をついて、拳銃を爆発させた。
「な……っ!?」
いきなり持っていた拳銃が跡形もなく無くなったことに、ダイチは驚く。
「俺の力は、空気を圧縮させる力だ。ようは、小さな爆弾を作れるってことさ。分かったか? こいつよりは強いぜ?」
後ろにいるナオキを指で指しながら、テツヤはうんざりしたように言う。まだ抵抗を示そうとしているダイチに、呆れているのだ。
「邪魔をするなら、その拳銃と同じようにしてやるが、言ったろ。今はお前の相手をしてる場合じゃねぇんだよ」
「……てめぇ」
ナオキとは互角に戦えたと思っているダイチだが、テツヤには歯が立たないという恐怖を感じた。
しかし、それで逃げだすわけにはいかない。ダイチが口にしたように、テツヤとナオキは仲間の敵なのだから。
「仕方ない。お前も仲間と同じように殺してやるよ」
依然として目の前に立っているダイチに、もう一度ため息をついたテツヤが通告した。そして、手の平をダイチへと向ける。後は、『覚醒者』としての力を行使すればいいだけだ。
しかし、
「それを、僕が見逃すとでも?」
そこへ、声が割って入ってきた。
「誰だ!?」
見ると、声が聞こえてきたほうには悠生とマサキがいた。
「お前らは?」
いきなり現れた二人に、ダイチも目を点にして驚いている。
「ちょっと、そこのビルに知り合いがいるみたいでね。勝手に暴れ回ってもらっても困るんだ」
「知り合い……?」
マサキの話に、テツヤが疑問の表情を見せた。
いきなり割ってきた二人に、テツヤとナオキは訝しんでいる。一方で、ダイチはすぐにピンときた。
(こいつらが、あのタクヤの仲間か――)
「そうだ。これ以上暴れてもらったら、知り合いにも被害が及びそうなんでね。悪いけど、ここで止めさせてもらうよ」
「その自信、お前も同じ『覚醒者』みたいだな。なぜ、同じ『覚醒者』が俺たちの邪魔をする?」
「『覚醒者』がみんな仲間だなんて思わないほうがいいよ? 僕たちのように静かに暮らしていたい人だって、たくさんいるんだ」
はっきりと敵対の意思を示すマサキ。
その言葉に、先ほどまで激昂していたナオキに変わって、落ち着いたはずのテツヤが声を荒げる。
「だったら、俺たちの邪魔をしないで、静かな場所にいればいいだろう!? なぜ、邪魔をする!! 俺たちは俺たちのためだけに行動してる!」
「最初に言ったはずだよ、知り合いを助けるために来た。悠生くん、先に行って。ここは僕一人で大丈夫だから」
「……はいっ」
マサキに言われて、悠生は外壁が崩れ落ちているビルへ向かって走り出す。
「行かせるか!」
声を荒げたテツヤが、走り出した悠生へ向けて、『覚醒者』の力を行使する。目に見える形に作られた空気の塊が小さな爆弾となって、悠生に放たれる。
振り返った悠生は迫ってくる小さな爆弾に目を見開くが、恐怖に足を止めることはしない。
結局走る悠生に、小さな爆弾が追い付くことはなかった。作られた空気の塊は何もない空中で連続で爆発を起こし、衝撃波を巻き起こす。衝撃波が治まった先に、悠生の姿はなかった。
悠生は『覚醒者』との戦いで、自分が役に立たないことは知っている。それでも、ここに来たのには自分にも出来ることがあると思っているからだ。
(……タクヤ!)
知り慣れたその名前を心で呟く。
その名前が指す人物が、悠生の知り慣れた人ではないことは分かっている。でも、関係なかった。
(見知った顔をした人が危険なんだ! 俺を助けてくれた人が危険なんだ! 助けに行かないわけにはいかない……っ)
その想いが、悠生を突き動かす。
外壁が崩れ、今にも崩壊しそうなビルに。
怒号と悲鳴が混じった混沌とした戦場へ。
「ち……っ。まぁ、いい。『覚醒者』が一人増えたところで、コウジには敵わないさ。あいつの力は無敵だからな」
悠生を取り逃がしたことを悔やむが、コウジは余裕な表情をしている。
どうやら、コウジの力を相当信じているようだ。
(……ということは、この二人の力はそのコウジって人よりも劣るんだろう。なら、僕だけでもなんとかなるかもしれない――)
冷静を保っているマサキは、コウジの言葉からそう判断する。
目の前にいる『覚醒者』二人を倒すとまではいかなくても、タクヤの無事を確保するまでは時間を稼ごうと算段を立てる。
「いいか、ナオキ。こいつを倒して、逃げ道作るぞ」
「了解です!」
テツヤとナオキ――二人の『覚醒者』がマサキへと迫っていく。
それぞれの手には、やはり槍と空気の塊があった。
二人の『覚醒者』としての力を初めて見たマサキは反応が遅れる。先に迫ってきた無数の空気の塊は身体を捻ることでかわしたが、ナオキが振るった槍はまともに食らってしまった。
「ぐ……っ!?」
槍の刃ではなく、持ち手の棒の部分がマサキの腰を殴打した。
鈍い打撃音とともに、マサキは地面に膝をつく。
(なんて、攻撃方法……っ)
カツユキ同様に、マサキもナオキの槍による攻撃が普通ではないことに、反応が遅れてしまったのだ。
そこへ、テツヤが再度空気の塊を放ってくる。
地面と衝突した空気の塊は小さな爆発を起こし、それらが重なることで爆発は人など簡単に吹き飛ばす、とても大きなものに変わる。
テツヤとナオキの流れ技だ。
「これでどうだ!!」
これまでこの流れ技で倒せなかった者はいないことから、テツヤはマサキを倒したと確信する。
しかし、爆発後の煙が晴れた後には、マサキの姿はなかった。
「なっ!? ど、どこへ消えた……っ!?」
煙が晴れた後の通りを、テツヤはきょろきょろと探す。だが、どこにもマサキの姿は見当たらなかった。
それはナオキも同じようで、視線をあちこちへと巡らせている。
そのナオキの頭上に影がさした。
「……?」
不意に太陽の光が消えたことにナオキが空へと視線を移すと、マサキが飛びかかってきた。
「ふっ!」
短い呼気とともに、マサキの重いひざ蹴りがナオキの持っていた槍を真っ二つに折れた。
「な……っ」
自分が作り出した槍が簡単に折れたことにナオキは驚いた。人間に折られることなどないと信じ切っていたからだ。
「次は!」
槍を折ったことでナオキの脅威を消したマサキは、すぐにテツヤへと突っ込んで行く。
「ナオキの槍が簡単に――。ち……っ!」
マサキがナオキの槍をひざ蹴りで折ったことを見て、テツヤは身構える。
テツヤもあの槍が体重をかけていたからとはいえ、あれほど簡単に折れるとは思ってもいなかったのだ。
「お前の力はなんだ……っ!!」
迫ってくるマサキへ向けて、テツヤは右手を横に振るうことで空気の塊を無数に作りだして対抗しようとする。
だが、空気の塊で作った壁も簡単に跳び越えられてしまった。
「な……っ!?」
マサキがいきなり数メートルも跳んだことに、テツヤとナオキは目を丸くして驚く。
その跳躍はおよそ人間には出来るものではない。そのことから、二人はこれがマサキの『覚醒者』としての力なのだと判断する。
そして、最初のマサキと同じように驚いたことで反応が遅れてしまった。
圧縮された空気の塊の壁を跳び越えたマサキは着地と同時に、テツヤへ強烈な回し蹴りを見舞う。
その蹴りも普通の人間のものとは思えないほどの威力だった。
「がぁああああ――」
マサキの蹴りを受けたテツヤは数メートルも身体が吹っ飛んだ。
駅前通りに軒を連ねている洋服店のショウウィンドウケースを壊して、店内へと吹き飛んで、ようやくテツヤの身体は止まる。
それを見たダイチは、
「す、すげぇ……」
と、短く感嘆の声を漏らしていた。
それまで自分が苦しみながら戦っていた相手が、こうも簡単に蹴りだけで吹き飛んでいったことに驚愕しているのだ。
そして、圧倒的に違う一般人と『覚醒者』の差も改めて痛感していた。視線の先にあるマサキの背中が、自分の体格よりも劣るのに、ダイチには遥かに大きく見えるほどだ。
(これが『覚醒者』……、これが人知を超えた力……)
畏怖すら覚えるその力に、感嘆の声を漏らしながらダイチはやはり滾る憎しみを感じていた。