序章 交わりの始まり †
太陽も沈んだ夕方は、この季節ではようやく過ごしやすい時間帯になってきたな、という印象を与える時間である。昼間では歩いているだけで汗をかくということが日常茶飯事だが、太陽が沈めばそれもいくらか治まる。
「ふぅ……」
その穏やかになってきた気温の中を、一人の少女が帰宅しようと歩いている。少女が歩いているのは閑静な住宅街の中だ。他に通りを歩いている人も見当たらない。ずっと先に見える十字路までずっと一軒家が続くような通りは、見栄えの良い景色もなくただ歩いているだけでは退屈でしかない。学校が家から近い、という理由だけで通っている高校を受けた少女は、帰り道の平淡さにとても飽き飽きとしていた。
そこに、四軒先の家から犬の吠える大きな声が聞こえてくる。
(今日は、あそこの犬吠えてるのね)
普段は吠えることのない犬が今日は大きく吠えていることに、少女は疑問を持つ。吠えることもないおとなしい犬として近所で小学生たちから人気のある犬なのだ。その犬が吠えていることは珍しいというよりも、初めて見ることに等しかった。
(何かいるのかしら……?)
そのように疑問に持った少女は、そのまま吠えている犬がいる一軒家まで行ってみる。一軒家が近づくほどに、犬が吠えている声は大きくなってくる。
一軒家が近づいてくると、少女は近くの電柱の陰に何かが隠れていることに気付く。
「……?」
(なんだろ――)
電柱の陰に隠れている何かに気を引かれた少女は、恐る恐る顔をのぞかせる。そこにあったのは、
「……っ!?」
気を失っている少年だった。
(ひ……っ!)
そのことに気付いた少女は悲鳴を上げそうになる。しかし、その直前で、
「あれ、上村くん――?」
少年の顔が、見知ったものであることに気付く。慌てた少女は、気を失っている少年の真正面へと移動する。
(やっぱり――)
少年の顔を真正面から見て、少年が自分の見知っている人物だと少女は再認識する。
(でもどうしたのかしら? 上村くんは、体調が良くないって早退したはずじゃ――)
そう。
学校のお昼休みには調子が悪いと言って、帰ろうとしている少年の姿を少女は目撃している。体調不良と言い、数時間も前に早退した人が今さら外出をするなんてことはないだろう。
それよりも、少女は少年が電柱に寄りそうようにして倒れていることを不思議に思う。
「上村くん、だいじょう――」
意識があるのか確認するために肩を叩いて声を掛けようとしたところで、少女は気絶している少年の着ている制服が赤く染まっていることに気付く。
「……っ!?」
なんで赤く染まっているのだろうと顔を近づけ、
(血……?)
そう認識した瞬間に、吐き気を覚えて口元を右手で覆う。
(な、なんで――!?)
大量の出血で倒れているのだと理解して、少女の頭の中で様々な疑問が一瞬のうちに駆け巡る。しかし、それらの疑問はここで考えて分かることではない。
とりあえず少女は少年をこのまま放置しておくのは駄目だと判断して、少年の手を肩に回して家まで連れて行く。
少年の意識は、戻らないままだった。