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第三章 選択を迫られて Ⅲ

 

『ルーム』のリビングに、現在いる悠生(ゆうき)やミユキたち『覚醒者』全員が集められた。

 リビングに集まった悠生たちの視線はみな一直線にトモユキへ向けられている。先に話を聞いていたマサキやトモミは別として、残りの三人は一様に緊迫と疑問の表情を浮かべていた。

「トモユキさん! 緊急事態ってどういうことですか!?」

 真っ先に声を上げたのは、ミユキだ。

 さきほどマサキから聞いた言葉に敏感になっているようだ。

 尋ねられたトモユキは、ゆっくりと時間を使って口を開く。

「アオイから連絡が入った。アオイの話では、旧大竹町の『眠る街(スリープタウン)』で『覚醒者』数人と衝突したそうだ」

「その『覚醒者』って――」

「あぁ、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』に狩られた三〇代の『覚醒者』の仲間だろう。その『覚醒者』数人の会話を聞いたところ、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』はまだその町に留まっているらしい。おそらくその『覚醒者』数人は報復として、『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』たちを襲うだろう。そして緊急事態だと言ったのは、その『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』のもとにタクヤがいるからだ」

「そ、そんな……っ」

 予想がついていたこととはいえ、改めて言葉にして聞かされると衝撃があった。

「薄々考えていたことだが、非常にまずい事態だ。その『覚醒者』数人との衝突で、カツユキはアオイだけを先に逃がした。カツユキの安否はまだ把握できていない。さらにタクヤのこともある。話を聞かれたその『覚醒者』数人は報復行動を早めるかもしれない。こちらも一刻も早く行動に移らなければならない」

「なら、ここで話し合ってるんじゃなくて、みんなで行けば――」

 トモユキの説明に、ミユキは(はや)る気持ちで答えた。

 悠生も、その言葉に頷く。

 話を聞けばタクヤだけでなくカツユキの安否も分からないと言う。現地にいるのはアオイだけであり、彼女の力はとても戦闘には向かない。それなら、戦う力があるミユキたちがすぐにでも向かうべきだ。

 しかし、

「もちろん私もそう思っている。だが、ミユキ。君が向かうことは認めない」

「……っ!?」

 はっきりと告げたトモユキの言葉に、アオイは一瞬言葉を失う。

 意気揚々と『ルーム』から飛び出そうと考えていた矢先に、である。面喰(めんくら)ったその表情は、先ほどのマサキやトモミと同じだった。

「な、なんでですか!?」

「怪我が治っているとはいっても、まだ全快ではないだろう? ミユキの力は確かにみんなの中でも強力だが、今回は『ルーム』に残るんだ」

 トモユキはミユキの怪我を指摘して、思い留まらせようとする。

「けど……っ」

 食い下がろうとするミユキに、さらにトモユキは言葉を掛ける。

「タクヤがここを出ていった責任を、ミユキが感じているのも分かる。自分で助けに行きたいと強く思っていることも、私は十分理解している。――しかし、今回は駄目だ。ミユキが『ルーム』から出ることは許さない」

「そんな……」

 きつい口調に、ミユキは弱々しい声を上げることしかできなかった。

 トモユキの言葉に押し黙っているのは、ミユキだけではない。リビングにいる全員が息を殺したように静かにしていた。

 それ以上引き下がることもできないで、ミユキも口を閉じる。すると、リビングは静寂に包まれた。一番幼いミホでさえも張り詰めた緊張に耐えるように、ぎゅっと唇を真一文字に(つぐ)んでいる。

「……さっきも言ったが、緊急事態だ。恐らくカツユキも危険な状態にあることが考えられる。先に現地にいるアオイとカツユキと合流し、すぐにでも『賞金稼ぎ(ゴールドハンター)』のもとにいるタクヤを助ける必要がある」

 トモユキは、そこで言葉を区切る。そして、じっと悠生を見つめた。

 見つめられた悠生は、身体がビクンと震えるのを感じる。

(な、なんだ?)

 いきなり視線が向けられたことに悠生は驚く。

「悠生くん。君は、タクヤを助けに行くべきだと私に熱く言ってくれたね」

「は、はい……」

 トモユキが何を言おうとしているのか分からない悠生は、少し怯えたような声で返事する。

「私は危険な状況にあるタクヤと、先に乗りこんだカツユキとアオイを助けにいこうと考えている。さて、君はどうしたい?」

 一直線に向けられたトモユキの視線は、鋭い。

 悠生は、その視線から目を背けたくなる。しかし、場に張り詰めた緊張がそれを許さなかった。

 尋ねられた悠生は、(かわ)いた唇をゆっくりと開く。

「助けに行きたいって気持ちは変わってないです。タクヤはこっちの世界に来たばかりの俺を助けてくれた。今度は俺が、タクヤを助けたい!」

 口から出た言葉は、ミユキにも言った悠生の確かな気持ちだ。

 逃れることのできない視線にまっすぐな気持ちを告げた悠生は、その瞳に強い意志を宿している。その意思は、ミユキと何も違わない。むしろ責任を感じていない悠生の方が、はっきりと示しているかのようだった。

「……分かった。君もカツユキとアオイが先行した『眠る街(スリープタウン)』へ向かうメンバーに加えよう」

 悠生の意思を聞いて、トモユキは一つの決断をした。

「なっ!?」

「そんな……っ」

 その決断に、ミユキやトモミはそれぞれの反応を口に出す。予想していたマサキですら、あっさりと決められたことに驚いた。

 特に、『眠る街(スリープタウン)』へ向かうことを許されなかったミユキは、激しく疑問を尋ねる。

「なんで悠生くんはよくて、私は駄目なんですか!?」

 その声は、自然と大きくなる。

「すでに言った通りだ。怪我が全快ではないのだろう? ミホから聞いているぞ?」

「そ、それでも――」

 言葉の続きも、トモユキに遮られた。

「駄目だ! 今回ばかりは無理も通さないぞ」

 トモユキの口調がさらに厳しくなる。

 その口調に、ミユキだけでなくリビングにいた全員が身体を震わせる。特に、悠生には初めて見るトモユキの本気の口調だった。

 ミユキは、トモユキの言葉に完敗してしまい、何も言い返すことができなかった。

 黙ったミユキを置いて、トモユキは話を続ける。

「ミユキを向かわせることはできない。そこで、『ルーム』にはミユキともう一人残ってもらう。……ミホ、お願いしていいか?」

「私、ですか……?」

 名指しで尋ねられたことに、それまでじっと黙っていたミホは聞き返した。

「『眠る街(スリープタウン)』に行くのに、大所帯で行っても目立つだけだ。ミホには、ミユキの監視と何かあった時のために『ルーム』に残っていてもらいたい」

「……はい、わかりま――」

 トモユキに役割を言われたミホは、それ以上聞き返すこともなく了承しようとする。その途中で、トモミが割って入ってきた。

「私が残ります!」

 いきなり声を上げたことに、悠生たちは驚く。

 トモユキが指示したのはミホに対してであり、ミホも拒否しようとはしていない。それなのに、自ら残ると言ったのだ。当然、トモユキは言いだした理由を尋ねる。

「トモミが?」

「はい。ミホも、立派な私たちの仲間です。ミホがどうしたいのか聞かないと――。それに、ミホの力は必要になるだろうし」

 近くにいるミホを見て、トモミは冷静に言った。

 トモミはミホの力に期待している。そのことは言葉からも分かった。

 しかし、リビングにいる人間の中で唯一ミホの『覚醒者』としての力を知らない悠生は、彼女を連れていくことには難色を示した。

「俺が言うのもなんだけど、大丈夫なんですか?」

 その質問はトモユキではなく、ミホを自信満々に推しているトモミに対してである。

「あら、心配?」

「ま、まぁ、そりゃ……」

 ミホは、『ルーム』で暮らしている者の中で一番幼い。悠生は正確な年を聞いたことはないが、どう見ても中学生だろうと判断している。そのミホを危険な『眠る街(スリープタウン)』へ連れていくことに不安を感じているのだ。

 しかし、否定的なのは悠生だけだった。

 ミユキを除く――他のみんなはミホが『眠る街(スリープタウン)』へ向かうことを止めさせようとはしない。トモミの言う通り、彼女の意思を聞こうとする。

「……私もカツユキさんやアオイお姉ちゃんを助けに行きたい! 私だって、『ルーム』の仲間なんだもん!!」

 ミホの開いた口から出てきた言葉は、しっかりとしたものだった。

 それを聞いて、トモユキも頷く。

「分かった。それじゃ、私とマサキ、悠生くんとミホでカツユキとアオイが向かった『眠る街(スリープタウン)』に急行するぞ」

 自分が向かうと言って聞かなかったミユキも、最後はしぶしぶと同意する。

 そして悠生を始めとしてトモユキ、マサキ、ミホの四人はカツユキとアオイと合流するために、タクヤを助けるために『覚醒者』が待ち構えているだろう『眠る街(スリープタウン)』へと向かう。

 そして先に出ていったトモユキたちを追いかけようと、悠生が『ルーム』を出ていこうとした間際に、悠生の元にミユキが近づいてきた。気を利かせたのか、見送ろうとしていたトモミもリビングへと引き返していく。

「……私も行くんだって決めてたんだけどね……。――怒られちゃった」

 苦笑いで言葉をかけてくるミユキ。

 その目尻にはうっすらと光るものが見える。

「……大丈夫。必ずタクヤを連れて帰ってくるから」

 もっと気の利けた言葉が言えればいいのに、と悠生は自分に呆れる。けれど、その言葉はミユキにしっかりと届いているようだった。

「……うん、お願い」

「あぁ」

 消え入るようなミユキの声に、悠生は力強く答える。

 女子にお願いされた――それ以上に男が頑張る理由などいらないとでも言うように、悠生は瞳に力を宿していく。単純な気持ちでも、悠生が自分自身を奮い立たせる理由には十分だった。

 そして、力強く玄関のドアを開けていった。


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