第二章 身を寄せて、背を向ける Ⅳ
駅前のビルのワンフロア。
そこが『賞金稼ぎ』である『ビッグイーター』の住処だ。
そのワンフロアは建物を支える支柱以外の壁が取り払われ、ワンフロア丸々が家として使われていた。
その家には『ビッグイーター』のメンバーが全員集まっている。メンバーは二〇人近くおり、ワンフロア丸々を家としていても、広さは感じられない。広さを感じられないのは何も人が多いからだけではない。人の多さ以外に目がつくのは、あまりに物の多さだ。やけに多く並べられている冷蔵庫や家具の多さだけでなく、必要なのだろうかと思われる使用用途が分からない物も多くあった。
その家にいるメンバーは皆、一様に一人の少年へ視線を向けていた。
視線が向けられている少年はサトシ。この『ビッグイーター』のリーダーを務めている少年だ。
「みんな、聞いてくれ」
サトシの言葉に、それまでざわついていたメンバーの面々は黙る。
ビルのワンフロアが一気に静かになった。サトシへ視線を向けているメンバーは皆、一気に緊張する。
「次の計画を立てる」
切り出したサトシの一言に、メンバーはざわつく。
「遅くても、来週中には行動に出たいと俺は思ってる」
メンバーの大半がざわついている中で、サトシは自分の考えを述べた。
「もう?」
「お、マジで!」
「早すぎじゃないか?」
サトシのその考えに、メンバーはそれぞれ違う反応を見せる。しかし、その反応は困惑しているものが多かった。
「みんなが困惑するのも分かる。しかし、この絶好の機会を逃したくないんだ! 憎んでいる『覚醒者』が少しでも俺たちに力を貸してくれることは、今を逃したらこれから先もないだろう」
その説得は先ほどタクヤやユミに言った内容と同じである。
サトシの話に困惑した表情を見せるメンバーの面々は、お互いに顔を見合っている。前の計画実行からまだ一週間も経っていないのだ。メンバーの疲労――特に精神的な疲労――は完全に回復したわけではない。
それでも興奮した様子を見せている少年もいた。
「計画を立てるのもかなり早いってのは、俺も思ってる。それでも出来ることを、出来る内にやりたんだ!」
「…………」
「……」
必死の呼びかけに、ざわついていたメンバーの面々はさらに黙りこむ。急ごうとするサトシの考えが分からないというような表情や、もう少しゆっくりしてからでもいいじゃないかと言いたげな表情が多く見て取れる。
そのような表情ばかりで、誰も言葉を発しない。
すると、一人の少年が立ち上がる。ダイチ、だ。
「たしかに、その方がいいだろうけど――。狙いはもう決めてるのか? 俺たちの都合も考えてくれよ」
一人での独断をダイチは許さないと言うように、注意した。
「それは分かってる。昔も今も『ビッグイーター』はみんなで結論を出す。候補は一応あるが、今はみんなの意思を聞きたいんだ」
「……分かった。みんな、決めようぜ。『覚醒者』が協力してくれるこのチャンスを利用するのか、しないのか――」
床に座っていたダイチは立ち上がって、集まっているみんなを見渡す。
サトシの切り出した話にも困惑した表情を見せていたメンバーたちは、見渡しているダイチと視線を合わせない。積極的に意見を述べることを、拒んでいるようにも見えた。
それを見て、ダイチは呆れる。
「サトシも言っただろ、みんなの意見が聞きたいって――。計画を考えて、即実行するってわけじゃないんだから、どうしたいか言おうぜ」
「けどよ……」
「計画考えるのも、まだ先でよくない?」
メンバーの少年少女は口ぐちに、消極的で否定的な意見を述べる。その声は一貫して小さかった。メンバーの前に立っているサトシが全部を聞きとれないほどである。
しかし、サトシはあまりに小さなそれらの声を最初から聞きとろうとはしていない。メンバーの大半が賛成しないだろうということは分かっていたのだ。
『ビッグイーター』のメンバーはサトシと同世代の少年少女で構成されている。
まだ学生である彼らは屈強な精神力を持っているわけではなく、『覚醒者』一人を捕まるだけでかなりの疲労していたのだ。そのため、『覚醒者』に強い恨みを持っていたとしても、すぐに次の『覚醒者』を捕まえる行動を取るという選択は、簡単には出来ないのである。
(やはり、こうなるか――)
しかし、サトシは諦めるということができなかった。
『覚醒者』であるタクヤがいるから、という理由が最大の要因である。タクヤがいる内は皆の士気も上がり、もっと活動が活発に出来るかもしれないと考えている。出来ることを出来る内に行いたい、というのはここからきている。
だが、サトシはそれだけを考えているわけじゃなかった。
先日捕まえた『覚醒者』は三〇代の男が一人。当初の計画では、捕まえる『覚醒者』は最低でも二人だった。二人捕まえる計画であり、狙うのは単独で行動している『覚醒者』ではなく、グループで行動している『覚醒者』だった。しかし、捕まえることが出来た『覚醒者』は一人。
つまり、まだグループの残りの『覚醒者』がいる。
(……いつ復讐されてもおかしくない。やられる前にこちらから行動をしないと――)
『ビッグイーター』のメンバーを預かる立場になっているサトシは、起こりうる結果を予想している。その予想から、すぐに計画を立てて行動に出るべきだと考えている。そのため、こうしてすぐに計画を考えようとメンバー全員に提案しているのだ。
しかし、ぼそぼそとした声が上がっているが、誰一人としてはっきりと意見を述べる者はいない。誰もが他のメンバーの意見に右に倣え状態だった。
「サトシにも何か考えがあるんだろ。ここは素直に意見を言おうぜ」
多数の意見に流れているメンバーたちに、自分の意見を素直に言おうぜ、とダイチは声をかける。
「そういうダイチはどう思ってるんだよ?」
率先して声を出したダイチに、メンバーの一人である少年が逆に尋ねた。
尋ねられたダイチは、
「俺はサトシの意見に反対じゃない。一人で勝手に決められるのは嫌だけど、この機会を逃したくないってサトシの気持ちは分からないでもない」
「……で、でも――」
ダイチの意見を聞いて、尋ねたメンバーの少年はしどろもどろになる。
「一人一人素直な意見を言えばいいだろ? 俺はサトシの言うように絶好の機会だって思ってるから、計画を考えることには反対しないってだけだ」
ダイチの意見は、サトシに同調するものだった。リーダーの独断を許さないだけで、ダイチ自身はサトシの考えに反対ではないのだ。
ダイチのはっきりとした意見を聞いて、集まった『ビッグイーター』のメンバーは口々に小さな声でも意見を言い出す。そして、そこかしこで意見の言い合いは議論に変わっていく。
「……」
その様子を、タクヤはじっと見ていた。
タクヤは話し合いには参加せず、『ビッグイーター』のメンバーが集まって輪を作っているその外にいた。
話し合いを聞いていたタクヤは、結論がどうなるのか少し興味を示している。
(……『賞金稼ぎ』は、どのグループもこんな感じなのかな――)
ふと抱いた疑問の答えは分からない。
タクヤが見た『賞金稼ぎ』は『ビッグイーター』が初めてである。他の『賞金稼ぎ』の実態を知っているわけではない。それでも、それぞれの『賞金稼ぎ』が同一に抱く目的のためにこのような活動をしているのだろう、と素直に思い浮かべることが出来た。
(けど、それは良い行いとは言えない……)
『賞金稼ぎ』の活動は何よりも犯罪行為である。それだけでも社会では許される行為ではない。
だが、『賞金稼ぎ』の存在理由は『覚醒者』を売る時に得られる多大なお金が目的ではない。あくまでも『覚醒者』への恨みを晴らすためである。その目的遂行はあまりに難しく、また危険を伴っている。それはタクヤよりも『ビッグイーター』のメンバーの方が理解しているだろう。
しかし、理解していても彼らは目的を為すために行動しようとこうして話し合いをしているのだ。
(なんで、続けるんだろう――)
それは一つの疑問。
過去に身内を『覚醒者』のせいで失っているのなら、その『覚醒者』だけに復讐すればいい。『ビッグイーター』の中には、関わったことのある『覚醒者』には復讐を果たした者もいるかもしれない。そうだとして、まだ『賞金稼ぎ』を続けていることが理解できないのだ。
タクヤの目の前では、依然として『ビッグイーター』のメンバーが話し合いを続けている。傍からその話し合いを聞いているタクヤには、不毛な話し合いに思えた。結論が一向に出せていないのだ。
「……はぁ」
じっと話し合いを聞いているだけだったタクヤは、一つため息を吐いて立ち上がる。
『ビッグイーター』のメンバーでもないタクヤは最後まで話し合いを聞いている必要はない。今さらのように、そのことに気付いたのだ。
なるべく話し合いの邪魔にならないように、タクヤは静かに輪から離れていく。近くにいた少年少女はタクヤが立ち上がったことに気付いたが、何も言葉をかけなかった。積極的に発言するわけでもないが、話し合いに集中しているようだ。
(……仲間意識――か)
サトシが言ったその言葉を、タクヤは思い出す。
『ビッグイーター』のメンバーを見回して、全員がその意識を少なからず持っていることは分かる。しかし、個人によってその差があまりに違うように思えた。
そう思っても、タクヤはサトシに言うことはしていない。匿ってもらっているお礼はしようと思っているが、余計な口出しは控えているのだ。
「ねぇ、タクヤ……」
メンバーの輪から外れたタクヤに、追いかけてきたユミの声が聞こえてきた。
「どうした?」
かけられた声に、タクヤは振り返る。
振り返った先にいたユミの表情は、どことなく曇っていた。その表情を見て、タクヤの胸が締め付けられる。今までも何度か見たことのあるユミの表情だった。
「お願い……。サトシを止めて――」
ユミの必死な眼差しが、タクヤに向けられる。
「サトシも冷静な判断が出来てるとは思えないし、ダイチはサトシよりも好戦的な性格をしてるの。今はいいかもしれないけど、このままじゃみんなが危険になる」
縋るようなその言葉は、タクヤの心を激しく揺らす。
(ユミ……)
「今も、サトシの事が好きなんだな――」
ぽろり、と言葉が零れた。
それはユミの表情を見ていれば分かる。タクヤが『ルーム』へ、サトシとユミが『ビッグイーター』へ別れてからも、それはずっと変わっていないようだ。
「そ、それは……っ」
「いや、いい。お前があの時サトシを選んだのもそういうことなんだって、ちゃんと分かってるから。選ばれなかったことにくよくよしてる俺じゃないさ」
困った声を出したユミに、タクヤは努めて冷静に言う。それは、自分に言い聞かせているようでもあった。
「……タクヤ」
『タクヤ、あなたのことも嫌いじゃないけど、私はやっぱりサトシについていくわ。サトシなら、もしかしたら私たちの――ううん、私のこの感情も無くしてくれるかもしれない』
記憶の中のユミが、面と向かって言ってくる。
その言葉は夢の中で、何度も繰り返し聞いた言葉だ。
「確かに私はサトシのことが好き。その気持ちは今も変わっていないわ。それに、ここも好き。この場所と、ここにいるみんなと、サトシを失いたくないの――。けど、サトシは今のの活動を止めようとは考えていない……。今までも何度も危険なことはあったし、このまま続けてたら本当に私たちはばらばらになっちゃうかもしれない――」
悲痛な願いだった。
涙声でかけられた言葉に、タクヤの気持ちが大きく揺れる。ユミの声と言葉が、しっかりとタクヤに届いているのだ。
「…………」
タクヤは、すぐに言葉が返せない。
目の前にいるユミは今にも泣きそうな表情をしている。それほどまでに、サトシとここが大事なのだろう。
(別れてから、また随分と距離が離れちゃったみたいだな)
ユミの表情と言葉に、タクヤは流れた時間の長さを実感する。
タクヤがサトシやユミと別れたのは高校に入学する前だ。あれから一年とちょっとしか経っていないのだが、その期間があまりに長いことをタクヤは知る。
「サトシを失いたくない」というユミの言葉は、タクヤの心に重く響いていく。
「……わかった。説得できるか分からないけど、サトシに言ってみる」
サトシを止める自信など、タクヤにはなかった。タクヤは自分の言葉に、それほどの力があるとは思っていない。
それでも、ユミの願いを聞いた以上は断ることが出来ない。タクヤはサトシを説得することを試みようと決意する。
その視線は、今も話し合いの中心にいるタクヤに向けられる。
どのような結論になるにせよ、サトシたち『ビッグイーター』はいつか『覚醒者』を狩る行動を行うだろう。ユミの願いを聞き入れたタクヤは、それを止めさせなければならない。
そのタクヤの瞳に、意思が宿っていく。