第一章 賞金稼ぎ ~ゴールドハンター~ Ⅲ
『ルーム』には大きなリビングダイニングの他に、六つの部屋がある。
その内の一つの部屋にミユキはいた。
ミユキは部屋に置かれているベッドの一つに横になっている。先日の『炎』の『覚醒者』との戦いで負った怪我がまだ回復していないため、安静にしているのである。ベッドに横になっているミユキは眠っており、肩に少しかかる程度の長さの髪が無造作に散らばっている。
ミユキがベッドに横になっている部屋はミユキとアオイ、そしてミホの部屋である。そして、部屋にはミユキだけでなく、さきほどまでリビングにいたミホもいた。リビングは居心地が悪くなったため、部屋に戻ってきていたのだ。
ミホは、ベッドに横になっているミユキの傍で、本を読んでいた。
「…………」
部屋には沈黙に満たされている。
しかし、いやな静かさではなかった。安心感を与えてくる静かさであり、それに満たされている部屋はとても居心地が良い。だから、ミホもこの部屋にいるのである。リビングには今もトモユキとマサキが話し合っているのだろう。『ルーム』の中で一番幼いミホは、ずっとその雰囲気の中にいることは耐えられなかった。
ミホが読んでいる本は部屋の本棚に置かれていたもので、ある漫画の小説版である。
『ルーム』にはテレビもパソコン機器も一つしかなく、その他の娯楽品と言えば本くらいしかないのである。そのため、ミホはこうして部屋に篭って、本を読んでいることが多かった。
どれくらいその時間が続いたのだろうか。
ミホが読んでいた本を一旦閉じてトイレに行こうと立ちあがると、
「……ん――っ」
と、声が聞こえた。
「……!? ミユキお姉ちゃん!」
声がした方へ振り向くと、ベッドで眠っていたミユキが目を覚ましていた。
まだ意識が覚醒しきっていない目は虚ろで視線はあちこちへと移動しているが、顔を覗きこんでいるミホを見つけて、ニコッと笑う。
「……おはよう、ミホ」
「うん! おはよう、ミユキお姉ちゃんっ」
寝起き声であるミユキに対して、ミホは大きな声で挨拶をした。
近くで声を張り上げられたため一瞬ビクッ、とミユキはなるが、すぐに笑顔に戻す。そして、部屋を見回して、他に人がいないことに気付いた。
「みんなは?」
部屋にミホしかいないことに気付いたミユキは、上半身を起き上がらせてミホに尋ねた。
依然としてミユキの顔を覗きこんでいたミホは反応が遅れるが、
「カツユキさんとアオイお姉ちゃんは、どこかに出掛けたよ。マサキお兄ちゃんと悠生お兄ちゃんとトモミお姉ちゃんがリビングにいて、トモユキさんと何かお話してたんだけど、悠生お兄ちゃんは部屋に戻ったみたい」
と、答えた。
何か、というのはミホがそれほど関心を示していないためか。ミユキには分からないが、そう考えてしまう。そして、ミホが言った『何か』がとても気になってしかたがなかった。
(悠生くんもいるってことは、『時空扉』についてかもしれない――)
ミユキは必然的にそう考える。
『時空扉』。
それは、科学者がロマンを追い求めた結果として生み出された一つの機械。
並行世界の存在を信じ、その世界への移動を唯一実現させる機械。
ユウキをあちらの世界へ移動させ、悠生をこちらの世界へ移動させた機械。
そしてミユキたちにとって、今最も重要なモノ。
現在『時空扉』はミユキたちの手にはなく、先日の戦いによってシンジと呼ばれていた男たちによって奪われてしまっている。『時空扉』は誰もが使用出来るわけではなく、唯一使用できるのはユウキであり、そのユウキがいない今はただの鉄クズ同然である。しかし、悠生が元の世界へ帰るための手掛かりの一つであることも確かで、『時空扉』の奪還はミユキたちにとっても最優先事項なのである。
(もしそうだったら、なんて時に私は眠ってて――)
自分が眠っていた時に『時空扉』に関する話し合いがされていたら、と思って、ミユキは自分の甘さに腹を立てた。
そこへ、
「ミユキお姉ちゃん、大丈夫?」
と、心配そうな表情を見せているミホが尋ねた。
「え……っ!?」
自分の甘さに腹が立っていたミユキは、ミホが恐々も声をかけてきたことに驚いた。
どうやら、自分でも気付いていないほど恐い表情をしていたようである。
「だ、大丈夫よ。もうだいぶ怪我も回復してるわ」
「ほんと?」
「えぇ。心配かけちゃってごめんね」
未だ心配そうな表情をしているミホに、ミユキは自分が元気なことをアピールする。それを見て、ようやくミホは笑顔を見せた。
ミホの見せた笑顔を見て、ミユキはほっとする。心配してくれていたミホを、これ以上恐がらせるようなことはできない。そのミユキへ、ミホはさらに言う。
「あたしだけじゃないよ! 悠生お兄ちゃんもアオイお姉ちゃんもみんな、ミユキお姉ちゃんのこと心配してたもん。あたしにだけじゃなく、みんなにも元気な姿を見せて!」
「……うん、そうね。みんなにも安心してもらわないとね」
ミホの言葉に、ミユキも笑顔で答えた。
ミユキの心配をしていたのは、ミホだけではない。その一言は、ミユキの心を急速に落ち着かせていく。
そして、冷静な思考で考えられた。
(みんなが何を話していたのかは、今は気にする時じゃない。『時空扉』のことも大事だけど、タクヤのことだって同じくらい大事な問題。早く全快になって、タクヤを探しにいかないと――)
『時空扉』の奪還とタクヤの捜索、どちらを優先するか。
その選択はミユキにとって至極簡単なものだった。