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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
4/118

序章 交わりの始まり Ⅲ

 

 どれくらい走ったのだろうか、分からなかった。

 気がつけばユウキもミユキも疲労から足を止めて、近くの隠れやすい場所に身を潜めている。

「ち……っ」

「大丈夫――?」

 肩で息をしながら左肩を押さえているユウキに、ミユキは心配の声をかける。

「あぁ……。なんとか――だけどな。今何時だ?」

「え? 日が回って二時過ぎだけど、なんで?」

「夜明けまで耐えればなんとかなるかもって思ったんだけどな……」

 答えながら、ユウキは周囲へと視線を巡らせる。

 追いかけてきていた連中が近くにいないか、と周囲への中注意を怠っていないのだ。それは、まだ逃げきれていないとユウキが判断していないからだが、ミユキはここまで逃げてこられれば大丈夫だろう、と完全に安心しきっている。

「どうしたの?」

「まだ追いかけてくるかもしれない」

「まさか――っ!? ここまで来たんだよ?」

 先ほどまでの建物ばかりが並んだ街中から、ユウキがいる場所の景色は随分と変わっている。太陽が昇る前ということもあり周囲の景色をはっきりと認識することはできないが、建物の明かりがないということは市街地を大きく外れているのだろう。必死に逃げてきたユウキは自分がどこに向かって走っていたのかも分からない。

「安心はできないさ。合流するまでに誰か見たか?」

「? ううん。ユウキと会うまでは人とすれ違ってないけど――」

「そうか……」

「それがどうかしたの?」

 ユウキの質問が何を指しているのか分からないミユキは、焦ったように尋ねる。

「人払いがされているのかもしれないってことだよ。最初から向こうの術中にハマってるのかもしれないな」

「そ、そんな――!?」

 ユウキの推測を聞いて、ミユキは戦慄する。それが当たっているならば、ここは敵の集団のど真ん中ということになりかねない。そうだとしたら、助かる可能性は限りなくゼロになる。

「そうだとしても大丈夫さ。最低でもお前だけは逃がすよ」

「はぁ――っ!? 何言ってんのよ! 自分が一番危ないっての分かってるでしょ? ユウキを置いて逃げるなんて出来るわけないじゃない!!」

 声を荒げるミユキ。自己犠牲を(いと)わない、というユウキの態度に腹が立ったのだ。

 ユウキもミユキも危険な状況であることは変わらないが、その度合いはユウキの方がはるかに高い。ここで守られるべきなのはミユキではなくユウキだ、というのがミユキの判断だ。

「女子に守られるってのは男のプライドが許さないんだよ」

「そんな問題じゃないでしょ? 狙われてるのは私じゃなくて、ユウキなんだよ!? ここでユウキに守られて私だけ逃げたら、あなたのお父さんに会わせる顔がないわよ!」

 声のボリュームを落とさないミユキは、さらに声を大きくして言う。ユウキは、ミユキの言葉の内容よりも、その大きさに気を取られてしまう。

「そう言ってもらえるのは有難いけどな、もう少し声のトーンを落とせよ」

「え……?」

「ここの場所がばれるだろ」

 そう注意を促すユウキだが、それはもう遅かった。

 ユウキとミユキが隠れている場所一帯に、急に強烈なライトが当てられる。その眩しすぎる光を浴びて、

「な、なに……っ!?」

「遅かったか――!!」

 二人は眩しさに目をくらませるように、目を細める。

 強烈な証明が当てられて、ユウキは自身がどこに隠れていたのかをようやく認識する。どうやら、ここは郊外にある公園の一角のようだ。遊歩道の端に設けられている藪の中に、ユウキとミユキは隠れていた。その二人の後ろは公園と車道を区切る二メートルほどの金網しかない。

(後ろに逃げ道はない……か)

 それに気付いたユウキは、苦虫を噛むように下唇を噛む。逃げた先を把握しきれなかったことに対する自分への憤りだ。

 そこに、

「そこに隠れているのは分かっている。さっさと出てこい。こちらも追いかけっこは疲れたのだ」

 男の声が届いてくる。

 その声は先ほどのスピーカーの声の男と同じものだ。そのことに気付くと、ユウキは身体を震わせる。

(ユウキ……?)

 そのユウキの反応を感じて、ミユキは驚く。

 その反応はそれまでミユキが見たこともないものだった。敵を眼前にして身体を震わせるというのは、武者震いしか見たことがない。しかし、このユウキの身体の震えはとてもそれだとは思えない。

「ここまでよく追ってくるな!」

 強烈な光の先にいるスピーカーの声の男に対して、ユウキは言葉をかける。

「こちらとしても、子ども一人にこんな徒労はかけたくないのだがな――。こちらの計画としても、お前が必要なのだよ。すんなりと捕まってくれないだろうか?」

「は……っ!! そんなのはごめんだね」

「そうか……。残念だよ」

 ユウキの返事を聞いて、スピーカーの声の男は表情は見えないが残念そうに言う。

(そんなことはさらさら思ってないだろうな――)

 じっとしているだけではただ的になるだけだと判断したユウキは、じりじりと相手との距離を測りだす。せめてミユキだけでもこの場から逃がさなければ、とユウキは思考を巡らせる。

「残念……? さんざん俺を追いかけ回しておいて、捕まる気なんてさらさらないのは分かってるだろ?」

「たしかにそうだな、すまない。これ以上の問答は不必要ということだな?」

「いや、一つ聞かせてくれ。お前たちは、なぜ俺を狙う? 俺が必要と言ったが、何が目的だ? 何か計画でもあるのか?」

 ユウキは話を引きのばそうとする。

 それはミユキをこの場から逃がす方法を考えるとともに、自分自身が狙われている理由を探るためだ。

(敵の数が正確に分からない……。武器もマシンガンだけってことはないだろうな――)

 次第に目が慣れてきたとはいえ、依然としてユウキたちが隠れている一帯を照らすように強烈な証明が点けられている。その光のせいで、向こうの正確な位置が把握できないでいた。

「目的はもちろんあるさ。しかし、それをここで話す必要はないな。お前を捕まえてから、話せば事足りることだ。今のお前が気にすることじゃないさ」

「そう言われても気になるものは仕方ないだろう? 理不尽に捕まるのは嫌なんでね。そっちが話す気がないのなら、俺も絶対に捕まる気はないぞ?」

(何かは分からないが、目的はあるってこと――か……。まぁ、親父関連だろうな)

 スピーカーの声の男の話を聞いて、そうユウキは判断する。

 それに間違いはないだろう。ユウキには、これほどまでに執拗に追いかけ回される覚えがそれ以外に思い付かなかった。

 ユウキの父親は国家企業に属し、ある研究を行っている。子どもであるユウキはそれだけしか知らないが、何度か父親が自身の研究成果を家に持って帰ってきているのを見たことがある。ユウキは恐らくそれに関することだろう、と判断する。

(だとして、俺を捕まえることで何がしたい……? 何が目的だ?)

 ユウキの父親の研究成果はかなり特殊なものであり、その内容を知っている人物も限られてくる。今、ユウキと相対している男がそれを知っているとしたら、かなり政府に近しい連中ということになる。

 ユウキの返事を聞いて、スピーカーの声の男は光の先で強く頷く。

「なるほど、それはたしかにそうだな。では、強硬手段に移させてもらおうか――っ!!」

「……っ!?」

(まずい……っ!!)

 一拍遅れて反応したユウキは隠れていた藪の中から飛び出して、隣にいるミユキを地面へと強引に伏せさせる。

「な、なに――っ!?」


 ゴォオオオオオオオオオオオッ!!!


 と、ミユキが声を上げた瞬間に炎が二人の頭上を通過する。

 いきなりのことに驚いたミユキは、

「きゃ――……!!」

 と叫ぼうとするが、寸前のところでユウキの手がそれを止める。今叫ばれたら、二人の位置を完璧に相手に知られてしまうところだった。

(火炎放射――。とんでもない銃火器を持ってきたもんだな……)

 放たれた炎の行方を視界の端で追って、ユウキは感想を漏らす。火炎放射器など生きているうちに、生でお目にかかれるものではない。そのことに単純に感動しているのだ。

 しかし、頭の隅では別のことも考える。

(捕まえる、と言っておきながら、一帯を焼き掃おうとする行為……。これくらいじゃ死なないってことも織り込み済みか――?)

「むぅううう……っ!」

 そのユウキの下で、口を手で覆われているミユキがもごもごと何か言葉を発しようとしていた。

「……? あ、あぁ悪い――」

 気付いたユウキは、ミユキの口から手を離す。

「ちょっと――! 死ぬかと思ったじゃん!!」

「悪かったって――。けど、あそこで叫ばれたら一発でこっちの隠れてるところがばれるだろ?」

 冷静に指摘するユウキだが、会話してる時点で大体ばれてるでしょ、とミユキは思う。それは口にはせずに、ミユキはユウキの顔をなるべく直視しないように小さく、

「それはいいから……、も、もういいでしょ――」

「……?」

 ミユキの言いたいことがわからずに、ユウキは困惑する。すると、

「だから……っ! いい加減どいてよ――っ」

 ミユキの言葉で、ずっとミユキの上に覆いかぶさるようにして身体を伏せていたことに気付く。

「あ、あぁ――。悪い……」

 慌てて、ユウキはミユキの上から身体をどかせる。やっと身体の自由を得たミユキは、

「重かったじゃない――!!」

 と覆いかぶさっていたユウキに対して声を荒げる。

「だから、悪かったって謝ってるだろ。それに今はそれどころじゃないから、文句は後で聞くよ」

「それどころじゃないって……」

 わなわなと身体を震わせるミユキの頬は少し赤く染まっていた。ユウキの淡泊な言葉が癇に障ったようで、さらに声を荒げようとするが、

「来るぞ――」

 ユウキの声で冷静さを取り戻す。

「……っ!?」

 ユウキの言葉通りに、照明の光の先から数人の男が両手を広げて襲いかかってくる。その手には鋭利な刃物が握られている。

(今度は斬りつける気か? やり方をやたら変えるな……)

 敵が視界に入ると、ユウキは隠れていた藪の中から飛び出して、襲いかかってきている男の一人へ強烈な回し蹴りを放つ。

「ぐ……っ!?」

 急に現れたユウキの蹴りを男の一人は受けとめることも出来ずに、まともにくらう。蹴りをくらった男はそのまま数メートルも吹き飛ばされる。

(まず一人)

 敵の総数が分からない以上、一人を倒したところで安心することはできない。襲いかかってきている男の数、さきほどの会話の相手、照明を点けている人物、最低限のそれらを足しても一〇人近くはいるだろうとユウキは推測していた。

「こいつ――!!」

 姿を見せたユウキに、さらに男が右手に持った刃物を袈裟斬りに振りかかってくる。強い逆光の中、寸前のところでユウキはそれをかわす。

「な……っ!?」

(予備動作が大きい。戦闘のプロではないのか――?)

 斬りかかる前の動作が大きいことに、ユウキは相手への疑問を感じる。それを今結論づけている場合ではないので、ユウキはかわした後の一拍で相手の鳩尾に後ろ回し蹴りを見舞う。

「がぁああああっ!!!」

 鳩尾を蹴られた男は呼吸が止まる一瞬の間に、仰け反るように吹き飛ぶ。

(これで二人)

「ミユキ、そこから出るなよ!」

 さきほどまで隠れていた藪に背を向けて、ユウキはミユキが参戦しないようにクギを刺す。しかし、それは遅かった。

「はぁ!? ユウキだけに戦わせてらんないわよ」

 振り返れば、ミユキはすでに藪から出ていて、ユウキのすぐ後ろに立っていた。

「……はぁ――、お前ってやつは……」

 分かり切っていたことだが、ミユキは守られているだけで満足する性格ではない。あくまでも狙われているのはユウキであり、ユウキを自分が守らなければ、と思っているのだろう。

 思い出すようにミユキの性格を再認識したユウキは、ため息を吐く。

「出てきた以上は仕方ない。半分は任せたぞ?」

「分かってるわよ!」

「なに、くっちゃべってんだよ――っ!!」

 話している途中に、言葉の荒い男が先頭に数人の男がさらに迫ってくる。その形相はとてもユウキを捕まえようとしているものには思えないが、だからといって怖気づいているわけにはいかない。

 次々に襲いかかってくる男たちを、ユウキとミユキはひらりとかわし、なぎ倒していく。

「相手の数は目星がついてるの?」

「正確じゃないが、一○人程度はいるだろう。一人でも取り逃がせば、また追われる。ここで全員叩くぞ!」

「わかってる――っ!」

 お互いに声を掛け合うユウキとミユキは、それぞれが向かってくる男を素手で倒していく。二人の力はとても年齢相応のものには思えない。

「……子どもの力ではないな」

(もしやとは思っていたが、この二人も――)

 ユウキとミユキの戦いぶりを照明がある位置から見ているスピーカーの声の男は、ユウキとミユキがただの子どもではないと判断する。

「このままではやられるのはこちら側だな。もう一度用意を」

「はっ!」

 突撃させている男たちに刃物を持たせている時点で、無傷で捕えることに執着していないスピーカーの声の男は、先ほど使用した火炎放射器を再度準備させる。その火炎放射器はスピーカーの声の男の隣に配置されており、砲口がドラム缶ほどの大きさもある。個人で使用するようなちゃちな火炎放射器ではなかった。

「これで手傷でも負わせられればいいのだが――」

 まだ突撃させた仲間が戦っていることも気にせずに、スピーカの声の男は悠然と呟く。そこに、仲間への心配など微塵もない。あるのは、目的の遂行のみだ。

 一方で、

「ち……っ!」

(粘るな……)

 数人を気絶させたところまでは良かったが、残った男たちが持っていた刃物を捨て拳銃を取り出すと形勢は逆転した。

 素手で男たちをなぎ倒したユウキとミユキも、拳銃相手にまともに飛びかかることはしない。身体を弾丸が貫けば、それは致命傷になりえるからだ。

「どうすんのよ――?」

 相手が拳銃を取り出したところで、ユウキとミユキは一旦藪のそばに林立されている木の陰に隠れることにしていた。

「どうするもなにも……。銃相手に正面から突っかかるのは自殺行為だろ。俺はともかくミユキじゃ危険だ」

「でも、ずっとここに隠れてるわけにもいかないわよ!?」

「それもわかってる――!」

 ミユキの言う通り、じっと木の陰に隠れていてもいずれは捕まるだろう。後ろには逃げる道もなく、この状況を打開するにはやはり相手を沈黙させるしかない。

 男たちは依然として見境なく銃を乱射してくる。弾の装填がなくなるのを待つのも一つの手かと考えるが、そこは交代で撃ってきているだろう。その銃の発砲音とミユキの言葉がユウキの焦りを増させ、最良の判断ができない。

(どうする……どうすればいい……っ!!)

 ユウキにとって最も大事なのは、ミユキの安全だ。しかし、藪の中に隠れていたミユキも出てきたことで、それはすでに叶わないと言える。ならば、次に取るべき手段は狙ってくる敵の殲滅だが、それも劣勢に立たされた状況では見込めない。

(時間をかければ、もっと追い詰められる……)

 銃声は止まず、隠れている木に銃弾が当たっていき、剥がれた木片がけたたましい音とともに飛び散る。

「ユウキ……っ!」

 別の木の陰に隠れているミユキが、切羽詰まったように声をかけてくる。

(……くそ――っ!)

「俺が突っ込む! ミユキは援護してくれ……っ」

 これ以上考えている時間はない、とでも言うようにユウキは大きな声を上げる。それを聞いてミユキは、

「え、ちょ……っ!?」

「それしか方法がないだろ! 合図するからな――っ」

 驚いた表情を見せるミユキに、ユウキは視線を向ける。その目を見て、ユウキは本気だと判断したミユキは覚悟を決める。

「一発で決めてよね」

「わかってるよ。いくぞ――っ!」

 ユウキは相手の銃声が止む瞬間を待つ。交代で攻撃をしているのなら、スキをつくにはその一瞬しかない。タイミングを間違えれば、真正面から銃弾を浴びることになる。その緊張感からか、ユウキは深く深呼吸を行う。

(大丈夫、大丈夫……。できるはず――)

 そう強く自分へ念じて、ユウキは隠れていた木の陰から飛び出す。

「……っ!?」

 急に飛び出してきたユウキに驚いた男たちは、改めて銃口をユウキへと向け直す。その一瞬をユウキは見逃さない。

「今だ――っ!!!」

 まだ木の陰に隠れているミユキに聞こえるように、ユウキは大声で合図を送る。

「わかった――!!」

 ユウキの合図を聞いたミユキも木の陰から飛び出し、右手を開いて真っ直ぐユウキの背中へと差し出すように向ける。

「女も出てきたぞ!」

 ユウキに次いで飛び出したミユキに気付いた男の一人が、ミユキにも拳銃の銃口を向ける。しかし、それよりも早くミユキは行動を起こす。

「はああっ!!」

 短い掛け声とともに、ミユキは全神経を開いた右手へと集中させる。

「……っ!?」

 すると、その右手から強烈な突風が生み出される。

 その突風はビュゥウウウウウッというけたたましい空気を切り裂く音を響かせながら、真っ直ぐ先にいるユウキの背中へ直撃する。

「……っ!」

 その突風を受けたユウキの身体は風の力でふわりと浮きあがり、走るよりも速くユウキの身体を男たちへと吹き飛ばす。

「な……に――っ!!」

突風を全身に受けたユウキの突撃に気付いた男が驚いた声を上げるが、その時にはユウキは男の眼前へと迫っていた。

「……!?」

「おらぁあああッ!!」

 強風を全身に受けたユウキの攻撃は、さらに威力を増して重いものになる。それを男はかわすことも出来ずに顔面に受ける。

「がぁああああああ――っ!!」

 ユウキの攻撃を受けた男は為す術もなく吹き飛ばされていく。


「ち……っ! こいつ――」

 味方の男が吹き飛ばされたのを見て、別の男がユウキへ牙をむく。すぐに拳銃を発砲するが、銃口を向けている間にユウキの姿がいなくなっていた。

「な……っ!?」

「後ろだよ――」

 驚いている男に、ユウキは声をかける。その声を聞いた男が振り向く瞬間を狙って、回し蹴りを見舞う。

「ぐ……っ!!」

 ユウキの回し蹴りを受けた男は、頭を強く揺さぶられその場に倒れる。一蹴りだけで大の男をノックアウトしたのだ。

「はぁはぁ……」

 ミユキが放った強風を受けたユウキも身体にダメージがないわけではない。強い風圧を伴う風は身体を襲う凶器にもなる。その風を受けたユウキは身体が軋んでいる。

「身体がギシギシ言ってやがる――」

(もう一度同じ手を使うのは無理か……)

 悲鳴を上げている身体を庇うようにユウキは脇腹に手を当てていると、

「一度引け――っ」

 男が二人も簡単にやられたことを見て、スピーカーの声の男が命令を下す。その声を聞いた残りの男たちは、一度ユウキたちから距離を取って様子を見る。

「……?」

 その行動を不思議に思ったユウキは、いつでも相手の攻撃をかわせるように身構える。しかし、その攻撃はユウキの予想をはるかに超える範囲で迫ってくる。

「全部まとめて燃えちまえ――!!」

「げ……!?」

 ゴォオオオオオオオオオオオッという地響きのような音を放ちながら、再び火炎放射器が火を吹く。

 予想の範囲を超えた攻撃だったため、ユウキの反応が一瞬遅れる。その一瞬で火炎の塊はものすごい速度で迫る。反応が遅れたユウキはかわすことができない。

「ユウキ――っ!!」

 身体が動かないでいるユウキに、ミユキが後ろから大声をかける。

「は――っ!」

 その声を聞いて、ユウキの意識が火炎の塊から外まで広がる。

 視界が広がったユウキは、迫る火炎を寸前のところで回避する。その回避の方法に、スピーカーの声の男は驚愕する。

「な……!? なんだ、いまの――?」

 ユウキの回避行動は、迫る火炎を横に走ってかわすというものではなく、その場から消えるように、一瞬の間に別の場所に立っているというものだった。

(やはり、この二人は『覚醒者』――)

 その回避行動を見て、スピーカーの声の男は自身の予想を確信させる。

「もう一度放射の準備を。今の動きを見れば、やつらが炎程度で死なないのが分かっただろう!」

 その確信を得て、スピーカーの声の男はさらに火炎放射を再度行うよう命令を出す。その目には強い愉しみの色があった。

「ユウキっ!」

「大丈夫だ! それより、あの火炎放射器なんとか出来ねえか!?」

「まともにぶつかったって鉄の塊壊すことなんてできないよ……っ!」

 火炎放射器がある限り、不用意に相手に近づくことができない。逃げ切ることよりも相手を沈黙させることを優先しようと考えたユウキはまず火炎放射器の無力化を狙うが、そう簡単に壊せれる代物ではない。

(やっぱりか……。どうすれば――)

 ここは郊外にあるそれなりの大きさの公園だが、入り口は先ほどからユウキを捕まえようと躍起になっている男たちの後ろにあり、ユウキたちの後ろは二メートルを超える金網が公園全体を囲っている。金網を超えることもできるだろうが、その間に狙われたら意味がない。

 ユウキがどう突破するかを考えていると、火炎放射器の準備が整う前に男たちがユウキを捕まえようと再度突撃をしかけてくる。

「危ない――っ!」

 ユウキがまた狙われているのを見て、ミユキも公園内の繁みから飛び出す。

「ば、馬鹿――」

 飛び出してきたミユキを見て、ユウキは大声をあげる。ミユキまで出てきたら、二人とも格好の的になってしまうのだ。当然突撃してきている男たちも、ミユキも標的として飛びかかる。

「こんなやつらなんかに、やられるかああ!!」

「ぐわぁああ――っ」

「がああ……っ」

 飛びかかってきている男二人もカウンターでなぎ倒すミユキを見て、ユウキは恐ろしさで背中を震わせるが、一息をついている場合ではない。

「お前まで飛び出してきてどうすんだよ!?」

「だって、ユウキが危なそうだったから……」

「ち……っ! こいつら――」

「それなら陰から援護してくれりゃよかったのに――」

「い、今さらそんなこと言っても仕方ないでしょ!」

 ユウキとミユキは会話をしながら、捕まえようと迫ってくる男たちの手をかいくぐり倒していく。

(生身の人間じゃ歯が立たないか……)

 その様子を火炎放射器の隣でじっと見つめているスピーカーの声の男は、部下である男たちがやられていく姿を見ても動じない。

「準備はまだか?」

「あと一〇秒ほどでできます」

「よし、あいつらが手こずっている間に焼き切るぞ」

「仲間も被害に遭いますが……?」

「だからこそ、だよ。ユウキがこちらに意識を向けていないうちに放つのだ。やられる味方は私は知らない。全ては計画のため――だろ?」

「は、は――っ!」

 スピーカーの声の男は非情な命令を下すが、それは自身に課せられている命令を遂行するためであり、計画のためだ。命令を受けた男も一瞬躊躇するが、その真意を悟ったかのように仲間を見殺しにする決断をする。

 その遠くでユウキは打開策をひらめていた。

「そうだ、さっきの風で火炎放射器を吹き飛ばすことは?」

「んー…あの鉄の塊がどれくらいの質量なのか分からないからなんとも――」

 ユウキの提案もミユキは渋い表情で返す。

「そうか……」

「……けど、やってみる価値はあるかもね――っ」

 突撃をしてきた男たちを全員沈黙させたユウキとミユキは、公園の中央に陣取っている火炎放射器を睨む。その砲口はまたしても火炎放射のために、準備をしているのだろう。

「こっちも時間がかかるから、その間まかせたわよ!!」

「あ、あぁ――」

 強気なミユキの言葉を聞いて、ユウキも改めて相手を見据える。そして、今度はユウキの方から相手に向けて突撃を行う。

「考えもなしに真正面から突っ込むか――。青いな!!」

 ユウキの突撃を見てスピーカーの声の男は鼻で笑うが、ユウキには聞こえていないだろう。余裕の表情のスピーカーの声の男を見て、さらに突撃の速度を上げる。

(その鼻っ面をへし折ってやる!)

「準備いいよ、ユウキ――っ」

「用意整いました!!」

 そこに、それぞれ準備完了の声が届く。

「放て!!」

「俺ごとやれっ」

 それを聞いてユウキとスピーカーの声の男が同時に声を上げる。

 その指示を受けたミユキの手から再び強烈な風が生み出され、火炎放射器の砲口の奥が凄まじい熱を帯びていく。その間もユウキは相手との距離を詰め、火炎放射が放たれないように砲手へと突撃をかける。

「ユウキを放射線上にもっていけ!」

 突撃の方向を見て、ユウキの狙いに気付いたスピーカーの声の男は近くにいる部下の男に命令を出す。命令を受けた男はライフルを構えながら、ユウキの突撃を止めるために前に出る。

(な……っ!?)

 突然前に出てきた男の動きに、ユウキは戸惑ってしまう。常人の走りを超える速度で走っているユウキは、その途中で止まることや角度を変えることはできない。このままでは、そのままぶつかるしかなく、さらに男はライフルを構えているためカウンターで撃たれる可能性もある。

 近距離の銃撃ですでに左肩を銃弾がかすめているユウキの心に、その恐怖が再度湧き上がる。

「そこで飛んでっ!!」

 ユウキのその一瞬の躊躇いを見たミユキが、後ろから叫ぶ。

「……っ!?」

 ミユキの声を聞いて、ユウキはその場でジャンプする。そこに、

「いっけぇええええええ――っ!!!」

 ミユキが放った強烈な風が火炎放射器へ向けて、一直線に放たれる。それとほぼ同時に火炎放射器の砲口から一際大きな火炎の塊が放たれようとする。

 しかし、それよりも先に強風が公園を分断するように吹き通る。その風は砂塵を捲き起こし、ジャンプしたユウキやスピーカーの男、さらにはその部下である男たちも巻き込んでいく。

 ビュウウウウウウウウウッというけたたましい強風特有の音が公園内に響きわたり、火炎放射器の火炎が放射される直前に、火炎放射器そのものを持ち上げている。

「な……っ!?」

 その光景を見て強風にもまれているスピーカーの声の男は驚愕の声を漏らし、砲口が持ち上がった火炎放射器から放たれた火炎が空中へとジャンプしていたユウキへと向けられ、火炎が放たれる。

 ゴォオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 という周囲の空気が焦げるような音と匂いを撒き散らし、火炎はユウキへと一直線に飛んでくる。

「う、うそだー……」

 ユウキが次の言葉を言う前に、ユウキの身体が火炎と衝突する。

「がぁあああああ!!」

 その火炎を受けたユウキの背中にさらに強風が吹き荒れ、火炎とともにユウキも吹き飛ばしていく。そして、次の瞬間、公園内に大爆発が引き起こされる。


「ユウキぃ―――――っ!!」


 郊外の公園内に響きわたる爆発音とともに、ミユキの叫び声が響く。

 しかし、引き起こされた爆発のけたたましい音とまき上がった粉塵に、その声も()き消されていく。火炎とともに強風に飛ばされたユウキは、公園内のどこかに吹き飛ばされたのだろう。ユウキを捕まえようとしていた男たちも同様でそれぞれがミユキの放った風に巻き込まれ、ばらばらに倒れている。

 夜はまだ更けたばかりで、これからさらに暗闇の世界が広がっていく。

 しかし郊外にあるこの公園では、昼かと紛うほどの明るさを放ちながら、公園内の木々が火炎に飲みこまれ、爆発音が周囲の住民を起こしかねないほどにけたたましく響き、撒き上がる粉塵が夜空を雲よりも厚く隠していく。

 まだ、夜は更けたばかりだ。



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