終章 ゴールを目指して Ⅰ
ここは『ルーム』のミユキたちの部屋である。
部屋には、ミユキと悠生の二人がいた。
またしても悠生は三つ並べられているうちの一つのベッドに腰掛けており、ミユキはカーペットの上に座っている。
「どうかしたの?」
ミユキは、悠生から話があると声をかけられていたのだ。
じっとしていて何も話そうとしない悠生に、ミユキから用を尋ねた。トモヤとの戦闘で負傷したミユキはなるべく安静にしておかなければならない。早く横になりたい、という気持ちが少なからずあるのだ。
急かされている悠生は、それでもゆっくりと時間を使う。そして、おもむろに話し出した。
「……俺なりに、いろいろ考えたんだ」
「? なにを?」
「……ミユキは、俺が元の世界に戻ることはできないって言ったよな?」
「う、うん……」
今さら悠生が何を言うのか、と分からないでいるミユキは自然と身構える。
そのミユキの緊張に気付いてか、悠生は一つ深呼吸をした。
「教えてくれたそれを覆すことのできない事実だと、言われるままに解釈していいのかって考えたんだ。本当に戻ることはできないのか、何か方法はあるんじゃないのか。俺には詳しい事は分からないけど、それがあるなら最後まで追いかけてみたい」
ある決意を持って、悠生はそうはっきりとミユキに告げた。
「…………」
その決意を聞いたミユキはしばし黙る。
いや、言葉が発せないのだ。
ミユキが言った言葉に嘘はない。ミユキたちが知っている情報とユウキが並行世界に行ったという事実、『時空扉』が奪われたという結果から導き出したことである。それは推測の域を出ないものかもしれないが、ミユキたちはそれがほぼ正解だと判断している。
しかし、悠生はそれを素直には受け容れてはいなかった。
それらの結果と事実から導き出した言葉は理解したのかもしれない。けれど、それを素直に納得したわけではなかった、ということだ。
「そ、それでどうするの……?」
ミユキの声は少し震えている。
「元の世界へ帰る方法を追いかけたい」
「け、けど! 悠生くんを捕まえようと必死になってるあの男はまだいるわ。『ルーム』からでたら、悠生くんが襲われるかもしれない」
「時空を越える方法は今のとこ『時空扉』しかないんだろ? あの男がまた俺を狙ってくるのなら、それはチャンスだ。『時空扉』を奪い返してやる!」
ミユキの心配も悠生は一蹴する。
その目には並々ならない決意がはっきりと宿っている。
悠生の言葉にミユキは黙らされる。何も言い返すことができないのだ。
『時空扉』を奪い返すことはミユキだけでなく『ルーム』にいるみんなの総意でもあり、時空移動の手段は『時空扉』しかない。なら『時空扉』をもっと改良していけば、誰でも時空移動できるようになるかもしれない。そう考えても不思議はない。
言葉を発せないでいるミユキに、悠生が話を続ける。
「そのために、ミユキにも力を貸してほしい」
「!? 私の力……?」
「そうだ! まだ一日ちょっとこっちの世界にいるだけだけど、ミユキがどんな人かは俺なりに分かった。ミユキが俺のことを守ろうとしてくれたことも、仲間を必死に守ろうとしたことも、奪われた『時空扉』を一人で奪い返そうとしたことも分かってる。俺の目的……いや、ゴールもそれに関係しているんだ」
自身の目的が、ミユキの成し遂げたいことと同じだと、悠生は言う。
それは全てが同じというわけではないが、繋がる部分もある。『時空扉』という一つの機械で、悠生とミユキの目的が一致するのだ。
「『ルーム』から出ないほうがいいって言うのも理解できるし、そうした方が一番安全なんだろうとも思う。けど、言われた通りにするだけの――ただ守られているだけの存在にはなりたくないんだ」
決意を宿した目で語る悠生はミユキの目をまっすぐに見つめている。
その目と言葉に、ミユキは思い出す。
『女子に守られるってのは男のプライドが許さないんだよ』
それは、シンジたちに追われている際に、ユウキが言ったキザったらしい言葉だ。
しかし、その言葉と悠生の言葉が、ミユキには被っているように思えた。
悠生とユウキが別人であることはミユキも理解している。似ているのは顔や体型だけ。性格や言動は全く違うと理解しているし、これまで接してきた中でもそうだと思うことが多かった。
けれど、この時だけは悠生の中に、ユウキと被っているモノが見えたのだ。
(本当は心までも同じなのかもしれないね、ユウキ……)
悠生の中に見えたユウキの面影を、ミユキは懐かしそうに思う。
同じくまだ一日ちょっとしか経っていないのに、ユウキが時空を越えたのがはるか昔のようだ。
「……わかったわ。悠生くんが元の世界へ戻るために力を貸す。あなたがそう望むのもおかしいことじゃないものね」
柔和な笑顔を見せて、ミユキは言った。
巻き込まれただけの悠生は被害者であり、彼の元の世界へ戻りたいという意思は尊重されてしかるべきである。彼がそう望むのなら、ミユキに止めることはできなかった。
「ありがとう」
ミユキの返事を聞いて、悠生も微笑む。
こちらの世界へきてから、これまでは言われるままに行動してきた。こちらの世界へ来てすぐ追われる状況に陥り、『ルーム』を目指して陽が昇る前の街を走り抜けた。辿りついた『ルーム』では、トモユキたちに必ず守るという彼らの贖罪を聞いた。奪われた『時空扉』と捕らわれた仲間を助けるために飛び出したミユキには、『ルーム』から出るなという制限を作られた。
そのような状況の中で流れに乗っているだけの悠生は、再び一つの意思を見せた。
そこで見せた意思は自らをさらなる危険へと導くだろう。
それでも、その意思がこれからの悠生の在り方を決定づける。
腰かけていたベッドから立ち上がった悠生は、ミユキにもう一度お礼を述べて、部屋から出ていく。廊下を歩いた先のリビングにはミユキの仲間たちがいるだろう。彼らにも協力を仰ぐ必要があった。
(俺のゴールは、最初から決まってた。あとはそこを目指すだけだ)
廊下を歩きながら、目指すべき先をしっかりと見据える。
その先にあるのは、元の世界へ帰る。
ただ、それだけだ。
『だから、その時が来たら立ち上がって。じっとしてるだけじゃなく、悠生くんも立ち上がって。それが、あなたの意思という強い力だから』